06-3.勘の良い貴妃に追い詰められる
「青貴妃、こちらの護符は子涵公子に差し上げてもよろしいでしょうか?」
「かまわないわ。でも、それではあなたの身は守れないわよ」
「私よりも公子を守るべきですから」
可馨の言葉に妃紗麻は納得をしたようだ。
信頼を得られたわけではないだろう。しかし、子を持つ親としてなにが正しいのか理解をしていると判断されたようだ。
「護符の効力は一度きりよ。なにかが起きればすぐに起動するわ」
妃紗麻はそれだけ言い、視線を蘭玲に戻す。
……蘭玲を知っているのだろう。
元々青家に仕える予定だったのだ。
それならば知人でもおかしくはない。
「蘭玲」
「なんでしょうか、貴妃様」
「あなたの企みに楊充媛を巻き込まないでちょうだい」
妃紗麻は蘭玲の企みを知っている。
……危険ね。
これ以上の接触は危険だ。
「なんのことでしょう」
蘭玲は白を切る。
それに対し、妃紗麻は苛立ちを隠せなかった。
「楊充媛では皇后は務まらないわ」
妃紗麻は言い切った。
皇后は皇帝を支え、後宮を牛耳る存在だ。気弱な女性には向いていない。
「あなたが裏で操るつもりでしょうけど、そうはさせないわ」
妃紗麻の言葉に可馨は納得した。
……なるほど。
裏があるとは思っていた。
自主的に第一公子を殺め、第二公子を殺めるために犯人を仕立て上げた。すべて蘭玲が主導で行っていることだった。
……私を傀儡の皇后にするつもりだったのね。
お人よしの可馨ならば、ちょうどいい傀儡になるだろう。
しかし、皇后の座を手に入れてしまえば演技をする必要はなくなる。可馨の狙いは皇后ではなく皇太后だ。皇帝の機嫌を伺うことなく、自分らしく政治に口を出せる立場がほしかった。
そこまで考えているとは蘭玲も思っていないだろう。
「青貴妃様になにができるというのでしょうか」
蘭玲は引かない。
愛おしそうに雹華を抱きしめながら、問いかける。
蘭玲は雹華を溺愛していた。女官長を務める蘭玲は雹華の部屋付きの女官に選ばれることはなかったものの、こうして、散歩の度に独占をしていた。
まるで自分の子どものように接していた。
それは雹華が可馨の見た目を引き継いでいたからだろう。
「寵愛を受けていらっしゃるのは楊充媛様です。お子のいらっしゃらない青貴妃ではないのです」
「蘭玲! 言葉を慎みなさい!」
「これは失礼いたしました。黄女官長殿」
蘭玲の言葉に抗議の声をあげた貴妃の女官長に対し、敬意を払う真似をする。
思ってもいない言葉を口にしただけだ。
それが妃紗麻の自尊心を傷つけると知っていて、わざと、口にしたのだ。
「蘭玲」
可馨は蘭玲の名を呼ぶ。
すると、蘭玲の態度が一変した。いつもの忠実な女官長の顔に戻った。
「青貴妃を刺激するべきではないわ」
可馨は妃賓に敬称を付けない。
寵妃である可馨には上下関係など関係ないのだ。
「……せいぜい、気をつけることね」
妃紗麻は呆れたように言った。
「蘭玲は欲深い人間よ。あなたのようなお人よしでは利用されるだけだわ」
「ご忠告、感謝いたします」
「嫌味もわからない人間の相手は疲れたわ。戻るわよ」
妃紗麻は背を向けた。
それに伴うように貴妃宮の女官や下女たちも背を向けていく。
……助かったわ。
妃紗麻に目を付けられたことには変わりはない。
近々、充媛宮の捜査が行われるだろう。皇帝とはいえ、四大世家の一角の出身である貴妃の言葉を無視し続けるわけにはいかないのだ。
……先に手を打ってしまいましょう。
蘭玲が方法を考えるだろう。
その方法を聞き、指示を出せばいいだけだ。
蘭玲が可馨を裏切ることはない。裏切るようであれば、手を切ってしまえばいいだけの話である。
* * *
散歩を終え、充媛宮に戻った可馨は椅子に座っていた。
父親から届いたくだらない内容の手紙に目を通す。あいかわらず、良い父親を演じている手紙には吐き気がした。
……楊宰相ね。
複数人いる宰相の中でも、もっとも、重要な位置に立つことができたと書かれていた。
……少しは感謝しなさいよ。
すべては可馨が寵愛を受け続けているおかげだ。そのことを忘れ、自分の手柄のように書かれている手紙に不満を抱いた。
……あの両親を尊敬するなんてできないわ。
李帝国では両親を尊重する文化が根付いている。
しかし、可馨は違った。利己的な両親を尊敬できなかった。
「楊充媛様」
蘭玲は小さな声で声をかける。
それに可馨は視線を向けない。
「すべてを私にお任せくださいませ」
蘭玲には策があるのだろう。
その言葉に対し、可馨は承諾の意味を込めて小さく頷く。見た目は手紙の内容に頷いているように見えるだろう。
可馨は返事をしない。
しかし、蘭玲はそれでよかった。
すべてを任せられていると確信を得たのだろう。
「少し、席を外します。代わりの護衛を置いておきますので、ご用事のある際はそちらの者お使いください」
「わかったわ」
「では、失礼をいたします」
蘭玲は頭を下げて立ち去っていく。
代わりに入ってきた女官に見覚えはあった。散歩の際、常に後ろをついてくる女官だ。
必要以上に声をかけて来ないことに対し、安心感を抱きつつ、可馨は筆を手にする。気が向かないものの、父親からの手紙に変身をしなければならない。表面上は仲の良い親子で通っているのだ。
……蘭玲が解決してくれると信じよう。
失敗をすれば、すべての咎は春燕に向けられるだけだ。
それにより、可馨は子涵のお気に入りの下女を失うだけであり、それ以外の損失はない。




