01.第二公子が皇太子に選ばれる
「……宋昭容の喜び方は異常だったわね」
第二公子、李劉帆が皇太子に選ばれた。
立太子の儀式が終わり、無事に皇太子となった劉帆の傍にいた小鈴は誇らしげだった。大人しくなにも企んでいないとは思えない。
李帝国よりも遥かに長い歴史を誇る小国の宋国は、李帝国の同盟国であり、仮想敵国だ。今は同盟を結んでいるものの、いつ、同盟が破られるのかわかったものではない。
宋国の第二公主を皇后にするわけにはいかない。
後宮ではそのような動きが活発になってきた。
それは可馨の望むところではなかった。警戒心の強い小鈴を刺激すれば、劉帆に近づくことが困難になる。そうなれば劉帆の暗殺は不可能だ。
「宋国の第二公主など信用ができません」
蘭玲は雹華の様子を確認しながら、返事をした。
幼い公主の相手は信用できる者でなければいけない。
可馨にとってもっとも頼りになる女官は蘭玲だ。
「陛下は宋昭容を疑っているわ」
「なんの疑いでしょうか?」
「第一公子暗殺の疑いよ」
可馨の言葉に蘭玲は驚いたように目を見開いた。
第一公子は暗殺ではない。事故だ。
それを知っているのは充媛宮の女官と下女だけだった。
「宋昭容は皇后になれないでしょう」
可馨はため息を零した。
……陛下の寵愛は私のもの。
寵愛を受けている妃賓が皇后になるのは珍しくはない。しかし、可馨の地位はあまりにも低すぎた。
……疑われることをした宋昭容に感謝をしなければ。
第一公子の暗殺を疑われている小鈴は寵愛を受けることはないだろう。
「楊充媛様こそが皇后にふさわしいお方です」
「寵妃というだけでは皇后になれないわ」
「それならば、皇太后になりましょう」
蘭玲の言葉に可馨は目を見開いた。
……この子。私の考えが読めるのかしら。
皇太后を夢見て来た。
そのためならば、子どもの暗殺も企てるくらいだ。
手段は選んでいられなかった。
選ぶ余裕はなかった。
それを知られているようで気味が悪かった。
「……あなたの言葉は時々恐ろしいわ」
可馨は怯えた演技をする。
……まるで心を覗かれているみたい。
そのような人がいないのは知っている。
心の声が聞こえるのは仙人や天女だけだ。天女に選ばれたのならば、後宮の女官などしていないはずである。
仙人や天女になれる資格を持ち合わせているのは、名門の家系だけだ。四大世家のように宝貝と呼ばれる秘宝を持つ家や、それに準じた家格の家系だけである。
胡家は違う。
蘭玲は優れた女官ではあるものの、名門の出身ではない。
楊家と同じように四大世家に仕える家の出身だ。
「青家では言動のせいで破門になりました」
蘭玲は過去を語る。
……青家。貴妃の家ね。
四夫人の一角である貴妃は代々青家から選ばれる。
……破門になるなんてよほどのことがなければないわ。
楊家も朱家から破門された。
それは楊家が落ちぶれたからだ。
朱家は自尊心が高い。落ちぶれた家門を抱えるほどの心の広さは持ち合わせていなかった。
「胡家は皇太后陛下にお仕えをしたいのです」
「そう。それなら、私を捨てて、宋昭容の元に仕えるの?」
「いいえ。楊充媛様を皇太后陛下にしてみせます」
蘭玲は真面目に言葉を口にしていた。
冗談ではない。
……饅頭の件も悪意があったのね。
偶然にしてはできすぎていると思っていた。
元々、音繰の暗殺を企んでいたのだろう。
……蘭玲は信用できるわ。
蘭玲は可馨と同じだ。
目的のためならば、手段を選ばない。
……私のために動いてくれる。
目的を口にして共有する必要はない。
「皇太后になる条件を知っていて、それを、口にしているの?」
可馨は怯えた口調で問いかける。
どのような時も演技は欠かせない。
恐ろしい提案をされたものだと怯えているように見えるだろう。
「理解しております」
蘭玲は即答した。
それから、雹華から視線を外し、可馨に対して最敬礼の姿勢をとった。
最敬礼は皇帝や皇后に対して行われるものだ。充媛の可馨に対してとるべき姿勢ではない。
それを可馨は知らなかったことにする。
無知を演じる。
蘭玲の行動を確認するためだった。
「第三公子殿下を皇太子にしましょう」
「……不可能よ」
「いいえ。してみませます。楊充媛様からの信頼を得ることができるのであれば、胡蘭玲、命を賭けてみせましょう」
蘭玲は冗談を口にしない。
本気だった。
……不可能よ。
音繰の時のようにはいかないのだ。
小鈴の警戒心は解かれないだろう。
「……わかりました」
可馨は諦めたかのように呟いた。
……最悪の場合、切り捨てればいいわ。
自分の手を汚さないのならば問題はない。
進んで行ってくれるというのならば、好都合だった。
「蘭玲の熱意を信じましょう。ですが、危険な真似はしないでちょうだい」
可馨も後宮の人間だ。
後宮中の誰もが皇后の座を狙っている。
それを大人しい可馨が狙っていてもおかしくはない話だった。
「私にとって、蘭玲は信頼できる女官なのですからね」
可馨は飴を与える。
厳しいことは言わない。ただ、信用していることだけを示せば、蘭玲は勝手に張り切って事件を引き起こすことだろう。それに期待をしていた。




