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東京ネバーランド  作者: こーへい
第二章「探偵事務所へようこそ」
8/12

「サガラ」

 日は巡って、5月16日。月曜日で、月曜日だった。


 ハタは、どこかへ行ってしまった。俺たちに何も言わないで。

 もうあいつが居なくなってから二週間が経つことになるんだろうか。月日の流れは、俺が怠慢に怠慢を重ねたような生活を送っていても、真面目に愚直に流れていく。是非とも手本にしたいもんだ。

 消えた翌日の5月3日。突然消えた生徒のことで、学校は集団自殺事件のあった昨日にも増して騒がしかった。

 ホームルームでの教師の話と照らし合わせると、俺たちがハタの家を訪れたすぐ後に警察がきたらしく、家宅捜索も行われたそうだ。ちなみに誰が通報したかは知らされてない。

 家族がたまたま全員出払っているだけだと、馬鹿みたいに楽観視していた俺と翼の推測は、呆気なくぶち壊された。

 その日のそれからは、延々と同級生からの質問攻め。うんざりするほどの言葉の濁流。普段、俺と翼とハタの3人で行動するのが常だったから、仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。

 俺たちだって何も知らない、寧ろ教えて欲しいくらいなんだから聞かれても困る。俺と翼はただただ、みんなの疑問に「分からない」と答えるしかなかった。だから俺と翼は、仲の良い友達が失踪したという、まるで現実味の無い話を嫌でも突きつけられることになった。


 憂鬱な学校から疲れ帰ってきた日の夜。

 質問は、警察からもきた。

 「すみません椿さん、警察です」

 まさか家にまで、しかも夜に来るとは思わなかったので、あの時はさすがに面食らった。いや、無表情だけどさ。来たのが刑事一人だけだったから、大した威圧感も無かったのが数少ない救いだ。母さんなんかは、息子が何かしたんじゃないかと半泣き寸前だった。

 犯罪とは無縁の生活を送ってきた俺はもちろん、刑事なんてものは生まれて初めて見たし、心臓の鼓動はずっとハイペースで稼動し続けて、苦しかった。

 さて。刑事の第一印象はというと、襟がダラダラで、シャツ出し。スーツを着ているからよくは分からないけど痩せてる感じ。背は俺より少し高めだから、175ぐらい。ツンツンに立った黒髪の、なんだか表現しにくい髪形をしていて、要するにチャラい。歳は……見た目20代前半から後半ってところか。なんだか渋谷にいそうな人だなーという印象だった。渋谷行ったことないから分かんないけど。

 本当に刑事なのかと疑って、思わず開口一番「警察手帳見せてくれませんか」と言ってしまったぐらいだ。

 失礼だったかなと一瞬思ったけど、「君は用心深いねー、いいことだ」と言って、彼は気前良く胸元のポケットから手馴れた手つきで見せてくれた。手帳には名前が書いてあって、下の名前は覚えてないけど、確か苗字は”相良”というらしかった。読み方は、”さがら”……か?

 「さてと、それじゃまず始めに。君の名前は何て言うんだい?」

 「えっ」

 「名前だよ、なーまーえっ」

 ニカッと爽やかな笑みを浮かべながら相楽は訊いてくる。見た目からの予想どおり、フレンドリーな口調だった。その話し方には人懐っこさを感じる。

 「椿、幹太です」

 「へぇー、椿くんは椿くんっていうのかー。良い名前だねぇ!」

 なんか今、日本語おかしくなかったか。ていうかあんた、刑事なんだから俺の名前知ってるでしょ普通。

 俺の中での変な人センサーが警鐘を鳴らす。自分の中での刑事というイメージが音を立てて崩壊していくのを感じた。テレビドラマの影響で、刑事という職業には硬派な印象しか持ってなかったけど、現実ではこういう刑事も案外多いのかも……ってマジか。

 「やっぱり、ハタ……田畑くんのことですか」

 「うん、その通りさ。今回は、仲が良かったキミにちょっと質問をさせてもらいにきたんだ」

 まあ、それしか考えられないし。なぜ俺とハタが仲が良かったのを知っているのか、それはおそらく学校側に聞いた情報からだろう。

 「だいじょぶだいじょぶ、君だけに聞き込みしてるわけじゃあないんだよ。俺の他にも複数の刑事が、田畑くんの友達に聞いて回ってるところさ。あと、刑事が来たからってそんなに固くならないでくれよ? 折角なんだから、もっとソフトに、柔らかく、にこやかに話そうじゃないか、ツバキくん」

