03-2.王 朱亞の復讐
気功を当てられた結界は割れた。
その中から悪霊が飛び出したが、すぐに朱亞は気功を放つ。気功により吹き飛ばされた悪霊は体の半分を浄化させられていた。
「許してちょうだい、音繰」
朱亞は泣きながら気功を放ち続けた。
悪霊は避ける気配はなかった。瞬く間に頭部だけを残し、地面に転がる。その頭部も少しずつ光の粒へと変わり、浄化されかけていた。
「音繰」
朱亞は残された頭部に触れる。
ようやく触れることができた。
既に目線は合わない。面影も残されていない。
そこにいるのは悪霊でしかなかった。
「愛しているわ」
朱亞は愛を告げた。
絶えることのない母の愛に触れ、悪霊は光の粒となり消えていった。
その場に泣き崩れそうになりながらも、朱亞は涙を拭い立ち上がった。
「若曦」
「はい、昭儀様」
「楊充媛のところに向かうわ」
朱亞は諦めていなかった。
それに対し、若曦は頭を下げた。
「貴女様の気が済むまでお付き合いいたしましょう」
「行き先は地獄かもしれないわよ」
「かまいません。地獄までもお付き合いいたしましょう」
若曦は覚悟を決めた。
そして、倒れている門番の両足を掴み、冷宮の敷地内に入れていく。
「なにをしているの?」
「発見を遅らせるのです」
「そう。私も手伝うわ」
朱亞はもう一人の門番の両足を掴み、引きずっていく。
玄家に仕える為に鍛え上げられた体がこのような場面で役に立つとは、思ってもいなかった。力の抜けた成人男性の体は鉛のように重い。しかし、二人は右側の門の近くに宦官たちの遺体を置いた。
その上から集めてあった落ち葉をかける。
少しでも時間を稼ぐためだった。
「楊充媛になにを話されるおつもりですか?」
若曦は問いかけた。
音繰が亡くなったのは事故だ。食べてはいけないものを口にしてしまったことによる窒息死だった。
既に可馨の疑いは晴れている。
……楊充媛の仕業に違いないわ。
朱亞は自信があった。
目撃情報もない。確信もない。しかし、楊家の噂は聞いたことがあった。
「音繰を殺したことを自白してもらうのよ」
「無理でしょう。既に疑いは晴れています」
「私に作戦があるわ」
朱亞は失うものはなにもなかった。
唯一残っていた女官も地獄までついてくる覚悟だ。
それならば、朱亞のすべきことは一つだけだった。
……復讐よ。
音繰を殺したことを後悔させるのだ。
そのためだけに生きている。
……若曦を巻き込むつもりはなかったけど。
ここまでくれば一蓮托生だ。
巻き込むしかなかった。
「公主を人質にとりましょう」
「三か月の子どもをですか?」
「ええ。子どもを人質にとられてしまえば、自白するしかないわ」
朱亞はそれらしいことを口にする。
人質に使うつもりなどなかった。
……同じ目に遭わせてやる。
子を失う苦しみを味わえばいい。
……公子がよかったけど。護衛がたくさんついているだろうから。
そこで身動きが取れない三か月の公主を狙うことにした。
「それと呪術の痕跡を探しに行くのよ」
「呪術ですか? 楊充媛は呪術を使うと?」
「楊家は呪術を使うと噂があるじゃない。聞いたことはあったでしょ」
朱亞は呪術によって殺されたと信じていた。
その犯人であろう人にも目星がついていた。皇帝が調査をしてくれないのならば、自分で証拠を見つけるしかなかった。
そうしなければ、音繰が浮かばれない。
* * *
それは偶然だった。
充媛宮の左側の奥に大人が入れるくらいの穴があけられていた。かつて劉帆が行き来するために使っていた穴だろう。
そこを使い、充媛宮に侵入した。
「……公主を探すのよ」
「公主ですか。なんのために?」
「音繰のためよ」
朱亞は断言した。
その言葉に違和感を抱きつつ、若曦は頷いた。ところどころにいる充媛宮の女官や下女の目を搔い潜り、雹華の眠る部屋を目指す。
「王昭儀――!?」
「静かにしてちょうだい」
朱亞は雹華の部屋付きの女官を中華包丁で刺した。
刺されたところが悪かったのだろう。女官は目を見開いたまま、倒れた。それを受け止めて床に座らせる。大きな音は立てたくなかった。
「昭儀様……」
「ここまできたら、あなたも共犯よ」
「わかっております」
若曦は覚悟を決めていた。
最初から話し合いをするつもりなどないとわかっていたのだろう。
「あなたに恨みはないわ」
朱亞は中華包丁で雹華の首を刺す。
それから手足を斬り落とすように刺していき、赤子用の寝具は血で濡れる。既に雹華の息はなかった。何度も何度も差し、腕をもぎ取ろうとしたが骨が邪魔でとれなかった。
……うまくいかないものね。
既に息はない。
血まみれの雹華を抱き上げる。
あまりにも軽かった。
……三か月の赤ちゃんって、こんなに軽かったかしら。
音繰の時もそうだっただろうか。
そのようなことを思いつつ、外に出た。
外では忙しなく充媛宮の女官や下女たちが動いている。
「さようなら」
中庭の池の中に雹華を入れる。
冷たい水の中に沈められた雹華の遺体からは血が流れだしていた。




