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東京ネバーランド  作者: こーへい
第二章「探偵事務所へようこそ」
11/12

「ウェルカム」

 「探偵。かな?」


 探偵。

 少女は自販機から出てきたドクペの缶を握り締め、誇らしげにそう言った。

 「……探偵」

 「うん、そう。探偵だよー」

 なんでもなさそうに俺のつぶやきに首肯する目の前の自称探偵は、自分の中の探偵のイメージとは似ても似つかなくて、頑張って背伸びしているといった印象を俺に与える。

 正直言って、探偵には見えなかった。

 「……探偵?」

 「え、なぜに疑問系?」

 少女が首を傾げる。

 「まーまー、とにかく事務所に行こうよ。幸いなことにここから近いしね、すぐに着くからさ」

 彼女はそう言ってまた、自分の手を俺の手に絡めてくる。

 どうしたもんかね。


***


 「キミの名前は何て言うの?」

 事務所とやらに連れられていく道中、そんなことを少女に聞かれた。そういえば、出会ってからまだ一度も名前で呼び合っていなかった。

 ていうかそもそも、名前で呼び合う仲に発展するなんて、これっぽっちも思ってなかったからなんだけど。

 「椿。椿、幹太」

 この前の刑事、たしか相良だっけ。あのときといい、最近は名前を聞かれることが多い。

 「椿幹太、か。いい名前だねー」

 あの刑事と同じ感想をこの子にも言われた。

 「そんなにいい名前、なのかな」

 「私は好きだねー。語呂が良い、うん。いい名前だと思うよ」

 たしかに今まで生きてきて、同じ名前の人を見たことはないから、希少性はあるかもだけど。社交辞令、として受け取っておいた方がいいのかな。でも自分の名前を褒められて、もちろん悪い気はしなかった。

 聞き返すべきだろうと思い、君の名前は? と訊こうとした瞬間、「けほっけほっ」と少女が咳き込んだ。先ほど買ったドクペを喉に詰まらせたらしい。

 「……大丈夫?」

 「ああ、へーきへーき……いやー、ドクペは美味いねー。ほんと美味いねー」

 「いや、とてもそうは見えないけどな……」

 最初は慌てて飲んで咳き込んだのかと思ったが、見たところ、ドクペを口に含む度に咳き込んでいるようだ。単純にドクペが口に合わないってだけなんじゃないか。

 「いやいやツバキ、ドクペというのはね、知的なキャラなら絶対に飲んでいるってぐらいの、それは有名な知的飲料なんだよー。それを私が飲めないなんてこと、あるわけないじゃないか」

 そう言ってまたぐびっと飲み、咳き込む少女。なんかまた急に口調変わったな。ていうか絶対ニガテでしょ君。無理して飲むなよ。

 知的キャラ、イコールドクペ。その方程式は初めて聞いた。一体どこから仕入れた情報なんだろう。気になる。

 いつの間にかツバキと呼び捨てにされている事も気付かないまま、ドクペについて考える。

 ドクペか……最後に飲んだのいつだっけ。思い出せないということは、それぐらい前ってことだ。いつかはともかく、味はなんとなく覚えている。たしか、

 「杏仁豆腐を炭酸で割ったみたいな味がするんだよな、それ」

 「!?」

 咳き込んでいた少女がぐるんと振り向いてこっちを向いた。その眉間には深い皺が寄っている。しまった、もしかして失言だったか。

 「杏仁豆腐……だと……?」

 少女はそう言うと、

 「ツバキ、そんな平々凡々な食べ物と高尚なドクペの味を一緒にしてもらっちゃあ困るよ。ふっ、いやはや困ったものだ、ドクペのその素晴らしい味わいを理解できる選ばれた人類は地上に数少ないからね。キミもその大多数の中の一人だったということか……。ふふふ実に残念だ。キミには素質があると踏んでいたのだがね。まあ仕方ないさ、私の周りには何故かは分からないが、ドクペ嫌いの人間が数多く存在する。彼らにも是非ドクペの良さを知ってもらいたいと、常々思っているのだがね。ところがこれがなかなか上手くいかないもので、現状は停滞している。だがしかし私は信じている。いつか人類がドクペの素晴らしさに気付く日が必ずやってくることをッ―――!」