 「はぁ」

 何が大丈夫なんだろう。あんた馬鹿ですか。これから友達が失踪した話の質問をするっていうのに、にこやかに話できるわけないじゃないですか……とはとても言えない。チャラいとはいえ国家権力を持つ刑事にそんな事を言う気概は、残念ながらこの椿幹太という人間には備わっていないのだ。

 とはいえ、内心では毒づく。友達が失踪したっていうのに、この態度はいくらなんでも不謹慎だろう。

 それともそれも全てこの刑事の計算の内で……と邪推したところで、相良から質問が飛んできた。

 「ツバキくん。キミは一昨日、5月1日の2時15分頃、どこで何をしていたか、覚えてるかな?」

 ちょっと予想外。学校でいろんな質問をされたけど、この手のものは初めてだった。クラスメイトに同じ質問を繰り返されすぎて最早自分の中でテンプレと化しつつある回答を準備していたんだけど。

 「5月1日ですか。二週間と一つ前の日だから……日曜日ですよね。その日はたしか……」

 あ、あの日は学校あったんだっけ。

 「そういえば、あの日は日曜だったけど授業があったんです。授業公開日だとかで。だから普通にその時間は、学校に居ましたよ」

 あの日は、ビルから何か変な光が落ちたのを見たから、記憶力が無い俺でも覚えてる。うう、どうでもいいけど最近自虐的だな、俺。

 「ふむ。教室に……」

 「はい」

 「……キミは2時15分頃、本当に、教室に居たんだね? ……田畑くんも一緒に?」

 「あ、はい。そうです」

 「……そっかぁ、そうだよねぇ、やっぱ」

 再度同じ質問を繰り返してきた時に一瞬真面目な顔になったと思ったら、俺の回答を聞いた途端に緊張が解けたような、見方によっては残念がるような顔になった。表情がコロコロ変わる人だ。

 ていうか今の反応を見る限り、俺に違う回答を期待していたんだろうか。

 「……はぁー。よし、じゃあ次の質問はねぇ」

 それからは、学校で先生やクラスメイトに聞かれた内容となんら変わりない質問に答えただけだった。俺はそれに、予め用意していたテンプレ回答を脳内から引っ張り出して答える。

 質問が終わると、相良は「じゃあね、ツバキくん。また来るかもしれないから、その時はよろしく」と言って、さっさと帰ってしまい、俺は緊張の糸が解けて玄関に座り込んだ。


***


 そうして公私問わずの質問攻めが終わって。

 そんな喧騒も、二週間も経てばすぐに収まるんだから、現代の情報社会に生きる学生というものは恐ろしいね。次から次へと襲いくる情報の波で、そのうち世界中の人の頭がパンクしたりするんじゃないかな。ちょっと心配。

 クラスメイトの何人かは、ハタが消えてから何度も「椿くん、田畑くんと仲良かったよね? 何か知らないの?」「椿、あいつの居場所とか聞いてたりしないのか?」「心配だよね、でもきっと見つかるよ」なんて慰めの言葉を言ってくれていたけど。

 二週間経つと、クラスの話題は自殺事件からもハタのことからも遠ざかって、最近話題のドラマやファッションなど、全然違うものへと移り変わっていた。どうやらトレンドというモノはその日その日によって変化するらしい。そういう事には疎いから、正直どうでもいいんだけどさ。ただ。

 俺はそれが、なんだか怖かった。

 ハタの失踪が、みんなの中で一つの”トレンド”として終息してしまいそうで。

 このままハタがいないこの”非日常”が、みんなの中で”日常”として当たり前になってしまいそうで。

 それが俺は、単純に怖かった。


 ……なーんて。

 そんな事考えていても、何も始まらないし。俺がハタのために特別何が出来るわけでもない。

 結局のところ、俺に出来るのは。

 「次の問題……じゃあ、椿」

 「……はい」

 あれ、今いいとこだったのに。前も考え事してたら、こうして当てられたよなぁ、果てしないデジャブを感じるー。もちろん言うまでも無く、教師が示している黒板に記された問題は俺に解ける類のものじゃない。

 かといって、隣の翼に助け舟を頼むのもなぁ。なんだかな。ここ一週間あまりお互い話してないし。今は気が進まない。

だから俺は、素直に先生に向けてこう言い放つしかないんだ。いつも通りの平坦な声で。


「分かりません」


ってさ。



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