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後宮の元妓女は寵愛を受ける  作者: 佐倉海斗
第二話 五年後、元妓女は動き出す

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08.皇帝の寵妃は捕まらない

 梓豪の帰った後、自室に籠る可馨は考えごとをしていた。


 ……李 劉帆。


 可馨の野望を果たすためには、第二公子は邪魔だ。しかし、警戒心の強い小鈴の隙を見て殺害するのには危険が伴う。なにより、自身の手を汚すわけにはいかなかった。


 可馨は自分の手を汚したくはない。


 未来の皇太后になるためには潔白でなければならない。


 ……8歳の子どもが相手に、いい方法はないかしら。


 音繰は食に対する欲が強く、簡単に始末することができた。可馨を疑うのは朱亞だけだ。その朱亞もいずれは庶民に落とされ、後宮を立ち去ることになる。


 ……呪術を使えば、私の身が亡ぶ。


 楊家の人間は呪術に長けている。


 しかし、呪術を扱う危険性も理解をしていた。人を呪わば穴二つ、呪い返しにあえば、可馨が危険に晒される。それは我が子の命に係わるような大問題だ。


「困ったわね……」


 可馨はため息を零す。


 その視線の先には父親からの手紙があった。寵愛を受けていることにより、可馨の弟も文官として採用されたとのことだった。今では宰相たちの中でも楊家が力を持つようになった。それはすべて可馨が寵愛を受け続けているからである。


 それを自分の手柄のように語る手紙に苛立ちを覚える。


 ……父上はいつもそうだ。


 都合が悪くなれば切り捨てられるだろう。


 楊家の繁栄にしか興味のない両親は、可馨がなにを企んでいるかなど興味を示さない。兄弟たちもそうだった。女は政略結婚のための駒としか考えていない。


「お困りですか。楊充媛様」


「蘭玲」


「はい。私でよろしければ、お力になりましょう」


 蘭玲はにこやかに答えた。


 ……李 劉帆を暗殺してとは言えないわね。


 蘭玲は忠実な部下だ。しかし、気の弱いふりをし続けている可馨にとっては信用できない人物でもあった。饅頭を与えることを提案したことで信用はなくなった。


 ……なにを考えているのかしら。


 理解ができなかった。


 梓豪に与えられた女官だ。すべての情報を梓豪に渡していたとしてもおかしくはない。しかし、音繰の死の真相を知っていながらも黙っていた。


 それが不気味でしかたがなかった。


「父上の手紙の返事に困っていたの」


 可馨は当然のように相談をした。


 考えていた内容とは違う話だ。


 どちらにしても、困っていたのは本当だ。


「父上から陛下からの寵愛を受けるように言われたわ。でも、陛下のお気持ちを察することを私はできません。困りましたわ」


 可馨は困り果てたような顔をする。


 表情をころころと変えるのは得意技だった。


 本当に困っているように見えたのだろう。


「楊充媛様ほどに寵愛を受けていらっしゃる方はおられません」


「そうかしら」


「はい。後宮では楊充媛様を憎む者が大勢おられます。すべては陛下の寵愛を5年間も継続して受けられているいらっしゃるからです」


 蘭玲は答えた。


 その答えを聞き、可馨は怯えたような表情を作る。


 ……後宮の恨みを買う予定はなかったのに。


 嫉妬や妬みだろう。


 後宮に潜む陰謀に巻き込まれていないだけ良い方だ。


 ……恨みを買うのはもう充分よ。


 既に一人から恨まれている。


 その恨みは正しいものだ。子を失い、正気を失ったわけではない。


「私、憎まれているの……?」


 可馨は怯えた口調で問いかける。


 憎まれていて当然だ。後宮は女の園である。女ばかりが集められていれば、寵愛を巡って嫉妬や欲望が乱れる。その矛先には可馨がいた。


 ……美しさは罪ね。


 気の弱い女性ならば泣いて怖がるだろう。


 そう判断をした可馨は涙を流した。


 恨まれることなどしていないと訴えるかのようだった。


「ご安心ください、楊充媛様。充媛宮の女官や下女がお守りします」


 蘭玲は安心させるように真顔で話をする。


 表情一つ変わらない。


 饅頭を多めに持っていくことを提案し、新しい散歩道を提案した時と同じだ。


 ……なにを考えているの。


 恐ろしかった。


 他人に恐怖感を抱いたのは初めてだった。


「楊充媛様」


 蘭玲は囁く。


 それは恋をしている乙女のような声だった。


 ……わかったわ。


 違和感の正体に気づく。


 ……蘭玲は私に恋をしたのね。


 同性間の恋は李帝国では認められていない。しかし、後宮のような特殊な環境にあれば同性間の恋も実ることがある。


 同性しかいない環境に置かれるのだ。


 宦官に恋をする者もいれば、同性に恋焦がれる者もいる。


 蘭玲もその一人だった。


「私を傍においてください。必ず、役に立ちます」


「あなたはいつも傍にいてくれるわ。助かっているのよ」


「ありがとうございます。私は楊充媛様を皇后陛下にするためならば、なんでもいたします」


 蘭玲の言葉を聞き、可馨は首を傾げた。


 ……私の計画を知っているのかしら。


 口に出したことはない。


 皇太后の座を狙っていることを知っているのは、可馨だけだ。


「皇后陛下に?」


 可馨は試すように聞き返す。


 皇后は不在のままだ。


 四夫人は皇后に選ばれない。初代皇帝が愛したという麒麟の制約により、四夫人は四大世家から必ず選ばれるようになっている。


 皇帝は麒麟が李帝国に与えた守護結界を維持しなければならない。


 そのためには、麒麟の加護が必要だ。


「充媛の私には無理な話ですわ」


 可馨は笑った。


 無謀な夢を見ているのだと笑う。


 妃賓の中でも一番下の充媛では叶うはずのない夢だ。


 ……皇后にはなれない。


 皇帝の寵愛を受けていても無理だろう。


 それはわかっていた。


 だからこそ、皇帝亡き後に皇太后の座に座ろうとしているのだ。


 それならば、叶う望みがある。第三公子である我が子が皇帝に選ばれてしまえば、皇太后の座は手に入る。


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