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後宮の元妓女は寵愛を受ける  作者: 佐倉海斗
第三話 手段は選ばない

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09.寵妃は誰にも裁けない

 可馨は無実だった。


 しかし、充媛宮から蟲毒に使ったと思われる壺が発見されたという噂は後宮中を駆け巡った。犯人が充媛宮の下女であったことも知れ渡っている。


 ……誰か裏切り者がいる。


 噂が出回るのが早すぎる。


 調査はすべての宮に入っている。四夫人も同じだ。それなのにかかわらず、充媛宮の噂が出回るのが異常なまでに早かった。


「蘭玲」


「はい、楊充媛様」


「女官と下女を徹底的に調べなさい」


 可馨は蘭玲に命令を下した。


 それに対し、蘭玲は一枚の紙を差し出した。


「こちらをご覧ください」


「……既に調べていたのね」


「はい。噂が出回るのが早いのは裏切り者がいるせいかと思いまして」


 蘭玲は既に取り掛かっていた。


 蘭玲は裏切り者を許さない。


 蘭玲にとって可馨は唯一無二の存在であり、絶対的な主人である。その存在は常に高みにいなくてはならず、邪魔なものは徹底的に排除してきた。


 ……春燕を選んだのも、彼女が女官に昇格しそうだったからね。


 可馨は蘭玲の浅はかな考えを知っていた。


 蘭玲は自分が唯一無二の存在になりたいのだ。可馨にとって頼れる女官は蘭玲だけでいいと考えている。他の女官や下女は蘭玲の駒となればいい。


「裏切り者の処罰はどうしましょうか?」


 蘭玲は問いかける。


 心優しい可馨に厳しい処罰などできるはずがない。そう知っているくせに聞くのだ。


「蘭玲に任せるわ」


 可馨は蘭玲が欲している言葉を口にする。


 ……杖刑かしら。


 木の杖で体を打つ刑だ。討たれた回数や場所によっては死に至ることもある。しかし、妃賓が行う私刑としてはもっとも無難なものだった。


 ……追放するのかしら。


 充媛宮を追い出された女官や下女に居場所はない。


 女官の立場であったとしても、奴隷として買われてきた下女と同じように洗濯等をさせられることになるだろう。それでも良い待遇を手に入れられた場合の話だ。


「楊充媛様、お客様がお見えです」


 女官に声をかけられる。


 玄関付近を担当している女官だ。


 妃賓の中でもっとも地位の低い充媛である可馨は、招いていない客であったとしても、対応をしなければならない。


 ……貴妃でも来たのかしら。


 貴妃が住む青龍宮の井戸に下女は転落死をした。自害とされた根拠は遺書が残っていたからだ。


 蘭玲は妃紗麻に罪を擦り付けようとしたのだろう。


 それは失敗に終わった。


 遺書を残しているのは想定外だったのだ。


「客間に案内をしなさい。私もすぐに参ります」


「はい」


「楊充媛様、おそらく、客人は宋昭容様かと思われます」


 蘭玲はお辞儀をして立ち去って行った女官を見ながら、囁いた。


 ……どうしてわかるのかしら。


 不思議でしかたがなかった。


 劉帆を亡くし、悲しみのあまり、寝たきりの状態になっていると噂では聞いていた。宋国の第二公主であり、わがままな気質で女官たちを困らせるのが趣味だとも聞いている。そんな女性がわざわざ離れにある充媛宮まで来るだろうか。



* * *



 客人は蘭玲の予想した通り、宋小鈴だった。


 小柄な小鈴の頬は痩せ細り、目には力がない。寝たきりの状態だったというのは本当なのだろう。宋国から連れて来た女官は小鈴のことを心配そうに見ている。


 わがまま気質で女官たちを困らせる趣味があったとしても、昭容宮の女官たちからすれば、彼女は宋国の第二公主様なのだ。どのようなわがままでも許される立場にいた。


「第二公子のこと、お悔やみ申し上げます」


 可馨は慣れていない言葉を口にする。


 それに対し、小鈴は頷いた。


「……あなたの下女が殺したと聞いたわ」


 小鈴ははっきりとした声で言った。


 そして涙を流す。


 たった一人の息子を殺されたのだ。忘れることなどできなかった。


「どうして劉帆だったの。どうして、私の劉帆が殺されなきゃいけなかったの!」


 小鈴は声を張り上げた。


 そして、感情の高ぶりと共に出されたお茶を可馨に投げつける。


 可馨に冷めたお茶がかかる。顔にかけられたお茶を服で拭こうとした可馨に対し、蘭玲はすぐに手拭きを渡した。


「けがはありませんか? 楊充媛様」


「ええ。大丈夫よ」


 可馨は物を投げられることを想定して、冷めたお茶を出していた。それが失礼に当たるということもわかっていた。


 突然の来客を歓迎していないと言っているのだ。


 小鈴にはそのことが伝わっていなかった。宋国では冷たいお茶を客に出しても失礼にならないのだろう。


「あなたも殺されるべきよ! 楊充媛!」


「恐ろしいことをおっしゃるのですね」


「その気持ちの悪い演技も止めてちょうだい!」


 小鈴の言葉に可馨は驚いた。


 顔には出さなかったものの、5年間、後宮にいて初めてだった。


 演技を見破られたことはなかった。


 それなのに初めて会うはずの小鈴にはばれてしまった。


「なんのことでしょう」


 可馨は知らないふりをした。


 それが小鈴の逆鱗に触れたのだろう。今度は菓子の積まれた皿を掴み、可馨に向かって投げた。可馨はそれを直撃しないように右に避ける。


 床に落ちた皿は大きな音を立てて割れた。菓子は床に広がり、悲惨な光景になっている。


「あなたが殺されるべきだったのよ!」


 小鈴は立ち上がる。


 急に立ち上がったためか、ふらついていた。まともに食事もとっていないのだろう。


「近いうちに天罰が下るわ! 劉帆を殺した罰よ!」


 小鈴は興奮したまま叫んだ。


 そして、背を向けて立ち去っていく。


 言いたいことだけを言って満足したのか。これ以上、顔を見たくなかったのか。


 ……天罰は下らないわ。


 可馨は罪を犯していない。


 皇帝の寵妃である可馨を疑った者の大半は降格処分され、中には職を失った者もいる。それほどに寵愛がすごかった。


 皇帝の寵妃は誰にも裁けない。


 だからこそ、あの発言は、予言の才のない小鈴の戯言だ。可馨はそれを知っているからこそ、小鈴の言葉を無視してしまった。


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