4 ボランティア活動(表と裏)
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「こうして、軽薄で小汚い三十路前のハルは、世界を飛び越え、被害妄想を拗らせたボッチな甘ちゃんである十六歳の邑山晴桂に戻って来ましたとさ。で、俺は異世界へ帰るためにボランティア活動に勤しんでるというわけ」
邑山晴桂の自分語りの終わり。一先ずの終幕。俺たちの戦いは続くというところ。
「ふーん……全然分からないけど、とりあえずは分かったということにしておく」
ブランコに座ったままの沙原は一先ず受け入れる。荒唐無稽なフィクション的な設定の数々を。なにしろ、自分自身がそうなのだから。
「それでさ、一つ聞いていい?」
「ん? 別に一つと言わず、聞きたいことがあるなら聞いてくれればいいけど?」
「じゃあ遠慮なく聞くけど、邑山君は本当に異世界へ帰れると思ってる? その……手応えとかはあるの?」
〝いくら特殊なボランティアをしたからと言って……流石にソレはちょっとどうなんだろ?〟
沙原は言外にそう言っている。若干以上のコミュ障っぷりを発揮する邑山にも、この度は彼女の言いたいことが伝わった。
「はは。何度も何度も言ってるけどさ。俺の活動はただの自己満足だよ。なんなら暇つぶしと言ってもいい。そりゃ異世界に帰りたい気持ちはあるけど、実際にもう一度あの世界へ行けるとは思ってないよ。こんなボランティア活動をいくらこなしたところで、この世界の管理者連中が願いを叶えてくれるなんて期待してない。流石にね」
軽く笑い飛ばしながら、沙原の指摘を肯定する邑山。彼自身も異世界へ戻れるとは考えていない。この世界で邑山晴桂として生きるしかないと認識している。
「ひ、暇つぶしって……本当に本当のところで、やっぱり自己満足でしかないんだ?」
「そうだよ。一応、向こうの世界では〝力ある者は力なき者を援けよ〟っていうノブレス・オブリージュみたいな考えが民衆レベルで浸透してたっていうのもあるしね。経緯はどうであれ、せっかく魔法という不思議パワーを持ち越したんだし、どうせならこの力を理不尽に振り回される人たちのために使いたい……って感じ。ま、あくまで俺の自己満足の範疇でね。この世に蔓延る害ある怪異を、命を懸けてでも根絶したい! ……なんていう崇高な使命感まではないよ」
二人の間でも度々話題になっており、その都度に邑山は〝自己満足〟という言葉を発してたのだが、どうにも沙原は納得がいかなかった。なにか理由があるはずだと。
ただ、それは文化の違い。治安も民度も日本の足元にも及ばないファンタジーな異世界で暮らした彼は、戻って来た後も異世界の流儀に影響されていただけ。いや、あるいは逆か。異世界での日々を忘れないために、敢えて〝向こう〟の流儀を貫いているのかも知れない。
「うーん……個人的にはすっきり納得できないけど……一先ずはよしとする」
納得できなくとも、沙原は邑山の行動指針のようなものを知った。そして、それを理解しようとする姿勢を見せる。
「……沙原さんは凄いね。相手のことを分かろうとしてる。自分には理解できないことでも、まずは尊重しようとする姿勢がある。俺は……俺なんかは、家族をはじめとしたあらゆる縁から切り離され、年単位の月日を異世界で過ごしてようやく学んだっていうのにさ。そういうのを当たり前に実践できてるのは……凄いことだよ」
かつての〝邑山晴桂〟が気付けなかったこと。知ろうとしなかったこと。学べなかったこと。能動的に他者を分かろうとする姿勢。
「へ? そ、そう? で、でも……いくら凄いとか言われてもね。私だって、色んなことに気付けないまま……自分で終わらせちゃったわけだし……」
そう言いながら、沙原は視界が少し狭くなるのを感じる。薄い暗幕が掛かる。昏いナニかが僅か鎌首をもたげる。
沙原にも学べなかったこと、気付けなかったことは多い。失ってその大切さに気付いたこともある。だからこそ、彼女は邑山晴桂と共にいる。死を迎えた後に。怪異となる手前で留まりながら。
「……ごめん、余計な話だった」
彼女の様子を察し、〝発作〟を引き起こしかねない話だったと素直に謝罪する邑山。
「……ううん。いいよ。邑山君は純粋に私のことを褒めてくれただけでしょ? そ、そんなことよりさ。私、今回の件で邑山君のちょっとした性質というか、〝沙原友希〟に興味を持たなかった理由が分かったよ」
軽い口調で〝発作〟を払う。沙原は無理矢理に笑う。前を向く。もうしばらくは留まると、自分の中にいるナニかに宣言しながら。
「え? 俺の性質? 沙原さんに興味を持たなかった理由?」
