お正月の事件 ~姉妹失踪事件
私、千堂茜が入った高校には探偵同好会と言うものがあった。会長は自称名探偵の宮下五月。
探偵同好会と言っても、推理小説を読む会ではない。学校内外の事件に首を突っ込み解決する探偵同好会だ。基本、同好会に部室はないので、活動場所として調理室が使われて、料理部に入ったはずの私も、いつの間にやらそのメンバーに含まれ、事件を解決を手伝うことになっていた。
それからというもの、私は、コ○ン君や金○一君、真っ青の事件呼び込み体質になってしまい、私はお正月に帰った田舎で2件の事件に巻き込まれることになってしまった。
■姉妹失踪事件
「う~ん、極楽極楽」
私はコタツに入りながら、テーブルの上にあるミカンに手を伸ばした。
「やっぱり、冬はコタツにミカンよね」
私は皮を剥くと、口に放り込んだ。
わたくし、千堂茜は、今年の正月も、母の田舎で過ごすことになった。
母の田舎は、東北地方の○×県■△村という行くだけで半日かかるような山間地の大変小さい田舎村だ。名物は...何だろう。思い出せない。だけど、祖父と祖母の作っている作物が美味しいのは確かだ。
そんなところで、母の両親は、農家とちょっとした食堂を経営している。
自分の畑で作った野菜を提供する小さな食堂だけど、これがなかなかの評判で、地方の雑誌に乗ったりするのだから侮れない。
そんな食堂で簡単な手伝いをしながら正月を過ごすのが、このところの正月の過ごし方だ。
だだし、私が手伝うのはもっぱら、食器洗いや給仕、雪かきや荷物運びなど力任せの肉体作業であって、料理の腕を披露する機会はなかった。
どうやら、祖母は私の料理の腕ではなく、身長180センチの私の体が目当てだったようだ。
食堂の手伝いと言っても、せいぜい昼時と夜の一時なので、多くの時間は、何をしてもいい自由時間だ。
わたしは、その自由時間の大半をのんびりコタツに入りながら過ごしている。
日本海に近い東北地方の山間地だけあって、家外には1メートル以上の雪が積もっている。
子供の頃は、犬のように雪の上を駆け回っていたそうだけど、近頃は、猫のようにコタツで丸くなっている絵に描いたような寝正月だ。
寝正月である以上、当然のこととして、正月を終えると多少グラマラスになるという問題があるが...せっかくのおめでたい正月だ。そんなことは忘れてを楽しもうと、毎年同じ失敗をしてしまう。そして、残念ながら、今年も例外ではない。
例年のごとく、コタツに入って、テレビを見ながら、ミカンを食べていたら、おばさんが血相を変えて、部屋に入ってきた。
「秋元さんちの愛子ちゃんと桜ちゃんが居なくなっちゃったのよ」
秋元さんちの愛子ちゃんと桜ちゃんとは、秋元さん家の友蔵、お爺さんのお葬式で会った幼い姉妹だ。
確か、私と同じように東京在住の小学校2年生と保育園児の可愛いらしい姉妹だった。
そんな二人といっしょに少し遊んだのが、今からほんの2時間程前。
その二人が居なくなったなんて...
まさか、誘拐。そんな言葉が頭を過ぎった。ほんの一週間前に女児誘拐事件があったばかりだからだ。しかも、犯人は今だ捕まっておらず、女の子も戻ってきていない。
どうしても、幼児を狙った悪戯目的の誘拐が思い浮かんでしまう。
しかも、葬式が行われた秋元さんの家は、見るからにお金は持っているようだった。金銭目的の誘拐、または怨恨の線も十分に考えられた。
友蔵お爺さんは、親戚でもない私に、遊びに行くとお年玉をくれたりと気が良いお爺さんだった。
ミステリ小説が好きらしく、去年は、私が探偵同好会に入り、いくつかの事件の解決に立ち会ったことを知ると子供のように眼を輝かせて、私に話をするようせがんだ。そして、自分の考えた暗号を解くのを条件にお年玉も倍増してくれたりもした。
そういう繋がりもあって、遊んだのは、ほんの僅かな時間だったけど、どうにも、他人事という気にはなれなかった。
人手不足ということで、わたしは、祖母と一緒に、姉妹を探しに出かけることにした。
普通、こういうことには地元の人間ではない私は駆り出されないのだが、やはり皆、私の体(体力)目当ての様だ。
しかし、私の力だけでは、事件は解決できず、私は自称名探偵である宮下五月の力を借りるべく電話をした。
◇ ◇ ◇ ◇
「宮下ですけど。どちら様でしょうか?」
電話を取った宮下五月は、社交辞令用の猫を被った声で答えた。
