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後宮の元妓女は寵愛を受ける  作者: 佐倉海斗
第三話 手段は選ばない

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02-2.過保護な母親

「臆病者だという話は本当のようね」


 朱亞は笑った。


 それから両手を伸ばした。その手を可馨に弾かれる。


 それを気にもしていないようだった。


「子涵公子は私が育てるわ」


「お断り申し上げます。公子の母親は私です」


「ええ、そうね。でも、しかたがないのよ。私には音繰が必要なのよ」


 朱亞の言葉に対し、可馨は眉間にしわを寄せる。理解ができなかった。


 ……人身御供にでもするつもりかしら。


 音繰の魂を子涵に入れるつもりだろうか。


 それは現実味を帯びていないことだった。


 ……李音繰が必死に止めているのに気づいていない?


 声が届かないのだろうか。


 母上、母上と懸命に呼ぶ声が可馨には聞こえている。しかし、視えていないふりをしなければならなかった。悪霊と化してはいないものの、この世に留まり続ければ時間の問題だろう。


 死んだ者と関わりを持ちたくはなかった。


「失礼を承知で言わせていただきますが、音繰公子は亡くなりました」


 可馨の言葉に朱亞の目が見開いた。


 そして、容赦なく可馨の頬を殴った。今度は止められなかった。


 殴られた可馨はわざとふらつくものの、子どもを守るようにその場に留まった。痛みを我慢するように涙を堪えている演技をする。


 殴り返したりはしない。


 妃賓同士の争いごとはご法度だ。


 偶然、目にした女官は大慌てで宦官を呼びに行った。朱亞がなんらかの罰を与えられるまでの時間を稼げばいいだけだった。


「亡くなられた方は戻ってはきません。目を覚ましてくださいませ」


 可馨はお人よしを発揮させる。


 殴られたことを責めることもせず、朱亞のためを思っているような言葉を口にする。それが朱亞を逆上させるということを理解した上での言動だった。


「お前のせいで!!」


 朱亞は再び拳を振り上げた。


 今度は可馨は目を閉じた。しかし、痛みは来ない。


 恐る恐る目を開けると、蘭玲が可馨の前に立ち、朱亞の腕を取り押さえていた。抱っこをしていた雹華を下女の春燕に預けたのだろう。


「楊充媛様への嫌疑は晴れております」


「女官の分際で!」


「主人を守るのが女官の務めです。それに、妃賓同士の争いは罰を与えられますよ」


 蘭玲は屈しない。


 朱亞は拳を下ろそうとしたが、蘭玲は手を離さなかった。


「離しなさいよ!」


「再び主人に危害を加える可能性がある以上は離すことができません」


「しないわよ!」


 朱亞の言葉を信用したのか。


 それとも、これ以上、妃賓に逆らうのは危険だと判断をしたのか。蘭玲は手を離した。


 ……蘭玲に助けられたわ。


 可馨は殴られるつもりだった。


 ……でも、計画は狂ったわね。


 計画では寵妃である可馨を傷つけた罪により、朱亞を後宮から追放するつもりだった。そのために煽ったのだが、まさか、主人を傷つけられたことに激怒をした蘭玲が前に出てくるとは思ってもいなかった。想定外だった。


 ……それにしても、蘭玲の忠誠心は本物のようね。


 想定外ではあったものの、その忠誠心を試すことができた。


 蘭玲は本気で可馨を皇太后にするつもりなのだろう。そのためならば、なんだってするはずだ。


「飼い犬の躾をしっかりしておきなさいよ!」


「飼い犬とはどういう意味でしょうか」


「その女官よ! そいつも音繰を殺したのに違いないわ!」


 朱亞の言葉に対し、可馨は困ったような表情を浮かべた。


 話が通じないと言いたげな顔だ。


「妃賓同士の喧騒は禁止されています!」


 宦官の声が響いた。


 男性にしては少し高い声だった。


 その声を聞き、可馨は安堵したような表情を見せる。被害者だということは宦官にも伝わっているだろう。


 宦官が見聞きしたものはすべて皇帝に伝わる。


 そのためだけに後宮に宦官が配置されているのだ。


「王昭儀様、楊充媛様。今回のことは陛下に報告をさせていただきます。楊充媛様がけがを負われたこともすべて報告いたします」


 宦官は淡々と告げた。


 それに対し、朱亞は信じられないと言わんばかりの顔をした。


「楊充媛のけがは事故よ!」


「暴力を振るわれたことは女官が証言してくれることでしょう」


「昭儀宮の女官は証言しないわ!」


 朱亞は暴力を否定した。


 しかし、証人は昭儀宮の女官だけではない。充媛宮の女官や下女も証人となる。どちらを信用するのか、目に見えていた。梓豪は寵妃である可馨の味方だ。


 煩わしく思っている朱亞の主張を認めないだろう。


 ……暴力だけでは後宮から追い出すのには不十分だわ。


 計画が狂ってしまった。


「宦官のくせに!」


 朱亞は宦官の頬を殴った。


 暴力で訴える癖があるのだろうか。それとも、日頃の睡眠不足により狂暴性が増しているのか。どちらにしても、妃賓の監視役を務めている宦官に暴力を振るったのは事実だ。


 宦官に暴力を振るってもなにも罪に問われない。


 宦官は人扱いを受けない。


 それを知っているからこそ、可馨は同情するかのような視線を宦官に向けた。宦官にまで同情をする優しい女性と認識させるためだ。


 ……霊の傍にいるからだ。


 暴力性が現れたのは霊の影響を強く受けているからだ。


 音繰に暴力の意思はなくても影響はでる。


 そのことを知らないわけではないだろう。


 霊視の才があり、玄家に仕えている王家の出身ならば、知識があるはずだ。


「音繰公子がいればこんなことにはならなかったのに!」


 朱亞は取り乱した。


「私が皇后になるはずだったのに!」


 朱亞の本音だろう。


 本音をごまかす余裕すらもなかった。


「王昭儀様! 昭儀宮に戻りましょう!」


「そうです。早くお戻りになりましょう!」


「さあ、こちらです」


 昭儀宮の女官たちは大慌てで朱亞を説得する。


 しかし、興奮している朱亞は女官の言葉など聞きはしない。


「お前のせいで!!」


 朱亞は再び可馨に襲い掛かろうとした。


 それを蘭玲に止められる。


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