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東京ネバーランド  作者: こーへい
第一章 無表情少年の物語
7/12

「プラス、イチ」

 結局、ハタは学校に来なかった。

 放課後、翼と一緒に先生に事情を訊きに行っても「連絡は何も入っていない」の一点張りで、ハタがなぜ学校を休んでいるのかは、分からず終いだ。

 もちろん、ハタの携帯には電話も何回もかけてみたし、メールも何通も送ったが、返信は一切無い。ハタの家の電話番号は知らないのでかけられなかったが、学校側が休みの確認のための電話をかけたのだろう。しかし家の電話にも繋がらなかったということは、家族が全員出払っているということか。それは何か変な気がする。

 朝のホームルーム前に翼から聞かされた集団自殺事件の事もあって、これじゃ益々、何かあったんじゃないかと、根拠の無い不安が募るばかりだ。頭の中をぐるぐると最悪のケースを想像したビジョンが駆け巡る。ああ、もうやだ。今すぐ頭の中真っ白にしたい。

 「まあ、あいつの事だから、ただのサボりだろうけどさ……あー、心配だー!」

 職員室からの帰り、翼が呻く。

 「あー心配だー」

 「…………お前なぁ」

 俺も同じく呻きたい気分だったので真似してみたが、棒読みになった。これじゃふざけてるようにしか聞こえない。すまんハタ、心の中ではホントに心配してるんだぜ。いやマジで。

 「はぁー……それにしてもさ。さっきお前が言ってた、昨日のハタのヘブンへの書き込み。あれ、どういう意味があったんだろうな」

 「……分かんね」

 『氏にたいお』。昨日、ハタがヘブンに書き込んだ言葉。この五文字に何の意味があるのかと言われれば、本人でも無い限り、分かるわけもない。集団自殺事件があったこのタイミングで、こんなつぶやきをされれば心配にもなる。全く困ったやつだ。

 「それで、『どんまい』って送ったらなんて返ってきたんだっけ?」

 「えと、『ありがち』だな。たぶん、『ありがとう』って送ろうとしたんだろうけど。ミスってそのまま投稿しちゃったって線が濃厚かな」

 「『ありがち』ねぇ。ああ、もしかしたら『ありがと』って送ろうとしたのかもな。『う』抜いても違和感無いし」

 「ああ、たしかに」

 「そうだよそうだよ。それか、あいつがよく使うネットスラングか何かかもしれないぜ」

 ハタは今回のつぶやきのように、語尾に「お」をつけたりと、日常生活でよくネットスラングを使うので、その意見には納得できた。

 ちょっと妄想タイム。脳内でハタが「ありがち!☆」とダブルピースでお礼を言ってくる姿……うん、ありえるな。充分ありえる。あいつならやりかねない。

 「なんかそう考えると、こんなに心配してるのが急に馬鹿馬鹿しくなってきたな」

 乾いた笑いを浮かべて、溜まったものを吐き出すように翼がつぶやく。

 言われてみればたしかにそうだと思う。全国にヘブンのユーザーがいて、その中で「集団自殺事件が起きた場所の近く」で「今日学校を休んだ」という理由だけで、何かに巻き込まれたんじゃないかと心配する方が少しおかしいのかも。

 「俺たちって、心配性なのかなぁ」

 「そうだな、違いない」

 心配するに越したことはないと思うけどさ。

 「……あ、そうだ翼」

 下駄箱に着いて、革靴に履き替えながら、重要なことを思い出した。

 「傘、貸してくれないか」


***


 「……おい、それでなんでこうなるんだ」

 「……俺だって不本意さ」

 俺たちは今、一つの傘で二つの体を雨からしのいでいる。男同士、身を寄せ合って。

 つまるところ、相々傘だ。

 「ああ……俺も堕ちたもんだなぁ。椿と相々傘って……野郎と相々傘って……」

 「俺だって嫌だよ……」

 「うるさい。喋るな。黙れ。……お前が傘忘れなければこんなことには……」

 「面目ないッス」

 普通、こういうのは女子とするのが青春ってもんだよねー。おかしいよねー。明らかに性別間違えてるよねー。野郎とこんなことしても赤春(今作った)の花が咲くだけだよねー。

 などと心中で愚痴を零しながら道を歩く。雨の具合は、別にさほど強くもないが、傘をささないとすぐ濡れるといった感じ。霧雨より少し強いぐらいかな。頼むから早く止んでほしい。そしてこの、野郎との相々傘を終わりにさせたい。もっとも、雨が止むより早く、目的地に着いてしまいそうだけど。

 「それで、次はどっちに曲がるんだ?」

 「んと……こっちだな」

 俺たち二人は放課後、これからどうするべきか迷った結果、とりあえずハタの家に向かうことにした。心配しすぎかとも思ったけど、一応行っておくべきかなーと思ったのだ。家の電話にも繋がらないというのは、やはり少し心配だった。このスッキリしない気持ちを、早く解消してしまいたかったというのもある。この分だと明日までずるずると考え込んでしまいそうだったから。

 今まで翼も俺も知らなかったのだけど、教師に聞いたところハタの家の住所は、学校から程近い場所にあるらしかった。時間にして徒歩で15分ほどの距離らしいので、俺も翼もハタの家に行くことに躊躇いはなかった。

