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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

短気は損気

作者: 赤川ココ
掲載日:2026/07/04

手慰み、第数弾であります。

お楽しみいただければ、幸いであります。

暴力行為描写あります。

ご注意下さい。

 本日、長く婚約者だった伯爵令嬢が、侯爵になったばかりの自分の元に嫁いで来た。

 これから行われる初夜の儀の前に、本音をぶつけようと、寝台に座る妻を見下ろす。

「これは、政略だ」

「はい」

「私は、お前のような地味な女を、愛する事はできない」

「そうですか」

 返される言葉は静かだが、冷ややかだ。

 取り乱さない妻に舌打ちする侯爵に、女の方が切り出した。

「では、初夜も必要ないですね?」

「あ? ま、まあ、既に、何人か跡継ぎはいるからな。だが、形式に拘りたいなら……」

「いいえ、結構です」

 冷静な問いにたじろぎ、言いかける侯爵を、妻はきっぱり切り捨てた。

 そして、寝酒の入ったグラスの傍に置かれていた、折り畳まれた紙を差し出す。

 思わず受け取って見ると、何かの契約書のようだ。

「?」

「わたくしとあなた様との縁談は、侯爵家の建て直しと援助を条件に結ばれたもので、世継ぎの有無は問われません。わたくしとしましても、未来を見据えて、純潔は死守したく思いますので、今のお話を紙面に残していただきたいと思います」

 妻の言葉を聞きながら、契約書を黙読すると、今自分が言った言葉と妻の答えが、堅苦しい言葉で記されていた。

 それを見て、察する。

「これはもしや、神殿の紙か?」

「はい。よくお読みになって、署名をお願い致します」

 念を押されるまでもない。

 侯爵は、一文字たりとも見逃さぬ気持ちで読み、自分に不利な条件がないか確認すると、丁寧にフルネームで署名した。

 毅然として手渡した契約書に、妻も署名する。

 筆を上げた妻から契約書を取り上げると、侯爵は言った。

「これは、私が持って置こう」

「よろしくお願い致します」

 妻は少しも渋らず頷き、立ち上がった。

「それでは、わたくしはこれで」

「は? 何処に行く?」

 慌てて呼び止めると、妻はキョトンとして振り返った。

「執事に事情を話して、客間に案内してもらいます」

「なっ、そんな事をしたら、初夜を行なっていないと、知られてしまう」

「構いませんわ。そんな事で、お飾りとは言え、侯爵夫人を蔑ろにする使用人を、雇ってはおりませんでしょう?」

「それは勿論、そうだがっ」

 何とか言い訳を探す侯爵に、妻は言い切った。

「たった今、あなたを気遣う理由も、消え失せてしまいましたわ。愛する努力すらする気がない方に、わたくしが努力する必要は、当然ありませんわよね?」


 唖然とした侯爵に、妻の声は冷たく続ける。

「先代侯爵様のお望み通り、侯爵家の建て直しには協力致します。ですが、わたくしも、あなた様を愛する気は、ごさいません。建て直しを成せましたら、離縁致しましょう」

 立ち尽くす夫を残し、部屋の扉の取手に手を伸ばす妻の手を、侯爵は咄嗟に捕まえた。

「っ、放して……」

「黙れっ」

 拒絶の声を上げる女の頰を、思いっきり平手で張って黙らせると、乱暴に寝台に引き戻す。

 抵抗なく倒れ込んだ妻を、侯爵は冷ややかに見下ろした。

「お前は、何様だ? 旦那となったオレを、愛さないだと? ふざけるな。オレの好意が得られないなら、尽くして好まれる努力をしろっ」

 打たれた頰を抑えてこちらを見上げる目は、まだ反抗的だった。

 だが、体は震えている。

 思わず、声を立てて笑ってしまった。

「威勢がいいのは、目と口だけだな。それもこれから矯正してやる」

 服の前をはだけながら近づく侯爵を目を見開きながら見上げ、妻は寝台の上で後退ったが、その気になった男の迫力に、それ以上の動作が出来ないようだ。

 寝台の端で固まる女ににじり寄り、乱暴に身体を押し倒すと、怯えた悲鳴が漏れたが、侯爵は怯むどころか興奮してしまった。

 乱暴に妻の服を引き裂き、身を固くした身体を堪能しようとした途端、侯爵の身体が止まった。

「?」

 恐る恐る目を見開いた妻が、妻でなくなった。

 いや、それどころか、女ですらなくなっていた。

 思わず妻の身体から身を引いた侯爵を、今度は妻の方が捕らえた。

 女とは思えない力で、引き寄せられそうになって、必死で抗い、寝台からは逃れたが、床に組み敷かれてしまった。

「ひっ」

 両手を床に縫い付けられて仰ぎ見た妻は、今や筋肉隆々の大男になって、勝ち誇った目で自分を見下ろしていた。

 片手で両手を拘束したまま、大男の大きな手が侯爵の乱れた服をむしり取って行く。

「い、嫌だああっ、やめろおっっ」

 これ以上ない恐怖に、侯爵は在らん限りの悲鳴を上げていた。


 うわあ、一体、どんな罰がくだったんだ?

