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東京ネバーランド  作者: こーへい
第一章 無表情少年の物語
5/12

「ジュウニ」

 うーん。なんだろ、これ。

 翌朝教室に入ると、普段は騒がしいうちのクラスの騒がしさが……普段の3割増しぐらいになっていた。

 しかもその変化は、我がクラス、2年5組だけに表れたものじゃなかった。

 校門に入った時から聞こえてきていた喧騒は、校舎に近づけば近づくほど大きくなっていったのが如実に分かるほどだった。下駄箱で革靴を上履きに履き替えていた時には、普段はおとなしいうちのクラスの佐々木さんが、友達と大きな声を発しながら俺の横を通り過ぎていったし、普段からうるさい6組の前田は、……いつも以上にうるさかった。

 ときどき、騒ぐ生徒の中の会話が聞こえてくるけど、よく聞き取れない。盗み聞きするより、翼やハタに聞いた方が手っ取り早そうだ。

 さて、一体何があったんだろう。

 例えば、体育教師の澤田のヅラ(みんな気付いてる)を指摘した酔狂なやつがいた、とか。秋の修学旅行が急に海外旅行に変更になった、とか。夏に向けて急遽、全教室にエアコンを完全装備、とか。これは予算の少ない普通の都立高校のうちでは実現不可能だろう。よって却下。

 そんな面白い話題でみんなが盛り上がってるなら、実に平和的で素晴らしいなぁ。なんてことを考えて、翼のいる席に向かう。まあその隣は俺の席なんだけど。

 「おはよ、翼」

 「……おう、椿! お前聞いたか?」

 「何をさ」ていうか親友、おはようの挨拶ぐらい返してくれてもいいんじゃ。そんなに切羽詰まった内容なのかそれ。

 「え、っと、あーの、だな……その……アレだよアレ」

 「なんだよ一体」

 質問しても翼は、どうやら頭の中で情報を整理している最中のようで、アレアレ連呼するだけだった。落ち着け翼、お前は痴呆症になった老人じゃないだろ。

 「……よ、よし整理できた」

 「ん。それでみんな、なんでこんなに騒いでんの?」

 「……昨日起きた、例の新宿の事件だ。お前も勿論、ニュースで見たろ」

 「いや、全然」昨日は生憎と、帰ってからすぐ夢の中へ逃避したので。

 「知らないのか!? あんなに昨日から報道されてんのに? はぁ……お前ってやつは……」

 翼にしては珍しく声を張り上げて驚かれた。教室の喧騒の中にその声はかき消されて、クラスの注目を浴びることもない。それにしてもこっちがびっくりする。

 すると翼が、意を決したように俺の方へ向き直る。そして口を開けて、言い放った。


 「新宿で、集団自殺事件があったんだよ」


 「………………………」

 えっ。

 正直なところ、拍子抜けしてしまった。そんなことでみんな騒いでたのか。もっと平和的で、ごく学生的なニュースでみんなが騒いでいると思っていた。でも、自分に全く関係無いような人間が自殺したことでそこまで騒ぐことなのかな。……あ、もしかして。

 「もしかして、自殺した人間の中に有名人とか……この学校の生徒とかがいたのか?」

 頭に浮かんだ疑問を翼に訊いてみる。それなら、みんながここまで騒ぐ理由も分かるけど。

 「ん? いや……そんな話は聞いてないな。まだ死者の身元特定はそこまで進んでないみたいだし」

 「ならなんでこんな」

 翼から目線を外して、クラスメイトを見回す。一体ここまで学校中の興味を満たす要因とはなんなんだ。想像がつかない。

 その素振りで、翼は俺の意図を察してくれたようで、

 「……飛び降りたの、12人なんだよ」

 静かにそう、補足してくれた。

 「12人……か」多いな、そりゃ。

 たしかにそこまでの規模の集団自殺事件は記憶に無い。このクラスにいる人間の約三分の一ほどの人数が飛び降りたことになるわけで……そこまで考えて、気分が悪くなりそうでやめた。もう少しで、自殺現場を想像しそうになったから。

 こんな時だけ早い頭の回転が恨めしい。テストでその能力を発揮してほしいものだ。

 「……お前はこんな時もいつもと変わらず無表情なんだな。少しはリアクションとってくれるかもって思ってたんだけど」

 翼が肩を落として言う。

 「ああ……なんかごめん」

 「いや、俺こそ……ああー。えっと、あのさ、今の発言、撤回な。馬鹿だ俺。何言ってんだろ。不謹慎だった」

 「ああ、気にすんな」

 そう言ったけど、まだ腑に落ちない事があった。

 12人が新宿で集団自殺。新宿まで、この高校からは近いか遠いかで言えば、かなり近いと言えるだろう。

 でもかといって、通り魔でもない”自殺事件”で、ここまでみんなが怯えたような顔をするものなのか?

 集団という点が恐怖心を煽るのかもしれない。けど、あくまで「自殺」は”死にたい人”がやることだ。”望まない死”とは別物だ。

 なのになんでクラスメイトの男子も女子も、怯えた顔をしてるんだ。

 そこまで考え込んで、ふと翼の顔を見ると、翼の怯えた表情がそこにあった。お前もそんな顔をするのか。

 「まだ、何かあるのか」直感で。訊いてみた。

 翼は言うべきか迷っているのか、少し逡巡した後、小さい声で。


 「死んだ人たち全員が、”ヘブン”のメンバーだったらしいんだ」


 「……全員が?」

 やっと。分かった。みんなが怯えている理由。

 ヘブンのネットワーク上で交流を持っている人は多い。それこそ、一人が100人。それ以上と交流していてもおかしくないぐらいだ。俺や翼やハタは特殊な例で、今どきの中高生なら殆どの人が登録している、巨大SNSサイト「ヘブンズゲート」。

 みんなはその交流している人の中に、今回の事件で死んだ人がいるんじゃないか、恐れてるんだ。


 「……はーい、席に着けー」

 間の抜けた声が騒がしい教室を徐々に静かにしていく。俺たち二人が声のした教壇の方を振り向くと、担任教師の岡部が来ていた。

 いつの間にか、ホームルームの時間になってたみたいだ。時間の経過を感じさせない会話をしていたことを実感する。窓際の自分の席に着こうとした時、ふと気付いた。

 いつもの3人グループの一人の席が、持ち主の行き場を無くしたように佇んでいるのを。何故か、その空間だけが、ひどく空虚に感じられて。まるでもともと誰もいなかったような雰囲気だ。

 ……いや遅刻、だよな。こんな時だから、凄く心配するじゃないか。

 よそ見しながら歩いていたので、机にぶつかって持っていた携帯を落としてしまう。

 拾おうとすると、落ちたはずみで開いた携帯の画面に、昨日の意味不明なメッセージが表示されていた。今見ても、勿論その意味は分かるはずも無い。


 ハタ。ありがちって、なんなんだよ。



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