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後宮の元妓女は寵愛を受ける  作者: 佐倉海斗
第三話 手段は選ばない

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02-3.過保護な母親

「お前のせいで! 音繰は死んだのよ!」


 朱亞は泣きながら叫ぶ。


 ……この人は本当に我が子を愛していたのだろう。


 客観的にそう考えてしまう。


 子涵や雹華のことは愛しているが、模範的な母親をできている自信はない。献身的な母親も勉強熱心な母親も、可馨にはいなかった。


 可馨の母親は男児ばかりをかわいがった。楊家の主人である朱家に仕えることができるのは男児のみだ。それも、今回は出来が悪いという理由で断られてしまっている。


 楊家から皇后を出せば、名声があがることだろう。


 それを期待している母親は可馨に他人を騙して生きていくことを強要した。


「音繰公子の死因はわかっておりません。ですが、楊充媛様は無実だと証明されています」


「わかっているわ! 音繰から聞いたもの!」


「死者は言葉を発しません」


 宦官は淡々と対応をする。


 その対応に苛立ちを覚えたのか、朱亞の怒りの矛先は宦官に向けられる。


「今のうちに非難しましょう」


「え、ええ。でも、彼は大丈夫かしら」


「今は楊充媛様と公子様、公主様の安全が大事です」


 蘭玲の言葉に従う。


 蘭玲が朱亞の腕を離すと、すぐに朱亞は宦官に向かっていった。そして、勢いをつけて殴りかかる。誰も止める者はいなかった。


 ……宦官だからといって、あんまりよ。


 宦官は罪人や金目当てになる市民が多い。


 男性の大事な個所を切り取り、その痛みに耐えた者が宦官になるのだ。


 ……元罪人とは限らないじゃない。


 可馨は宦官に同情した。


 誰も止めないことをいいことに、朱亞は宦官に蹴る殴るの暴行を加える。


「……行きましょう」


 可馨はどうすることもできなかった。


 振り返り、元の道を歩いていく。


 その間も朱亞の悲鳴のような暴言は響き渡っていた。


 ……冷宮行きは確実でしょうね。


 後宮の中でも、罰を受ける妃賓だけが送られる冷宮という場所がある。そこに連れて行かれるのは宮を与えられた妃賓にとって、厳しい罰ということになる。



* * *



「音繰兄上はなぜ死んだのですか」


 子涵は問いかけた。


 赤子用の寝具で眠ろうとしている雹華が相手をしてくれないことを、退屈に思いながら、なにげなく口にしてしまった。


「わかりません」


 可馨は答えた。


 原因不明の死ということになっている。小麦を食べたことにより、発作が起きて死んでしまったというのは皇族にふさわしくない死に方だ。


 だからこそ、原因不明となった。


 それを信じているかのように演じる。


 我が子にも本性を見せられなかった。


「突然、亡くなったと聞いています」


「あんなに元気だったのに?」


「はい。元気でしたが、突然、息を引き取ったそうです」


 可馨は繰り返す。


 それに子涵は納得をしていないようだった。


「どうして、あの人は母上を悪く言うのですか?」


 子涵の言葉を聞き、可馨は子涵を抱きしめた。


 ……この子は優しい。


 母親が傷つけられたことに静かな怒りを抱いている。


 ……この子が皇帝になれば。


 簡単な傀儡人形になるだろう。


 皇太后として政治に関わることもできるはずだ。楊家による政治ができあがる。


 それを想像し、笑顔を浮かべた。


「母上の優しい子」


 可馨は甘い声を出す。


 誰もが魅了されてしまうような声だった。


「あの人は心を壊してしまったかわいそうな人なのよ。だから、関わりを持たないでちょうだい」


「はい、母上。そうします」


「わかってくれて嬉しいわ。子涵は賢いのね」


 可馨は優しく抱きしめ、背中を摩る。


 すると、子涵は怖かったのか、涙を流した。


 その涙は偽りではない。可馨とは違うのだ。その素直な感性に可馨は感心すら抱いた。可馨にはないものだった。


 ……優しい子。


 子涵は優しい子に育った。


 可馨に思いっきり甘え、勉学に励み、皇帝の背中を見て育ってきた。理想的な後宮の子どもの育ち方だろう。


 ……この子を皇帝にしなければ。


 だからこそ、可馨は心の中で誓う。


「子涵」


 可馨は優しい声を出す。


 5年間も演技を続けていれば自然と優しい声が出せるようになった。本来の気性の荒さは誰にも見せていない。


 本来の姿を覚えているのは楊家の人間だけだ。


 それが無性に空しく感じた。


 本来の姿では愛されないとわかっていた。


「あなたは、母の愛おしい子です」


「はい、母上」


「必ず、長生きをしなさい。そうすれば、必ず、皇帝になれますから」


 可馨は何度言い聞かせてきたかわからない言葉を口にする。


 子涵はその言葉を疑わない。


 長生きをすれば皇帝の座に座れるものだと勘違いしている。


「はい。母上。母上がそれを望むのならば」


 子涵は5歳とは思えないほどにはっきりと言葉を口にした。


 5歳らしくない。わがままはほとんど言わず、手のかからない子どもだった。


「子涵はいい子ね」


 可馨は優しく抱きしめ続ける。


 子ども体温の温もりは可馨の凍り付いた心を解かすかのようだった。


 ……温かい。


 生きている温もりだ。


 それがなによりも心地よい。


 ……私は王昭儀からこの温もりを奪ってしまった。


 可馨が悪いわけではない。


 偶然、饅頭を与えてしまっただけだ。罪の証拠はどこにもない。


 しかし、朱亞の言葉が頭から離れなかった。


 ……私が殺したわけではない。


 饅頭を与えただけだ。それが死に繋がると知っていた。


 ただそれだけのことなのだ。


 それなのに罪悪感で胸が苦しかった。

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