宮下五月は女性の私から見ても、小さくて可愛らしい女の子だ。髪型はミディアムのふんわりとしたボブ。瞳は丸くて大きく、少したれ目。顔の作りは小学生に間違えられる程の童顔。黙っていれば、本当に愛らしい女の子だった。でも、可愛いのは外見だけ。言動も行動もガサツで、お洒落や色恋沙汰には無関心。好きなものは推理小説で、憧れの人物はコロンボに金田一幸助とファッションに問題がある人物。そのため、「見た目は子供、中身はオッサン」という残念な女の子だった。
「あたしよ」
「あっ、茜ちゃん」
五月の声は、社交辞令の声から普段の少し高い甘ったれた感じの声に戻った。
「どうしたの?お正月は、田舎に帰ってたんじゃないの。判った。あたしの声が聞きたくなったんでしょ。あたしもよ~茜ちゃん」と五月は、一方的にまくし立てる。
「ちょっと、相談事があるんだけど」
「え~まだ、お年玉を貰うお年頃とはいえ、お金の相談は無理だぞ。買う予定の物がびっしり決まっていて、今月は、あたしもピンチだ」
「そんなのじゃないわよ」とわたしは、五月に事と次第を話し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
わたしは、事件の概要を五月に説明した。
事件が起きたのは、宮下五月に電話をかける3時間ほど前に起きた。
幼い姉妹が消えたのだ。
行方不明になった幼い姉妹は、長女の小学2年生秋元愛子ちゃん(8つ)と次女の桜ちゃん(5つ)だ。
秋元さん家族は、正月休みを利用して実家に帰郷していた。
しかし、運悪く、恵子さんの実家の祖父さんが、餅を喉に詰まらせて、亡くなってしまったのだ。急きょ、予定は変更され、楽しいはずのお正月は、悲しいお葬式となった。そして、今度は、二人の姉妹が、葬儀の日に居なくなってしまったのだ。
姉妹が行方不明になるまでの経過
1月1日 母親に連れられ姉妹が○×県■△村の母親の実家を訪れる
3日 同村で祖父の葬儀
3日 午後 実家の周りで遊ぶ
3時ごろ 2人の声を母親が聞く。最後の確認
3時50分ごろ 姉妹がいないことに母親が気付き、近所の人たちと近隣を探す
5時20分 母親が警察署に届け出。地元消防団、村職員、村民らと150人が捜索開始
◇ ◇ ◇ ◇
「誘拐事件だとして、身代金の請求や脅迫状は来ているの?」と五月。
「来てないと思う。でも、イタズラ目的の変質者だったら、身代金の請求や脅迫状はしないわよね」
「変質者が出たとかの情報はあるの?」
「ないみたい。でも、この間、子供を狙った事件が起きたけど犯人が捕まってないでしょ。近所の人たちは、変質者がやったんじゃないかって、噂で持ちきりね」
「そうなっちゃうでしょうね。もし、そうだったら、あたしでも茜ちゃんでもお手上げね。それは警察の仕事。あたしたちは、あたしたちにしかできないことをするんだ。良いね。第一、茜ちゃんも、そのために電話してきたんでしょ」
わたしは、自分にも出きる事があるのではないか、自分なりに一生懸命考えた。
でも、何も浮かばなかった。だから、五月に電話したのだ。
「まって、地図で場所を探すから」と電話先で、五月は地図を広げ始めたようだ。
「ところで、秋元さんの家族は、田舎へ良く帰るの?」
「夏休みには何回か来ているって。でも、この時期に来るのは、初めてだって言ってた」
「子供の行く先で、心当たりがありそうなところは、全部捜索したんだよね」
「そうみたい。田舎だから店とかも少ないし」
山間部の田舎だから、子供が行きたがりそうな施設は限られている上に、完全な車社会なので、車なしでいける施設などは限られている。
「警察とかは事件か事故に巻き込まれたと考えているみたいね」
「あったあった」
どうやら、地図で村を見つけたようだ。
「確かに、街道が街道に近いわね。事故の跡とかはなかったの」
「見つかってないわ」
「そう。この街道の交通量は多いの」
「都心と比べると少ないけど、常に車は居る感じね」
「微妙ね。交通量があれば、街道で事故が起きたらすぐに見つかるだろうし。田舎道だから、抜け道として、生活道に入る価値もないし」と言ったが最後、言葉がない。
五月はしばらく無言で考えているようだ。
「居なくなった子供たちは、東京育ちよね」
「そうよ」
「無駄になる可能性のほうが高いけど、家族の人に聞いてもらいたいことがあるんだけど」
◇ ◇ ◇ ◇
「五月の予想通りだったわ。で、どうしたらいいの」
