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後宮の元妓女は寵愛を受ける  作者: 佐倉海斗
第一話 妓女
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01.梅花という妓女

 芸能を生業とし、時には色を売る妓女の中に飛び抜けて人気の者がいた。梅花(バイカ)と呼ばれる妓女は舞を披露し、人々を魅了する。


 梅花は色を売らない妓女だった。


 芸事だけで人気者となり、その身に触れようとする客を冷たくあしらう姿がまた人気を呼んだ。


「梅花」


「なんだい」


「太客だよ。あんたを指名だ」


 杖をつきながら歩く老婆に声をかけられ、梅花は首を傾げる。


 客ならば目の前に山のようにいる。その中でも別室に通されるほどの大金を詰んだ客がいるのだろう。


「私は色を売らないよ」


 梅花は答えた。


 色を売る――、つまりは体を売って客の相手をするということだ。そのような真似をする妓女は山のようにいる。その中でも梅花は潔癖症のように色を売ることだけは拒んできた。


「かまやしないよ」


 老婆は答えた。


 妓楼を取り仕切る老婆はにたりと笑う。


「早くお行き。あんまり待たせるものじゃない」


「珍しいことを言うものだね」


「それほどの太客ということだ。さっさと行きな」


 老婆は杖の先で梅花を突く。


 梅花は老婆の言葉に頷き、太客が待っているだろう客室に足を運んだ。



* * *



(ヤン) 可馨(クェ゛アシン)


 名を呼ばれた。


 梅花と名乗り、三年が経った。それ以前の名は妓楼に売られた際に捨てた。


 捨てた名を知っているのは身内しかいない。


 客室で梅花――、楊 可馨を待っていたのは実父だった。


「……父上」


 可馨は用意されていた椅子に座り、目の前で足を組んでいる実父と対面する。金をせびりにきたわけではないだろう。大金を出してこの場にいるのだ。


「楊 憂炎(ユーエン)が武官に選ばれた」


「それはおめでとうございます」


「陛下付きの武官だ。実に優秀な息子だろう」


 父親は憂炎の自慢をしにきたわけではないだろう。


 憂炎は可馨の三歳上の兄だ。幼い頃から武芸に長けており、武官に抜擢されたのだろう。父親もそれに伴い、出世をしたのに違いない。


 ……なにが言いたいのか。


 可馨は父親の言葉を待つ。

 可馨の欲深い性格は父親譲りだ。妓女として高みに立つことでしか、売られた屈辱を晴らす方法はなかった。


「後宮妃になれ」


 父親は権力に目が眩んだのだろう。


 後宮の妃賓にするために、わざわざ、人目を盗んで妓楼に足を運んだのだ。


「……私は妓女です。皇帝の妃になる身分ではありません」


 可馨は首を左右に振った。


 ……皇帝の妃か。


 欲が出てしまう。


 皇帝の妃に選ばれれば、今とは比べ物にならないほどの贅沢な日々が待っているだろう。なにより、皇帝の子を産めば、皇太后になるという夢も叶うかもしれない。夢のまた夢であった誰よりも高い地位を手にする機会が目の前に転がり込んできた。


 ……妓女でなければ。


 身元を引き受けてくれさえすれば、夢は叶う可能性が出てくる。


 しかし、それを簡単には口にしない。父親にすらも欲がばれることを恐れたのだ。


「それは心配いらない」


 父親は笑った。


 なにを心配しているのだとバカにするような笑い声が客室に響く。


「梅花はおしまいだ。お前は楊 可馨なのだから」


 父親はそういうと立ち上がった。


「話はつけてある。さっさと妓楼から立ち去ろう」


 父親は老婆と話を進めていたのだろう。


 妓女、梅花の身元を引き取ったのだ。


 ……なんて都合のいいこと。


 可馨は立ち上がる。


 楊家の財政難のために妓楼に売られて三年が経った。財政難は兄が武官に選ばれたことにより立ち直り、今度は女が必要になったから引き取りに来たのだろう。


 ……従うしかないか。


 可馨は父親の後ろを歩く。


 妓女として培ってきた三年間を捨てるわけではない。妓女として培ってきた技術を用いて皇帝の寵愛を得るのだ。そのためには大事に守り抜いてきたものを捨てなければならない。


 皇帝の子を産むためだ。


 それほどに光栄なことはない。


「父上」


 可馨は先を歩く父親に声をかけた。


 それに対し、父親は反応しない。


「憂炎兄上のように役に立ってみせます」


 可馨の言葉は父親の耳に届いたのだろうか。


 なにも反応を示さない父親に対し、可馨は口を閉ざした。


 妓楼は賑やかだ。舞を披露する妓女が一人、いなくなったところで妓楼の賑わいが掻き消えるわけではない。誰かが梅花の不在に気づくのはまだまだ先の話だろう。


 梅花は妓女だ。


 妓女は突然姿を消すものである。その多くは病のために命を落とす者ばかりではあったが、梅花のように迎えが来る者も少なくはない。


 ……地位は高くはないだろう。


 楊家は名門ではない。


 四大世家のように代々四夫人として召し抱えられることが決まっている家系ではなく、朱家に仕えることが許された家系だ。とはいえ、朱家の中では楊家の印象は薄く、召使のような使用人にすぎない。


 それでも、可馨は夢を抱く。


 四夫人は皇后にはなれない。


 李帝国の基盤である麒麟の加護を得られるのは皇帝の一族だけであり、四大世家は麒麟の加護を得ることができない。可馨はその理由を知らなかったものの、これは絶好の機会だった。


 ……皇太后に上り詰めれば、私の勝ちだ。


 将来、産む子を皇帝にすればいい。


 それを背後から支える皇帝の母、皇太后の座を手に入れれば、李帝国でもっとも地位の高い女性になることができる。


 この日、梅花という妓女はいなくなった。


 代わりに家にこもりがちで姿を見せなかったという楊家の三女が、三年ぶりに表舞台に立つことになった。



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