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東京ネバーランド  作者: こーへい
第一章 無表情少年の物語
3/12

「ヒカリ」

 「いつまで寝てんだポーカーフェイス」ばしっ。

 「…………っんん」

 あれ、俺……翼に起こされ……た? ……ってことは寝てたのか。ああー……、昼休み終わっちゃったかぁ。貴重なひとときを無駄にした気分。 

 「……痛い」

 寝ぼけ眼の目を左手でこすりながら、未だ鈍い痛みが残る頭を右手でさする。翼、強く叩きすぎだ。これ以上馬鹿になったらどうすんだ。

 「いやいや、お前はもうこれ以上馬鹿にはならねぇよ。なぜならもう既に最底辺の位置にいるからな」

 「俺の心の声を勝手に盗み聞きするな。ていうか俺はそこまで馬鹿じゃないよ。……たぶん。いや……そのハズ」だよね?

 「そこで完全に否定できないところが……ううっ」

 翼が演技がかった動きをしながら憐れみの目をこちらに向けてくる。頼むやめてくれ、そんな目で俺を見るな。

 「ふああ……」反論しようとしたけど、代わりににあくびが出た。まだ眠い。昼食の後ってもの凄く眠くなるよなぁ。四時間で学校が終わりならいいのに。

 周りを見回してみると、既に弁当を食べている生徒は居なかった。席に着いて、家でやってこなかったであろう宿題をせっせとやっているクラスメイトも多く見かけられる。あれ、クラス替えしたばかりで言うのもなんだけど、このクラスってこんなに真面目だったっけ。

 「ああ、そうだ翼。五時間目の授業なんだっけ」もしロッカーの中に置いてある教科だったら取りに行かないといけないし。

 「……はぁぁ」え、翼くんなんでそこでため息つくの。


 

 「次は、六時間目だ」


 

 「……………………」

 なに言ってるのこの人。すると、ボーっと無表情で何のリアクションもとらない俺を見て、聞こえなかったとでも思ったのか。ご丁寧にもう一度翼は「次は。ろ、く、じ、か、ん、め、だ」と言ってくれた。大事なことだから二回言いましたってか。いやそうじゃなくて。

 「どうして起こしてくれなかったんだよ」

 翼が言ったことが本当なら、俺は昼休みからこの五時間目終了後の休み時間までずっと眠ってたことになるわけで。すると当然、五時間目はずっと机に突っ伏してたことになるわけで。

 「お前が気持ちよさそうな顔で眠ってたから、邪魔しちゃ悪いと思ったんだ」

 嘘つけ。顔がニヤけてるじゃねぇか。それに俺は気持ちよさそうな顔なんてしないだろ。……いやでも、本当に寝てるときも無表情なのかな、俺。ちょっと気になる。

 それにしてもなるほど、六時間目か。ああ、どうりで普段は騒がしいこのクラスがいつもより静かなわけだ。次の授業はライティング(六時間目だけ覚えてた)だから、宿題出さないと平常点に響くんだよなぁ。俺はやらないけど。

 「おおー、バッキーやっと起きたんだ」

 俺たち二人が話してるのが目に入ったのか、ハタがこっちに駆け寄ってきた。これでいつもの3人グループの完成。ちなみに”バッキー”は俺のあだ名らしい。提案者のハタしか使わないけど。

 「お前もお前だよハタ。なんで起こしてくれなかったんだ」一応こっちにも言っておく。

 「いやー、バッキーがあまりに気持ちよさそうに寝てたからさぁ」

 お前も翼とグルかこの野郎。この残念爽やかイケメンキモオタめ。

 心の中で毒づいてみたけど、これって褒めてるのか貶してるのか分かんないな。いや、爽やかイケメン合ってるし。キモオタも合ってるし。うん、間違ってないな。残念すぎるぜハタ。

