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東京ネバーランド  作者: こーへい
第一章 無表情少年の物語
6/12

「メモリー」

 俺の父は、教師だった。

 小学生の頃の俺を思い返すと、”わんぱく坊主”という表現が最も似合うような、どこにでもいる普通のやんちゃな子供だった。いつもニコニコしてて、友達も沢山いた。というのは、母から聞かされたことだ。正直言うと自分自身、小学生の頃の記憶はもやもやした曖昧なものになってしまっているので、そう言われても他人事のようにしか思えない。最近はもう既に、中学生の頃の思い出も危うくなってきているから救えない。記憶力ねーなぁ、俺。

 父親が教師である、という点においてメリットを挙げると、まあ咄嗟に思いつくのは勉強が教えてもらえるってことだろうか。数少ない思い出として、「おとうさんがせんせーだなんて、かんたはいーよなぁ。うらやましー」ってクラスメイトに言われたのを、覚えている。

 しかし実際は、そんなことなかった。教師は多忙だ。たしかに、たまに算数とかで分からないところを教えてもらうことはあったけど。家での俺の家庭教師役は、専業主婦だった母の出番の方が父より遥かに多かった。

 まあ今にして思うと、小学生の勉強を誰が教えたって同じなんじゃないかとも思うのだが。そこは突っ込まないのがマナーだ。

 でも学校のテストで100点を取ったりすると、どんなに遅れても必ず父には報告、もとい自慢していた。父は答案を見て決まって褒めてくれたし、それもあって勉強も嫌いじゃなかった。

 そして反対にデメリットを挙げると、まあ先に思い浮かぶのが怒ると怖いってところ。なにせ教師だ。生徒の味方であり敵でもある。母の話では、当時は仲間内でかなり悪戯とかやらかしていたらしいので、父の耳に入り、怒られることも珍しいことじゃなかったそうだ。こういう都合の悪いことは忘れているのか、俺の記憶の中にはない。

 でも、そんなやんちゃ坊主だった俺に、父は優しかった。

 教師という仕事上、なかなか休みがとれない中、休日にはそれなりに一緒に遊んでくれたし、誕生日やクリスマスには、無理を言わなければ大抵の物は買ってもらえた(ちなみにクリスマスの日の夜にドアの前で待ち伏せていたら、父がクリスマスプレゼントを置いていくのを見て、子供ながら絶望した記憶がある)。

 怒るべき時には怒り、褒めるべき時は褒める。そういう父だ。世間一般から見れば「子供思いの優しい父親」として、充分胸を張れるような人だったんじゃないかな。

 そんな父がある日、いなくなった。

 家から父の姿が消えて、母に何度も聞いたのを今でも覚えている。

 「ねぇ、なんで父さん居なくなっちゃったの?」「すぐに帰ってくるんだよね?」って。

 母さんは俺の言葉を聞く度に、ただただ苦笑いして、何も言わなかった。言おうとしなかった。いや、言えなかったのか。よく分からない。子供だった俺に説明しても、理解できないと判断したのかもしれない。俺は子供扱いされたんだと思って、母に反発した。そうすることで、父がいなくなった隙間を埋めようとしていたのかも。どんな理由にしろ、子供じみた考えだ。ガキだったんだ、あの時は。

 それから少し経って、母さんが倒れた。

 病院に運ばれ、倒れた原因として医者から言われたのは、過労。

 一家の大黒柱だった父がいなくなってから、母さんはパートで働きだしていて、その疲労が溜まって……とのことだった。

 もっとも後から聞いた母の話では、父は口座の金に手をつけずに消えたらしいので、しばらくは不自由無く暮らせるぐらいの残額はあった。それでも母が仕事を始めたのは、家で俺と一緒にいる時間が気まずかったから……じゃないかな。

 医者からは、「体より心のケアが必要」とも言われた。

 今にして思うと、俺からの父に関する一言一言が、母さんへのプレッシャーを強めてしまっていたのかもしれない。

 

 それからの我が家では、父に関する一切の話題はタブーという、暗黙の了解が成り立ったとさ。

 それが、5年前の出来事だ。


***


 先生の話が全然頭に入っていかなかったから、机に突っ伏して無意味な現実逃避をしていると、不思議とそんなことを思い出していた。できることなら記憶の中から抹消したい記憶だった。まあ、そう簡単に忘れられるもんじゃないけど。最近になってからは、思い出さなくなってたんだけどなぁ。

 こんな事を思い出すのも、お前のせいだ、お前の。

 

 「お前までいなくなったりしないよな、ハタ」


 ポツ、ポツという音に、その声はかき消される。窓の向こうでは、雨が降り出していた。

 雨は嫌いだ。そこには昔のトラウマや、仰々しく語るに相応しい秘めたるエピソードなんて何も無いけれど。ただ、なんとなく嫌いだった。小学校低学年ぐらいの時は、飛び跳ねるほど喜んだものだけどなぁ。月日の低下は、俺をちょっぴり大人にさせて。ついでにポーカーフェイスにもなった。後者は治したい。

 まあ雨が嫌いなのは、水分を吸って前髪が跳ねるからっていうのもあるかも。クセっ毛な自分の髪が恨めしい。今日もくるくるだ。

 しかしただでさえ陰鬱な気分なのに、さらに拍車をかけてくるなんてやるじゃねーか地球。天気予報では降水確率30%って言ってたのに……。

 あ、やべ。……今日傘持ってきてないや。



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