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後宮の元妓女は寵愛を受ける  作者: 佐倉海斗
第三話 手段は選ばない

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08.楊 可馨は関与を否定する

 その日の夕方まで調査は続いた。


 調査は春燕の部屋だけではすまず、充媛宮全体にまで及んでいた。妃紗麻の懇願を真に受けた梓豪の判断によるものだろう。


 皇帝の梓豪であったとしても、四大世家の勢力を下に見ることはできない。建国の際、もっとも貢献した家々なのだ。多くも門下生を抱える四大世家に見放されてしまっては、李帝国は維持できないだろう。


 皇帝の権力はその程度だ。


 お飾りでしかない。


「楊充媛様、調査にご協力願います」


「失礼ですよ! この方は皇帝陛下の寵妃であられます!」


「申し訳ございません。陛下から徹底して調査をするようにとの命令が下っております」


 宦官は申し訳なさそうに頭を下げた。


 後宮に調査に入れるのは宦官だけだ。


 ……残りの部屋は私の部屋だけのようね。


 私室を調べられるのは良い気分はしない。しかし、正当性もなく拒否をすれば疑われるだけだ。


「なにかしら」


 可馨はお人よしがするような笑顔を浮かべた。


 心当たりがなにもないと言うかのようだった。


「私にできることなら、なんでも、言ってちょうだい」


「楊充媛様!」


「蘭玲。いいでしょう? 私はなにもしていないもの」 


 可馨は引き留めようとする蘭玲に対し、微笑んだ。


 その微笑みの効果は高く、蘭玲は頬を真っ赤に染めて頷いた。


「ありがとうございます。楊充媛様」


 宦官は深々と頭を下げた。


 ……元罪人ではないわね。


 礼儀作法をしっかりしている。


 そうなると、先代皇帝の際に行われたという後宮を調査する為だけに用意されたという宦官だろうか。それは文官武官関係なく、優秀な人材を後宮に出入りできるようにするためだけに行われたという先代皇帝の異業の一つだ。


 中年のように見える宦官はゆっくりと顔をあげる。


 それから、視線を可馨に向けた。


 疑いの目はない。ただ、義務として確かめるだのようだ。


 人の目を見ればある程度考えていることを察することができた。


「この壺に見覚えはあるでしょうか?」


 宦官は廊下に置いていた壺を手に取った。


 両手で抱える必要のある大きさの壺だ。無地の壺であり、封をされている。


「いいえ」


 可馨は素直に答えた。


 本当に見覚えがなかったのだ。


 充媛宮には壺がいくつも置いてあるものの、すべて、皇帝から贈られてきたものであり、様々な色合いの壺ばかりだ。


「初めて見ましたわ」


 可馨の言葉に宦官は頷いた。


「中身をご存知でしょうか?」


「いいえ。空ではないの?」


「中身は蛇です」


 宦官の答えに可馨は怯えた表情を向ける。


 ……蟲毒の壺だったのね!


 なんていうものを部屋に持ち込もうとしたのだ。


 蟲毒は呪術を使った者を喰らう。喰らう相手がいなければ、近しい者を無差別に襲う。


「捨ててちょうだい。蛇なんて恐ろしいもの」


「ご安心をください。手順に沿って丁重に葬ります」


「そう。それなら、よかったわ」


 可馨は安心したようだ。


 ……呪術だと知っているようね。


 危険な相手だ。普通の宦官ではない。


 可馨は穏やかな笑みを浮かべて見せた。部屋を捜索させる意味を理解していないような表情だ。それには宦官も驚いていた。


「楊充媛様は疑われています」


「疑われているの? どうしてかしら」


「郭 春燕の主人だったからです」


 宦官は隠すことなく答えた。


 ……本人に疑っていると言わない方が良いと思うけど。


 本心ではないのだろう。


 壺のことを知らなかった時点で疑いは晴れたはずだ。実際、部屋を捜索しようとしていた宦官を制止させている。


 ……賢いのね。


 宦官にするのにはもったいない人材だ。


 先代皇帝の目を疑ってしまう。


「……春燕はいい子だったのよ」


 可馨は俯いた。


 思い出すのも辛いと言いたげな表情を作る。


「公子ともよく遊んでくれたわ。仕事もできる子だったのよ。私、近いうちに陛下にお願いをして下女から女官にしてもらおうと思っていましたのに……」


 可馨は涙を流す。


 それは春燕を思い出し、泣いているわけではない。


 演技だ。泣く真似は得意だった。


「郭 春燕の怪しい行動に心当たりはありませんか?」


「いいえ。なにもないわ」


「そうですか。わかりました。事情聴取は以上となります。楊充媛様、ご協力ありがとうございました」


 宦官は頭を深く下げた。


「疑いは晴れたのかしら?」


 可馨は涙を流しながら、問いかける。


 それに対し、蘭玲は宦官を睨みつけていた。


「はい。疑いは晴れました。陛下にもそのように報告させていただきます」


 宦官は頭を下げたまま、答える。


「そう。それなら、よかったわ」


 可馨の言葉を待っていたかのように、そのままの姿勢で廊下に出て行った。


 ……安心したわ。


 疑いは晴れたようだ。


 死んだ下女の主人というだけで疑われていたのだろう。


 ……あの宦官、ほしいわね。


 年齢は親くらいだろうか。


 中年のわりには若く見えた。仕事もしっかりこなし、周囲からも一目置かれている存在のようだった。


 ……陛下に頼んでみましょうかしら。


 無理だろう。


 わがままの言わない大人しい女性の演技が崩れてしまう。


 ……いいえ、無理ね。残念だわ。諦めるしかないなんて。


 我が子の護衛にしたかった。


 しかし、わがままを言って寵愛を他の妃賓に移るのは嫌だった、寵愛を独占していなければ可馨に価値はない。



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