 ……と、流暢なマシンガントークで言い切って、少女は決まった……! とばかりにこちらにドヤ顔を披露した。

 もしかしたらもしかしなくてもアホの子なのだろうか。

 少なくとも、知的な探偵さんには見えない。

 とりあえずこの、まだ”自称”の取れない小さな探偵がドクペにはうるさいという事だけは伝わった。実はニガテってことも。

 「なんかうん……悪かった」

 「げほっ……分かったならよろしい……」

 微妙な表情の彼女を見ていると、なんだか自分のせいで短時間で無駄に疲れさせてしまった感が否めないんだけど。なんか、すまん。

 俺たちはそれから、暫く無言で歩いた。ちなみに手は公園からずっと繋いだままで、なんか凄く気恥ずかしい。顔には出てないんだろうけど。そう考えるとシュールだな。

 それなのにあっちはなんともないような顔してるし。普通こういう時って、女の方が恥じらいを持つもんじゃないのか。逆だろう。

 そうして脳内で唸りながら歩く俺と、澄ました目と顔の隣の少女。

 なんとなく。対照的だな、と思った。


***


 「はい、ここよ」

 「あれ、もう着いたのか」

 公園から出発して5分もかからずに目的地である事務所とやらに着いた。たしかに近かったな。

 「事務所があるのはこのビルの最上階よ」

 「三階建てじゃん」

 「そこは気にすんなって」

 しかしこれはまた……。

 とにかくその建物は、周りがそこそこ高さのあるオフィスビルなのに対し、なんというかかなり浮いていた。凄く、小さくて。

 悪く言えば少しボロい、良く言えばレトロな雰囲気の雑居ビル……か。そんな印象。

 さあ行こうと少女に連れられて、表の自動ドアからビルの中に入る。

 自動ドアを抜けるとまたすぐにドアがあった。どうやらエントランスに入るためには、ドアの前にあるスキャナーにカードキーを通さなければいけない仕様らしい。うーん、見かけによらず近代的なシステムだ。

 少女が懐からカードキーを取り出し、スキャン完了。ドアが開く。

 エントランスに入るとすぐ肌寒さを覚え、見上げるとエアコンが稼動していた。この時期からもう既に冷房を点けているようだ。少し早すぎないか。

 凍えるような寒さから逃げるようにしてエレベーターに乗り、三階へ。

 彼女によると、事務所はフロアの一番奥にあるらしかった。

 三階に着き、少女に連れられるまま向かうと、そこの扉には事務所の表札が掲げてある。

 『橘探偵事務所』

 「たちばな、たんてい、じむしょ」

 棒読みが口をついて出た。こんな所に来るの初めてだし、緊張しているのは事実だ。

 しかしそれ以上に、ほいほいついてきてしまったけど大丈夫なのだろうか? という今更ながらの思いがあった。美少女に釣られて来てみれば実は悪徳探偵事務所だった、なんてオチはご免だ。

 ……でも、なんでハタの事を知っているかも気になるし。

 やっぱり、入るしかない。

 そう俺が意を決したとほぼ同時、隣の少女のスイッチが急に入る。

 「ククク……我が組織の本部へよくぞ来たな……ここを通ればもうお前は二度と帰れん……が、それでも尚入るというのなら止めはせん。さあ、選ばれし者よ、いざ!」

 「じゃ、俺はこれで」

 「いやいや、ちょーっとちょっと」

 俺が帰るフリをすると、慌てて少女が止めに入る。

 「ふー……やだなぁツバキ。キミは見かけに違わずノリが悪いんだな」

 そう言う少女は呆れ顔だ。ていうか見かけに違わずって。ほっとけ。

 「……どうすりゃ正解だったんだ? 今の」

 もちろん本気で帰る気はなかったけどさ。どんなリアクションが正解だったのやら。分かる人がいるなら是非俺に教えてくれ。代価として一円ぐらいは払う。

 「さぁ、おふざけはこれぐらいにしてと」

 ふぅ、と息を吐いて、少女はこちらを向き、言う。


 「ようこそ、”我々”の探偵事務所へ」




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