04.皇帝の寵愛を盾にする
* * *
可馨は蘭玲と春燕のやり取りの詳細を知らなかった。
しかし、春燕が解決をしてくれるとだけ蘭玲に告げられた。なにも心配することはないと言われたものの、安心はできない。
「可馨」
梓豪は愛おしそうに名を呼ぶ。
5年が経過しても、その愛は冷めることを知らなかった。
「昭儀は冷宮送りにした」
「冷宮ですか」
「そうだ。先代が妃賓たちを罰するべき場所として作った宮だ。まさか、私の代で使われることになるとは思わなかったが」
梓豪は苦笑した。
……冷宮送り。
寵愛する可馨が危害を与えられたというのにもかかわらず、罰は甘いものだった。妃賓は冷遇されることを恐れ、そのもっともたる象徴が冷宮だ。しかし、冷宮にいたとしても後宮内を歩くことは許され、衣食住も保障される。
妃賓の自尊心を傷つけるだけの罰だ。
それが朱亞の心を傷つけるとは思えなかった。
……あの女を警戒しなければ。
朱亞は正気を失っている。
それを梓豪は理解していない。
「私は恐ろしゅうございます」
可馨は涙を流した。
怖くてしかたがないのだと訴えるかのようだった。
「あの人は私が第一公子を殺したのだと言うのです。そのような恐ろしいことを考えたこともないというのに……」
「知っている。報告を聞いた。可馨がそのようなことをしないことは、私が誰よりも知っている」
「陛下……。陛下が信じてくれているだけで、私は、救われます」
可馨は涙を指で拭った。
その仕草さえも幼く見える。
……殺してはいないわ。
死に追いやったのは事実だ。
今も第二公子を死に追いやるために下女が動いている。それを知っていながらも、無実を訴え続けるのだ。
「そなたを疑うことはない」
梓豪は言い切った。
……愚かな人。
疑うべきだった。
第一公子の死因をしっかりと調べさせ、母親である朱亞の言葉を信じるべきだった。そうすれば、梓豪はこれ以上子どもを失わなくて済んだのだ。
それを知っていながら、可馨は涙を浮かべる。
拭っても拭っても、涙が零れ落ちる。
その姿は妖艶なものだった。
……愛おしい人。
可馨は梓豪を愛していた。
誰よりも強い愛を抱いていた。
……死んでもらわないといけないのが惜しいわ。
第二公子の次の狙いは皇帝だ。
皇帝である梓豪が死ななくては、子涵が皇帝になることはできない。子涵の母親である可馨の目標は皇太后になる国を支配することだ。
楊家の一族により支配されるのは目に見えている。
それを止める者はいない。
可馨の手は血に染まっていない。
罪を一つも犯していない。
「安心せよ。必ず、そなたを守ってみせる」
梓豪はその命が狙われていることも知らず、愛に生きる。
寵愛する可馨のためならば、なんでもするだろう。
愛に盲目となった梓豪は操りやすかった。
「……陛下」
可馨は年相応ではない甘えるような声を出した。
その声を聞き、梓豪は鼻の下を伸ばす。露骨なまでに恋心を表に出す。
「王昭儀の処分を早めてくださいませ」
「冷宮送りでは不満か」
「怖いのです。今度こそ、第三公子や第一公主に手をあげられるのではないかと思うと、散歩にも行けません」
可馨の言葉を聞き、梓豪は悩んだ。
寵妃の願いはすべて聞いてあげたかった。しかし、我が子を亡くしたばかりの朱亞を王家に戻すのには抵抗があった。後宮から送り戻された王家での待遇は酷いものだろう。そう考えると一歩を踏み出す勇気がなかった。
かつては愛した女性である。不遇な運命を辿ってほしくはなかった。
「陛下」
可馨は梓豪の頬に手を伸ばす。
そして、優しく触れる。
「私の願いを聞いてくださいませ」
可馨は大人しい女性を演じてきた。
わがままを一つも言うこともなく、すべて梓豪の言葉の通りに従ってきた。その愛おしい女性の初めてのわがままだ。
それを叶えたくなるのが男というものである。
それを知っているからこそ、可馨はお願いを口にしたのだ。
「……わかった」
梓豪は受け入れた。
可馨の願いは可愛らしいものではない。一人の女性の運命を大きく変えてしまうものだ。それを理解していないかのように振る舞う可馨が愛おしくてしかたがなかった。
他の妃賓ではありえない行動だ。
他の妃賓は知恵が回り、自分の利益のためだけに動く。
しかし、可馨は違う。我が子を傷つけられる可能性を考え、それを恐れているからこその行動だった。
梓豪はそう考えたのだろう。
「早急にとりかかろう」
「ありがとうございます。陛下」
「いや……。先送りにするべき問題ではないからな」
梓豪は可馨の髪に触れる。
そして、愛おしそうに口付けをした。
「私の寵妃は可馨だけだ」
梓豪は宣言をした。
……その言葉がほしかったのよ。
梓豪は嘘をつかない。
嘘をつくと顔に出てしまう。素直な人だった。皇帝に向いていない人だった。
「それを盾にしなさい。寵妃は自分だけなのだと自信を持つといい」
梓豪は可馨を守るためならば、自分が利用されてもよかった。
今までの寵妃たちは進んで寵愛を受けているのは自分だと言いまわっていた。しかし、可馨だけはそれをしなかった。それがよけいにそそられた。
「はい、陛下。陛下のお優しい言葉に甘えさせていただきますわ」
可馨は優しく微笑んだ。
こうして可馨は皇帝という後ろ盾を得た。あとは好きなように振る舞っても問題はないだろう。




