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後宮の元妓女は寵愛を受ける  作者: 佐倉海斗
第四話 元妓女は望みを叶える

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05.娘の死に動揺をする 

 子涵の提案により、下女が服を着替えさせた。


 雹華の体には無数の刺し傷があり、中には肺にまで達しているほどの深い傷が多くみられた。首の傷がもっとも深く、致命傷となったのだろう。


 ……どうして、雹華が。


 音繰のように慰めてくれる霊が出るわけではなかった。


 まだ三か月だ。自我が宿っていたとは考えにくい。


 ……どうして。


 子を失った喪失感からなのか、吐き気が止まらない。


 嘔吐を繰り返す可馨を心配する子涵は蘭玲の手により引き離され、今は別室で待機をしている。


 宦官による解剖調査は断った。


 遺体を見ればなにが遠因かわかったためだ。


 これ以上、雹華の体に傷を入れたくはなかった。


「狙われたのが公主様だったのが不幸中の幸いですわね」


「こら! なにを言うの! 楊充媛様は吐くほどに苦しまれているというのに!」


「えー、だって、皇太子殿下が無事なら充媛宮は安泰でしょ?」


 不謹慎な下女の声が廊下から聞こえる。


 処罰を命令できないお人よしだと思い、見下しているのだろう。


 ……皇后になった時には真っ先に切り捨てる。


 言葉遣いからして、それなりの家の出身だろう。そのような立場でありながらも下女を務めているのは数人だけだ。


「可馨」


 優しい声がした。


 その声を聞くと自然と涙が零れ落ちた。


 可馨は手拭きで口を拭い、顔をあげる。化粧も取れかけた酷い顔だろう。元が美人とはいえ、化粧がはがれつつある顔を美しいとは言えない。


 そのようなことを気にしていられなかった。


 他の妃賓が子を亡くした時には駆け付けなかった梓豪が可馨のためだけに来てくれた。その事実がどうしようもなく嬉しかった。


「医者を連れて来た。診てもらうといい」


 梓豪が可馨のためだけに医者を連れて来たのだ。


 充媛宮に足を運んだのは亡くなった雹華のためではない。


 ……なんて、ひどい人。


 それでも好きだった。愛していた。


 可馨が頷けば、満足したような笑みを梓豪は浮かべた。


 医者に大人しく見てもらえば、想定外の返事が返ってきた。


 第三子を妊娠していたのだ。


 そのため、妊娠初期の症状の一つである吐き気が来たのだろう。


「……妊娠……」


「よかったではないか! 次の子はきっと育ってくれる」


「陛下……」


 可馨は複雑な心境だった。


 雹華が死んだ。二度とあの温もりは手に入らない。


 それなのに、次の子ができたことを素直に喜べなかった。


 ……雹華が姉になるはずだったのに。


 次第に三か月しか生きられなかった公主のことは忘れられていくだろう。歴史の中にも残らない。


「そうですわね」


 可馨は涙を零した。


 ……優しい優しい、私の雹華。


 心の中で雹華に語りかける。


 ……お前は下の子を守るために、旅立ったのね。


 そう思わなければやっていけなかった。


 腹の子を守るために自らを犠牲することなどありえない。しかし、そうとしか思えないタイミングだった。


 ……母だけはずっと覚えているわ。


 雹華は李帝国の公主として幸せな人生を歩むはずだった。どのようなわがままでも許される人生が待っていたはずだった。


 それを台無しにされた。


 すべては朱亞の子を奪ったことによるものだった。


 自業自得ともいえるだろう。手を出していないとはいえ、恨まれるようなことをしたのだ。


「悲しいのか、可馨」


 梓豪は問いかける。


 後宮で生まれ育った梓豪にとって、小さい子どもが亡くなるのはよくあることだった。実際、梓豪も大勢の兄妹の犠牲の上に立ち、皇帝に選ばれている。


 だからこそ、わからなかった。


 子どもは亡くなるものだと思っていた。そう育てられてきた。


「ええ、陛下、腹の子が産まれても、雹華は笑ってはくれませんもの」


 可馨は涙を流しながら語る。


 これ以上、化粧が崩れないように手拭きで目元を脱ぐいながら、答えた。その答えに対し、梓豪はそういうものなのかと頷いた。


「そういうものか」


 梓豪は納得したようだ。


 子を失えば親は悲しむものだ。それが当然だということを梓豪は知らない。


 ……宋昭容が感情的になったのは性格よね。


 小鈴は宋国の後宮育ちだ。


 子どもが命を狙われるということは重々承知の上で嫁いできた。


 小鈴が言った通りになった。


 天罰が下った。それは可馨ではなく、雹華に下されたものだった。雹華が身を挺して母を守ったわけではない。動かない標的を狙っただけの話だ。


 朱亞は抵抗できない相手を狙った。


 何度も何度も刺すほどに強い殺意を持っていた。


 その殺意は可馨ではなく、雹華に向けられてしまった。


 ……あの方は後宮育ち。我が子を亡くした悲しみで狂気に落ちることはない。


 小鈴はすぐに怒りの矛先を別に向けるだろう。


 そして、再び寵愛を受ける方法を考えるのだ。


「私にはわからない。兄弟が亡くなるのはいつものことだったからな」


「そうですね。後宮は恐ろしい場所ですわ、陛下」


「そうか。それでも、私は可馨の無事に安心をした」


 梓豪には感情の一部が欠落している。


 生まれつきのものだ。


 雰囲気を読めないのだ。発言して良い状況なのか、わからない。


 その発言が適切なものなのかも、わからない。


 しかし、皇帝になった限りは常に発言を許されていた。


「王朱亞には極刑を与える」


 梓豪は牢獄に連れて行かれた朱亞の行く末を話す。


 庶民として生きていければ幸せも掴めたかもしれない。しかし、狂気に染まった朱亞を市街に放つことはできない。皇族である公主に手をかえたのだ。それは誰であっても許されることではない。


 ……絞首刑。


 李帝国の極刑と言えば、絞首刑のことを示す。


 ……当然の報いよ。


 もっと苦しんで死ぬべきだ。


 そう思い、口にしたかったが、黙る。


 それは大人しい女性が発する言葉ではない。


 ……あの女さえいなければ。


 もっと早く追放していればと悔やんでも悔やみきれなかった。


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