 「こいつは俺の親友、田畑圭祐。通称、ハタだ。頭脳明晰、ルックス抜群、運動神経抜群、クラスの女子にはモテモテの完璧人間。おまけに趣味も豊富で、どんな話にもついていけるときた。”情報屋”を名乗っていて、俺も翼もその情報にいつも頼っている。まさにクラスのリーダー的存在であり……」

 「おい椿。ハタがなんか語り始めたぞ。訳してくれ」

 「いきなり何言ってんのハタ」

 「いやー、ラノベとかエロゲの導入部分でよくあるじゃん? 主人公の自分語り! ああいうの憧れるよねー!」

 「ああ、そう」

 「それで?」

 「いや、バッキーって窓際の席じゃん? マンガでもラノベでもエロゲでも共通してさ、主人公って何故か、窓際の席の設定が多いんだよねー」

 「ふーん」

 「へぇ」

 「だからだよ! ズバリ、バッキーは主人公気質に丸々当てはまる! 内心、今俺が言ったような一人語りを繰り広げてたんだろ!? ふっ、ぜーんぶお見通しだぜ……」

 「その理論でいくと、全国に主人公気質の男子高校生は一体何人いることになるんだろうな」

 「珍しく椿がマトモなこと言ってやがる……今日は雪だな」うるさいぞ翼。ほっとけ。

 「バッキー……そんな釣れないこと言うなら俺にその席譲ってくれよぉ……そしたら俺も急にモテだしたりするハズなんだよ……空から突然女の子が降ってきたりするかもだぜ?」ねーよ。

 ハタは顔は良いんだから、その痛々しい口調とか趣味とか色々直せば絶対モテるって……。なんでそこまでオタ趣味をオープンにするんだかね。たしか前に翼と一緒に訊いたら、「俺は偽らない男なんだ」ってどや顔で返されたっけ。擬音で”キリッ”とか聞こえてきそうな雰囲気だったなぁ。救えない。

 「そういやハタ。お前さっきの変な口調、もう直ってるじゃん。飽きたの?」

 「あ」翼に指摘されたハタが目を丸くして、慌てて喉を整えた。

 「あーっごほんっごほん……フフフ……拙者油断するとすぐ口調が……」こいつ完全に忘れてたな。

 そういえば、昼休みの時は「拙者」やら「ござる」やら、武士みたいな口調になってたな。一体何のアニメの影響なんだろう。硬派なやつなんだろうか。さっきそれについて熱弁してくれてた気がするけど、全然頭の中に入っていかなかった。ごめん、ハタ。

 閑話休題。ライティングの用意を済ませて、また窓の向こうの高層ビル群を眺める。ビルは昼休みの時と変わらず、太陽光をその身に浴びてギラギラと輝いている。こっちは5月の標準的な気温だけど、あっちはヒートアイランド現象で夏みたいな暑さになってるんじゃないかな。ちなみにヒートアイランド現象のことは、昨日のテレビで見た。キャストが大袈裟すぎるぐらい感嘆の声をあげていたことの方が印象に残っているぐらいだけど。

 そんなことを思い出していたら、



 ―――キラッ



 「あ」

 

 何か、ビルの上から、光りながら落ちていくものが、見えた。

 それが何なのか、ここからでは判別できない。おそらく、ビルの窓拭き作業員がヘマをして何か落としたんだろう。工具的な物を。それが太陽光の反射で光ったんだろ、たぶん。

 そう、この時は思った。

 「あ、六時間目始まるぞ」

 翼の声が右から左へ抜ける。翼が俺の隣の席に腰を降ろした音が聞こえた。ハタも自分の席へ戻っていったのだろうか。六時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴り響く。ライティングの教師が大仰な音をたてて教室に入ってくる。廊下で騒いでいた女子が、チャイムを聞いて慌てて教室になだれ込んでくる。

 その音の全てが、意識の外に投げ出され、右から左へ、抜けていく。

 俺はまだ、窓の向こうを見ていた。視界にはいつもの高層ビル群。

 だけど。



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