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後宮の元妓女は寵愛を受ける  作者: 佐倉海斗
第一話 妓女
3/5

03.楊家の三女は舞を披露する

 楊家の三女が後宮入りをした。彼女は、気弱で大人しく、絶世の美女である。


 その噂はすぐに後宮中を駆け巡った。


 ……陛下は36歳だったかしら。


 20歳も年上の男性の元に嫁がされたことは、不満だった。しかも、大勢いる妃賓の内の一人であり、与えられたくらいは充媛だ。九賓の中でも一番下の位だった。


 充媛宮の寝室に案内され、皇帝が来るのを待つ。


 しばらくすると扉が叩かれ、侍女を引き連れた男性が姿を見せた。


「特技は?」


 皇帝、() 梓豪(ズーハオ)は興味なさそうな声で問いかける。


 大勢の妃賓を抱える梓豪にとって、可馨は若い女にすぎなかった。


「舞でございます、陛下」


 可馨は立ち上がり、すぐに礼の姿勢をとる。


 梓豪は可馨の言葉に興味を持ったようだ。椅子に腰をかけ、可馨を見つめる。


「舞ってみよ」


 梓豪は侍女を慣れたように下がらせながら、命じた。

 それに対し、可馨は小さな声で返事をしてから、息を吸った。


 舞を披露する。


 天女が降りたかのように華麗な舞だった。楽器の演奏がない代わりに歌を披露しながら、舞を続ける。大人しい美女が披露する舞に梓豪は惹きつけられた。


 ……この視線を知っている。


 可馨は色欲にまみれた男の視線を知っている。


 それを理解しているからこそ、柔らかな笑みを携えて舞を披露する。


 ……落ちた。


 寵愛を受けることになるだろう。


 梓豪は可馨の舞を熱い視線で見続けた。


 か弱く天女のように舞いを披露する若い女を手に入れたいという欲を掻き立てるのは、可馨の得意技だ。煽るように舞を披露し続ける。


「もういい」


 梓豪は舞を止めるように声をかけた。


 その言葉に従うように可馨は動きを止め、礼の姿勢をとる。


「美しかった」


「ありがとうございます、陛下」


「こちらに来なさい」


 梓豪はベッドに移動した。それに続くように可馨もベッドに座る。


「天女か?」


 梓豪は問いかける。


 天の帝の使いである天女は存在していると信じられているものの、実際に目にした者はいない。


 ……そんなわけがないのに。


 それほどに舞に魅了されたのだろう。


 天女に見間違えられるほどに美しい舞だった。


「いいえ」


 可馨は小さな声で否定した。


 それに対し、梓豪は愛おしそうに腰に手を回す。


「緊張しているのか」


「……はい」


「そうか。かわいらしいな」


 梓豪の好みは大人しい気弱な女性だ。


 可馨は気弱な女性を演じなければならなかった。本来の姿では愛してもらえないとわかっているからこそ、演技をし続けなければならない。皇帝を騙すのは罪だ。しかし、ばれなければ罪を罰することはできない。


 ……どうして、心が痛むの。


 可馨は心が痛んだ。


 騙していることに罪悪感を覚えるのは初めてだった。両親の前で気弱な少女を演じている時も、妓女として誇り高い女性を演じている時も、痛まなかったのにもかかわらず、梓豪を前にすると罪悪感が心を傷つけるのだ。


 ……これが恋だというのかしら。


 本来の姿では愛してはもらえない。


 その事実が心を傷つけた。


「すぐに緊張を解いてやろう。安心して、身を任せなさい」


「はい、陛下」


「素直な子だ。楊家にこのような美女がいたとは思いもしなかったな」


 梓豪は可馨をベッドに押し倒した。



* * *



 ……私の初めてが。


 行為が終わり、疲れ切ったように眠る梓豪に思いを馳せる。


 ……これが私の愛しい人。


 20歳も年上の夫を前にして小さな恋心が生まれた。


 その恋は悲劇を生む。


 恋をしてしまったからこそ、数多くの女性が苦しんできた。


 梓豪の妃賓は多い。可馨はその中でも一番若く、一番容姿が優れているものの、それも数年以内に塗り替えられるだろう。


 多くの文人や武人、貴族たちが若い娘を後宮に差し出す。楊家がそうであったように、娘を梓豪の妃賓とし、将来の皇帝の身内になりたがる人は大勢いるのだ。


 ……初恋相手にはふさわしくはないわね。


 16歳の可馨にとって、この恋は初めての恋だった。


 胸が裂けるほどに苦しい。それなのに、恋に期待をしてしまっている自分自身がいた。


 眠っている梓豪を起こさないように隣に転がり、寝顔を見つめる。それだけが許された特権のような気がした。


 ……恋をしてしまった。


 恋をするつもりはなかった。


 そうすれば気弱な女性を演じていても心が痛まずにすんだはずだ。恋をしているかのような演技をするつもりだった。


 うっかりと本気で惚れてしまった。


「陛下」


 可馨は鳥がさえずるような声で呟いた。


「お慕いしておりますわ」


 可馨の言葉は届かない。


 それでいいと思っていた。



* * *



 翌日も翌々日も梓豪は、充媛宮に足を運んだ。


 後宮では皇太子の母親である昭儀、王朱亞から寵愛を奪い取ったと噂になった。


 ……陛下の寵愛は私のものよ。


 可馨は手を緩めなかった。


 夜の営みでは妓女として得て来た色の使い方を行使し、他の妃賓と差をつける。女であることを売り物としている妓女としての技は、梓豪を虜にしてしまった。


 可馨は芸事も得意としている。梓豪が望めば楽器を弾き、舞を踊り、歌を披露した。毎回、なにかと芸事を披露しているのにもかかわらず、毎回、新鮮な驚きを与え続けてきた。それが寵愛を与えられた秘密だ。


「可馨は愛らしいな」


 梓豪は可馨の髪に触れる。


 寵愛する妃賓の中でも可馨は特別な待遇を与えられた。九賓の中で最下位という充媛にもかかわらず、数多くの宝石や衣裳を贈り物として与えられた。


 中には子ども用のベッドも含まれていた。


 かなり気が早いものの、毎日のように可馨の元を訪れていては時間の問題だろう。



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