「探すしかないでしょ」
「....もしかして、私一人でやるの」
「そうだよ。あたしの根拠のない憶測に、皆を振り回すわけには行かないでしょ。言い。茜ちゃんの話を聞くと村の人たちは、都会の子供の心理を判っていない。もし仮に、あたしの予測が当たってれば、助けられるのは茜ちゃんだけよ」
「助けられるのは、わたしだけって...変なプレッシャーかけないでよ」
「あたしが、こんなときに冗談を言うと思うの。天気予報を見ると、今日の夜は雪が降りそうよ。今日のうちに助けないと二人は凍死するかもしれないわ」
凍死。五月の言葉に私の背筋は寒くなった。二人の生き死にが、自分の努力にかかっている...かもしれない。
うわ~、五月プレッシャーかけるな。
◇ ◇ ◇ ◇
「おばあちゃん。懐中電灯と自転車借りたいんだけどある」
「あるけど。自転車は物置だよ」
ママチャリタイプの自転車が、蜘蛛の巣が張った状態で、倉庫にあった。古く錆びていたが、ライトも点くし、パンクもしていない。十分だ。
祖父と祖母は、辞めた方が良いと言ったけど、わたしは、地図を片手に一人出かけた。
どうやら、わたしが、お母さん譲りの頑固者と悟り諦めたようだ。
日は既に暮れ、急に温度が下がって来ている。
空を見上げても、雲で星空は見えない。確かに、五月の言うとおり雪が降り出しそうだ。
五月の予想では、姉妹は林道に入っている可能性が高いとのことだ。
私は、五月の指示通り林道を自転車で捜索し始めた。
もちろん、警察や村の人たちも山道を既に捜している。しかし、彼らは、子供だから遠くには行かないという前程のもと、家から半径一キロ程度しか、探索していない。
五月に言わせれば、それは不十分で、子供のことを判っていないとのことだ。
子供だから遠くに行かないと思うのは、大間違い。迷子になった子供は、想像以上に遠くへ行く。 大人の移動速度が時速4キロだから、山道であることを考えても、子供でも1時間につき1.5キロは覚悟した方がいい。
現在の時間は6時。
3時に居なくなったとして、だいたい3時間。4.5キロか。
いや、この時期は5時には暗くなる。それに、山道は、木が日光を遮り昼間でも暗い。懐中電灯とかは持ち歩いていないから、5時頃には、動けなくなっているはずだ。
だいたい、家から3キロを目安に、祖母と祖母から教えてもらった山道を探す。探して居なかったら、次の山道へ。山道を地道に探索する。
自転車で入っていけるのは、入り口のところまで、残りは自転車を置いての徒歩での移動になる。
暗い山道を一人で歩いていると、自分が遭難しそうな気になる。
たった一人での探索から2時間。
ついに雪が降り始めた。
手がかじかみ、鼻が垂れてくる。
自分のやっていることに意味があるのだろうが、単なる独りよがりではないだろうか?
ひょっとしたら、既に二人は見つかっているかもしれない。
そんなことを考えながら、祖母の家に電話をかける。
「見つかった?」
「まだよ。それより、雪が降り始めているんだから、あなたも戻ってきなさい」
もう8時。
居なくなってから、だいたい4時間。
候補としてあげた山道の内、調べていないのは、あと2本。
彼女たちは、わたしよりも寒い思いをしているんだ。そう思うと、途中で辞めることはできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「宮下ですけど。どちら様でしょうか?」
宮下五月は、社交辞令用の猫を被った声で答えた。
「あたしよ」
「あっ、茜ちゃん」
「見つかったわ。五月の言う通りだったよ」
幸運にも彼女たちを最後の山道で見つけることが出来た。
迷子になり山腹に居たが、彼女たちは、私の懐中電灯を見つけると精一杯叫んだ。そして、幸運にも、わたしは、その声を聞くことが出来た。
彼女たちが、居なくなった理由は、五月の予想通りだった。
母親に話を聞くと、車で来る途中に10頭前後のシカの群れを目撃していたらしい。そのシカたちは直ぐに山に入ってしまい一瞬しか見れなかったそうだ。
姉妹は、来る途中で見た、鹿をまた見たくて、二人で鹿を見に行き迷子になったのだ。
「ところで、何で判ったの?」
「判ったわけじゃないよ。可能性の問題よ」
「どういうこと?」
「あたしも子供頃、鹿を追いかけて迷子になったのよ」
読んでいただきありがとうございます。シリーズものですので、他の作品も読んでいただくと光栄です。