04.皇帝の寵妃
毎夜のことのように、梓豪は可馨の元を訪れる。
約束を交わしたかのように訪れる姿に淡い恋心はときめいてしまった。
後宮では可馨のことを皇帝の新たな寵妃と呼ぶ声が多く、多くの妃賓たちの自尊心を傷つけた。だからこそ、庭を荒らされたのだろう。
荒れた庭を見つめる。
大量の落ち葉だけでなく、大量の虫たちも放り込まれている。それを見て、気弱な女性を演じる可馨はふらりと倒れそうになるところを女官に支えられる。
「楊充媛様」
女官に声をかけられ、可馨は冷や汗を拭う。
本当に気絶をしてしまいそうになる演技は得意だった。実際に気絶はしたことはないものの、血色は悪く、今にも倒れそうな顔つきで女官を見る。
女官は心配していた。
楊家を支える使用人は誰一人連れてきていない。
充媛宮にいる女官はすべて梓豪が信頼している者たちばかりだ。優秀な人材でなければならないと、後宮入りした時にいた充媛宮の女官たちには下働きをさせ、梓豪が選んだ女官だけを可馨の傍にいさせるようにした。
その対応は異例のものだった。
「妃賓から恨まれるということは、今後も、あるでしょう」
「……そんなの、恐ろしいわ」
「しかたがないことです。陛下の寵愛を受ける者は同じような目に遭うものですから」
女官の言葉に可馨は気を失いそうになる。
……くだらないわ。
気弱な女性は衝撃を受けなければならない。
しかし、可馨にとってこの程度の嫌がらせは想定内だった。
……呪殺でもされるかと思ったけど。
李帝国には呪術が存在する。
気功とは違い、呪術の術を知っている者ならば誰でも扱うことができるものだ。楊家では呪術を一般教養のように扱い、楊家の血筋の者は誰もが扱えるように教育を施してきた。
……くだらない嫌がらせね。
可馨はため息を飲み込む。
そして、不安そうな顔をして女官を見た。
「ご安心くださいませ。充媛様には指一本触れさせません」
女官は武芸に長けていた。
見たことはないため、朱家に仕えている家系の者ではないだろう。
「ありがとう。あなた、名前は?」
「胡 蘭玲と申します」
「蘭玲というのですか。これから、よろしくお願いしますね」
可馨は安心したかのように笑った。
女官、胡 蘭玲は頬を赤く染めた。
傾国の美女である可馨の笑みは男女関係なく、魅了をする。それを理解しながら、可馨は笑顔を浮かべる。
……使えそうな子ね。
利用価値がありそうだと判断をした。
傍に置いておけば、なにかと便利だろう。
「はい、充媛様」
蘭玲は頷いた。
そして、下働きを命じられた女官たちを見る。
「彼女たちに任せておきましょう。すぐに綺麗な庭に戻します」
「ありがとう。後でご褒美でも与えましょうか」
「必要ありません。彼女たちは充媛宮の女官として当然の仕事をしているだけです」
蘭玲の言葉に可馨は驚いてみせた。
楊家には使用人はいない。そのため、使用人として使われる者たちがどのような仕事をしているのか、知らなかった。
楊家の男児は四大世家である朱家の使用人だ。家庭を持っても、朱家の使用人として一生を過ごすことが決められている。女児は楊家を繁栄させるために、政略結婚をさせられるのが決まりである。
……ここは大人しく従うか。
上から目線で言葉を口にしない。
心の声を口にはしない。
気弱な女性を演じなければいけない。自分自身に言い聞かせなければ、どこかで本性を露にしてしまいそうだった。
「気晴らしに散歩にでもでかけましょうか?」
蘭玲の提案に対し、可馨は首を左右に振った。
……宮の外に出れば、誹謗中傷を聞くことになるわ。
可馨は蘭玲の肩にもたれかかる。
その行動に蘭玲は驚いたものの、なにも言わなかった。
「外は怖いわ。なにをされるか、わからないもの」
可馨はか弱い女性を演じる。
16歳にしては幼い発想だ。しかし、身を守るためにはちょうどよかった。
世間知らずを演じる。誰もが可馨が妓女であったなどと知ることがないように、演じる。
「蘭玲」
可馨はそっと動いた。
肩にもたれかかるのを止め、蘭玲の頬に手を伸ばす。
「あなたは私の味方でいてくれる?」
「もちろんです。充媛様」
「ありがとう。安心したわ」
可馨は笑った。
蘭玲の頬を優しく撫ぜる。そして、すぐに手を下ろした。
名残惜しいくらいがちょうどいいのだ。
「父上に手紙を出したいの」
可馨は楊家の三女だ。後宮入りをしたとはいえ、それには変わりはない。
楊家のためになることをしなければならない。
……報告をしなければ、
寵愛を受けている日々を報告する義務があった。それと同時に嫌がらせの件も伝えるつもりだ。手紙の内容を見られてもいいように気の弱い女性が書いたような文章で書かなければならないのは、苦痛だった。
「かしこまりました。すぐに準備をいたしましょう」
蘭玲はすぐに返事をした。
可馨に部屋に戻るように誘導をしつつ、近くを通った女官に声をかけて、手紙を書くための紙と筆を用意させる。慣れているかのような手つきに関心をした。
……使える子だわ。
後宮の女官になる前はどこかの家に仕えていたのだろう。
……傍付きに良い人材をくれたものね。
後宮で妃賓に仕えるのには、もったいないほどの人材だ。
それを文句一つ言わずに仕えてくれるほどの忠誠心がある。
「ありがとう」
可馨は歩きながら礼の言葉を口にする。
それに対し、蘭玲は当然のことだと言わんばかりの顔をした。
「楊充媛様の願いを叶えるのが、わたしたち、充媛宮の女官の役目ですので」
蘭玲の言葉に対し、可馨は困ったように笑ってみせた。
笑顔を作る癖がある。そう思わせるために笑ったのだ。
困った時にも笑ってごまかしてきたのだろう。相手はそう勝手に思い、勝手に可馨に同情をする。同情というのは強い感情の一つだ。同情をした相手を切り捨てることは簡単にできるものではなく、蘭玲のように責任感の強い女性には、効果的な方法の一つだった。