 「ハタの家が、こんなに近いところにあったなんてなぁ」

 「俺も今日の今まで知らなかった」

 翼とは中学からの付き合いだけど、ハタとは高校からの友達だからなぁ。

 「よくよく考えると、ハタの家に行ったことないんだよな……もう一年も友達やってるのにさ」

 うーん、一年ってそんなに長いもんかね。

 「いつもあいつ、『今日は親いるからさー』とか言って、家に入れさせてくれないんだよなぁ。一度あいつの家には行ってみたかったから、今回はいい機会かもな」

 ああ、たしかにそう言われてみれば。ハタはいつも何かと言い訳つけて、頑なに断ってたっけ。それにしても、そんなことよく覚えてるな翼。記憶力がよろしいことで。いや、妬んでるわけじゃないさ。

 と、そうこうしているうちに、ハタの家がある住宅地に着いた。そうは言っても、ここ周辺の地理には疎いので、俺は翼に案内役を任せて進むしかないのだけれど。方向音痴だし、俺。

 住宅地に入ると、小さな公園があるのがすぐ目に入った。休日には子供たちの遊び場、そしてその子供たちのママさんの社交場として相当な賑わいを醸しているのだろうが、この雨の中ではその影も無い。ブランコの側に置かれている三輪車が、なんとなくホラーチックに映る。なんかこええ。

 あ、思い出した。ハタの家に行く前に一応、ヘブンの書き込みをチェックしておこう。もしかしたらハタが何かつぶやいてるかもしれないし。

 携帯を取り出して、なるべく雨に晒さないように注意しながら操作し、ヘブンのサイトを開く。ちなみに、少しぐらいなら濡れても全然大丈夫なのだ。防水携帯ばんざい。

 電波の調子が良いのか、ヘブンにはすぐに繋がった。画面に最新のつぶやきをアップデート中の表示が出て、十数件の更新があったことが告げられる。

 ハタのつぶやきがこの中にあるかも、とほんの少しの期待を抱いて画面をスクロールしていくが……無かった。ちょっと落胆。

 あいつのつぶやきは無く、今日の朝チェックした時間のつぶやきの場所まで移動して……

 あれ?


 違和感を、感じた。


 無い。無い。

 昨日のハタのつぶやきが。

 あの『ありがち』が。消えていた。

 

 立ち止まって携帯を凝視しても、タイムラインの空白は埋まらなかった。ハタのつぶやきは消えている。これは変えようもない事実だ。

 もしかして、ハタがメッセージの打ち間違いに気付いて消したのだろうか。

 翼が、突然立ち止まった俺を怪訝そうな目で見てくる。ちょっと待ってくれ翼、確認したいことがあるんだ。

 制服が濡れるのも構わず、携帯を素早く操作しながら思考する。

 ……仮定。やはりハタ自身がつぶやきを消したのか。

 ……仮定。まさか、昨日の夕方、疲れていた俺の見間違いか? ハタはつぶやいてなんかいなかったのか。いやそんなはずはない。あるわけがないんだ。朝、携帯を落とした時には、昨日のハタの『ありがち』が最新のつぶやきとして表示されていたのだから。翼から集団自殺事件の事を聞かされて脳内がすっかりハイになっていた朝の俺が、そんな見間違いをするはずもない。

 ……もう一つ仮定。全てはハタと翼がグルになって俺を騙していたのだ! ……いやいや、それはさすがにねーよ。ないない。

 現実逃避気味な自分の頭に説教しながら、目的のリストを画面に表示させる。それは、自分がヘブンでフォローしている人の一覧を表示するリストだ。ハタがつぶやきを消したなら、一度ヘブンにログインしないといけないはずだ。

 ヘブンでは、そのユーザーが最後にログインした時間が表示される、いわゆる「足跡機能」がある。ハタのユーザーパージでそれを見れば、ハタがいつログインしたのかが分かるはずだ。

 そう考えて、リストからハタの名前を探すことにしたんだけど。

 「あ」

 そこで俺は、間抜けな一言を発することになった。

 そう、発するしかなかった。

 「おーい、さっきからどうしたんだよ椿。ていうか必死に携帯いじって、何してんだ?」

 ゆっくり顔を上げると、眉を吊り上げた翼の顔がそこにあった。俺の顔を見て、その顔に先ほどの2倍ほどの皺が寄る。俺は今、どんな顔をしているんだろう。

 「……無い」

 「は?」

 ああ、これはどう判断すればいいんだろうな。誰か教えてくれ。現時点では、俺には全く分からない。

 「……無いんだよ、翼」

 「だから、何がだよ」

 この答えを知ってるのは、ハタなのか。それとも。俺の知らない別の誰かなのか。


 「……ハタのアカウントが、消えてる」


 どういうことなんだ、これは。


***


 ハタの家を訪ねても、家のドアからは誰も出てこなかった。

 室内の電気も付いておらず、ハタの家からは人の気配が感じられなかった。

 諦めて俺と翼は帰ることにして、俺は今、自宅の布団に包まっている。

 現実逃避には最適な環境ではあるけれど。

 これじゃ問題を先延ばしにするだけだ。

 そうと分かってはいても、考えるのを拒否する自分がいる。

 本日は5月2日。現在時刻は、午後10時28分。

 父の顔が、頭をよぎった。

 外はまだ、雨だ。




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