 突如屋敷内に響いた悲鳴に、執事他使用人は驚愕した。

 いや、伯爵が侯爵夫人となるお嬢様に、神殿への寄付と引き換えにいただいた、獣神への宣誓用の紙を持たせたのは、聞いていた。

 これは、夫人の尊厳を守る、最強の手段だと、執事も頷いていた。

 夫人の尊厳を守るか否かは、侯爵家存続できるか否かも左右できると、使用人の殆どが知っていた。

 そう、侯爵家の使用人は、極一部の者を除いて全員、家の没落に立ち会ってしまった記憶が、残っていた。

 前の勤め先の話ではない。

 現在既に火の車のこの家がこの後、没落して行く過程をつぶさに見届ける羽目になった上、紹介状なしで屋敷から放り出され、路頭に迷った記憶が、鮮明に残っていた。

 この国は、余程のことがない限り、家の後継者は長子と定められている。

 今悲鳴を上げ続ける侯爵は、その余程のことに引っかからず、爵位を継いだのだが、使用人たちから見ても、器ではなかった。

 性別関係なく、長子が爵位を継ぐ為、現在は女性が領地を納めるのも当たり前なのに、侯爵は自分より爵位の高い女性がいるのを不満に思い、小侯爵の時から後継者の御令嬢たちに難癖をつけ、心身を傷付ける所業を繰り返していた。

 両親ですら手に余る所業で、それでも廃位する理由としては弱いという国の判断で、優秀な婚約者をあてがって誤魔化す、所謂臭いものに蓋をした状態だったのだが、これが最終的に侯爵家の生命線を断ち切った。

 侯爵となった長子に、子が出来なかった場合、先代の血縁者から養子が取れる。

 伯爵令嬢だった夫人には、それまでに家の建て直しを手伝ってもらい、それを成した後はそれ相当の報酬を払って、送り出す予定だった。

 これは、国も先代侯爵も、当事者二人も承知していた、はずだった。

 結婚式を無事終え、二人が夫婦の寝室に入った翌朝、夫人を見た使用人たちは、仰天した。

 焦燥した顔は腫れあがり、昨日は生き生きしていた目には、生気が感じられない。

 対する侯爵はご機嫌で、黙ったままの夫人をこき下ろす言葉を並べ続けた。

 昨夜、何があったのか、使用人たちも察してしまったが、身分の低い自分たちでは、どうすることもできなかった。

 自分たちはただ見ているしか出来なかったが、この家を切り盛りする執事は、先代夫婦に報告したらしい。

 翌朝には、先代の息のかかった者が抜き打ちで訪問したが、その時には遅かった。

 新婚三日目で、夫人は心を折ってしまい、夫婦の寝室で首を括って、自らの命を絶ってしまったのだ。

 侯爵家の墓に入れたくないと、夫人を実家に連れ帰った伯爵は、変わり果てた娘の姿に涙する伯爵夫人と、跡継ぎの長男の後ろで後悔したそうだ。

 それを、使用人一同が聞いたのは、その後没落した侯爵家から放り出され、それぞれ何とか別の生計の道を見つけ、どうにか生涯を全うした後だった。

 侯爵と伯爵令嬢が結婚する、三か月前に、使用人全員が巻き戻っていた。

 何故、この時期なのかは分からなかったが、恐らくは、それより前に巻き戻り、夫人を守ろうと動き始めた、伯爵の補佐の意味合いが深いと思われる。

 先代侯爵夫妻を介して、使用人たちと顔合わせした伯爵は、静かに告げた。

「娘は、あの悲劇を予想しておりました」

 いや、今の自分と同じように、巻き戻っていた可能性がある。

 なぜなら……。

「先代さまの威光も忘れる程、嫌悪されているかもしれないと、懸念を口にしていたのです」

「何と」

「もしかしたら、その前の人生では、耐えに耐える日々を送っていたやもしれません。そうでなければ、あの我慢強い子が、先代様方が来るのを承知で首を括るはずが、ありません」

 言い切った伯爵に、先代は苦い顔になった。

「自分の境遇を訴えても、なあなあで済ますしか、ないからな。あの所業を理由に、離縁を申し出るのも、王命での婚姻では、成立するまでが長い」

 婚姻を止めるのも、先代に訴えても悪手だ。

 だがこのままでは、侯爵家は再び詰み、伯爵令嬢は犠牲になる。

 そんな八方塞がりの状況を打破する為、伯爵は神殿を頼ったのだ。


 恐怖が混じる悲鳴が、何だか嬌声に代わり始めた頃には、寝台で呆然と侯爵を見下ろしていた夫人を保護し、前もって雇い入れていたメイドに手当を任せていた。

 寝室に残っているのは、床に転がって一人喘ぎよがる、侯爵だけだ。

 古参の使用人だけでなくメイドたちにも、この凶行を目撃させたから、後継者交代の審査も、スムーズに通るだろう。

 もし、疑われるなら、実際に見学してもらおうじゃないか。

 嫌だ嫌だと言いながら、目を輝かせて一人腰を振る大の男。

 これを、気狂いと言わず、何と言う?

 


 

 

 

養い子、本領発揮。

あの用紙に、どんな幻術を仕込んだのやら。

女性同士、異性の絡みはいいが、男性同士の絡みだけNGの兎が仕込んだのではないのは、確かです。

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