02.お人よしの気弱な美女
「煮込んだ肉の餡を皮で包んで饅頭にしたものでございます」
「美味しいのか?」
「はい。我が子たちの大好物ですよ」
可馨の言葉に音繰の目が輝く。
欲しいのだろう。
そうなるようにわざとらしく持ち歩いているのだ。
……他人の動きを待っていたのだけども。
他の妃賓が行動に移すのを待っていた。しかし、誰もが皇太子の座に座った音繰に気に入られようと媚びを売るだけだった。。
……それでは手に入らないのだもの。しかたがないことよ。
可馨の望みは自分の手で果たすしかない。
「僕にも分けてくれ」
音繰は迷わなかった。
それが食べて大丈夫な食品なのか、考えない。普段の賢い頭はどこにいってしまうのか、食欲に負けてしまうと母親の言いつけを守れなかった。
そのせいで何度も痛い目を見ている。
死にかけたこともある。
それなのに喉元過ぎれば熱さを忘れるのか、また、母親の言いつけを破ってしまう。
……十歳だもの。母親の言う通りにはいかないだろうね。
自立心を抱きだす年頃だ。
親の言葉に反発をしたくなる年頃だ。
それを可馨は狙っていた。
「殿下は食事制限を行っていると伺いましたが……」
「そんなのは母上が勝手にしているだけの話だ」
「さようでございますか。まだ、熱くございます。冷ましながら召し上がってくださいませ」
可馨は露骨に安心したようなそぶりを見せた。
……小麦がダメなのだろう。
妓女の中にも小麦を受け付けない者がいたことを思い出す。
彼女は軽症のようで小麦製品を食べても、体中が痒くなるだけで済んでいた。
……死んでくれるといいのだけど。
蘭玲の持つ籠の中に両手を入れ、2個掴む。
それを迷うことなく、口にした。
勢いよく食べていく姿は気持ちがいいものだった。
……生まれつきのものではなさそうね。
小麦製品が美味しいということを音繰は知ってしまっている。
* * *
散歩が終わり、第一公主である雹華を赤子用のベッドに寝かす。
まだまだ言葉を発せない子ではあるのだが、散歩が楽しかったのか、気持ちよさそうに昼寝をしていた。
充媛宮でゆったりとした時間を過ごす。
庭を駆けまわっている子涵には、楊家に以前仕えていたという下女、郭 春燕が付き添いをしている。下女ではあるのだが、融通が利く性格をしており、子涵のお気に入りだった。
……女官に格上げをしてもいいわね。
充媛宮の女官はすべて皇帝の手で選ばれた少数精鋭だ。
後宮入りの際に連れて来た楊家や朱家に所縁のある者たちは、皆、下女に格下げをされてしまっている。
……陛下に頼んでみようかしら。
春燕は手駒として有能だ。
春燕の叔母は可馨の乳母を務めていた者であり、三年前に解雇されてしまったものの、朱家に引き取られたのだろう。
四大世家の朱家は人手不足だ。
朱家に代々仕えている男児を輩出している楊家が傾いた時には、素早く、使用人たちを回収していった。
「充媛様。陛下がお見えです」
蘭玲の言葉に可馨は目を見開いた。
まだ太陽が沈み切っていない。
この時間に尋ねてくるなど異例のことだ。
……皇太子が死んだのか?
最後に接触をした可馨を疑ってきたのだろうか。
「お通しになって」
可馨は椅子から立ち上がる。
そして、部屋に入ってきた梓豪に対し、礼の姿勢をとる。
「堅苦しい挨拶は不要だ」
「さようでございますか」
「時間の余裕ができてな。寵妃とその子どもたちを見に来ただけだ。気を遣わせて悪かったな」
梓豪は笑った。
政治を執り行う間の時間に来たのだろう。難しい問題に面している時は誰だって癒しが必要だ。
……まだ皇太子が死んでいないのかしら。
二個では足りなかったのだろうか。
しかし、梓豪の表情は暗い。可馨に気を遣わせないように、無理に笑っているのが丸わかりだった。
「……子涵は元気だな」
「はい。今日も元気よく走り回っておりましたわ」
「音繰も同じくらいに丈夫な体で生まれてくれば、よかったものの……」
梓豪はため息を零した。
……違う。
なにかが起きた。
……皇太子に異変が起きたんだわ!
喜びを隠し、梓豪に寄り添う。
眠っている雹華を眺める目は優しいものではあったものの、寂しそうな雰囲気が漂っていた。
「皇太子殿下は体が弱いそうですね」
「知っていたのか」
「噂は耳にしております。今朝、散歩で会った際にはそうは見えませんでしたが……」
可馨は今朝の様子を思い返すように言った。
散歩をしていたことも、そこで音繰に出会ったことも事実だ。下手に隠そうとすれば、裏があるのではないかと疑われるだけである。
可馨は堂々としていた。
大人しそうな見た目からでは音繰にわざと饅頭を与えたとは思われないだろう。
健気に寄り添う。
その姿を見て、梓豪は安心したようだった。
「そなたはお人よしだな」
「そうでしょうか」
「疑われるとは思ってもいないのだろう。……そなたのような人が子を殺めるとは思えない。捜査をするように言っていた連中はすべて黙らせるから、安心して過ごすといい」
梓豪は当然のことのように言い切った。
その言葉を聞いて、可馨は動揺をしているかのような表情を作った。
「私、なにか、してしまったのでしょうか……?」
可馨は不安そうな声をあげる。
それから、自然に梓豪に縋りつく。
「いいや。充媛はなにも悪くない」
梓豪は否定した。
その言葉に可馨は安堵の表情を浮かべる。