「そうそう。こう言うのもなんだけど……邑山君はさ、眷属というか使い魔である私を、その……ヤろうと思えば好き勝手にもデキるんでしょ? でも、当初から邑山君はそういう対象として私を見てない。その理由が分かった」
「はぁ?」
邑山に自覚はない。だが、沙原はずっと気になっていた。己惚れも含まれてはいるが、それでも彼女は、自分自身をある程度は客観的に知っている。
少なくとも、同年代の異性愛者にとって、沙原友希はそれなり以上に魅力的であると。
邑山の眷属になると決意した際、やけくそ気味に彼女はそういう覚悟もしていた。正真正銘、カラダで支払うというやつだ。
が、主となった邑山晴桂にはその素振りがない。時折視線を感じることはあったため、彼の方も決してそういうことに興味がないわけでもないのにだ。
「そりゃそうだよね。邑山君は異世界での暮らしで〝慣れてた〟んだよね? 私も容姿にはちょっと自信があったけど……あの超絶美人なリエルナさんは別格だし、街を歩いてる人たちも普通に美形揃いだったというか……」
単純に〝ハル〟として暮らしてた際の経験値。対価が生じる娼館でのやり取りでしかなかったが、彼は美男美女への耐性があったわけだ。
「あぁ、そういうことか。まぁ……確かに〝向こう〟は顔面とスタイルの偏差値がメチャクチャ高かったから、美人やイケメンに慣れてると言えば慣れてるかな? あと、そういう話をするんなら、もちろん沙原さんは美人でスタイルもいいけど……俺の認識的には〝一回り以上年下の未成年〟だしね。なんというか犯罪チックに感じちゃうんだよ。いや、まぁ……たとえ同年代の認識だったとしても、自由を奪ったり脅したりで無理矢理っていうのは普通に駄目でしょ? 沙原さんに魅力がないとか好みのタイプじゃないって話じゃなくて、人としての大事なナニかを引き換えにしてまで、性欲の赴くままにヤリたいとは思わないってだけだよ」
実年齢はともかく、邑山の年齢自認は異世界で過ごした十三年もカウントされている。今や合計で三十路だ。つまりは大人。なので、彼の回答は常識の範疇。普通の話だ。
「お、おぉぅ? えっと……お、思いの外に紳士的なお答えだった?」
だが、それは沙原が想定していたより〝まとも〟な回答だったりする。
「……そんな意外そうな顔されてもね。しかも疑問形だし。言い出したのはそっちでしょ?」
「あ、ごめんごめん。これまでというか、生前は普通に三十代や四十代の人からもアプリ経由のDMとかで頻繁にアプローチされてたから……年下の未成年だから対象外なんて言われるとは思ってなかったというか……」
「はあ? ……ったく、乱れてるなぁ。いい年こいた大人が女子高生相手に何やってんだか。あ、一応聞くけど、沙原さんって、あたシコ配信やパパ活とかしてたわけじゃないよね?」
「いやいや、それは流石に失礼じゃない? S N Sはやってたけど、自分からは顔出しとかしてないし。ま、友達経由で流されたことはあるけど……芸能人やインフルエンサーでもないのに、どうしてわざわざ自分を安売りしなきゃならないんだか。あと、パパ活とか普通にダサいし」
「お、健全でなによりだね」
「そうそう。見栄張って娼館に通うしか能のないヘタレさんよりはよほど健全だったと思うよ」
「……は、ははは。べ、別にクソガキに何を言われようと、ど、どうってことないね」
「あれ? ちょっと声震えてない?」
「しばくよ?」
「やっぱり怒ってるじゃん」
取りとめもない話は続く。
異世界帰りの魔導士と、その眷属(使い魔)となった幽霊な女子高生の怪異な日常も続く。
◆◆◆ ◆◆◆
築年数のかさんだ、とあるマンション。
そこは家族世帯が住める分譲マンションではあるものの、もう若い世代はほとんどいない。子育てを終えた……すらも通り過ぎ、介護を要する高齢世帯が多い。
朝夕の時間帯は、駐車場がデイサービスの送迎車で混み合うほどだ。
そんなマンションの一室に彼女は住んでいた。
七十をいくらか過ぎた年頃。
家族はいない。いなくなった。ある日、突然に。彼女は一人で暮らしていく羽目になった。
もはや悲しみはない。
辛い。悔しい。憎い。
彼女の中にあるのはそんなモノたち。
夜が来れば寝る。朝が来ればのそのそと起き出す。気怠い体を引きずりながらも、彼女は仏壇へと向かう。
灰色の日々も長いが、それでも、もういない家族たちへの挨拶は欠かさない。遺影の中で笑う、ずいぶんと歳が離れてしまった夫の顔を見やる。
家族の姿を目に映しても、もはや心に暖かな気持ちは湧いこない。とうの昔に擦り切れてしまった。
夫の横には孫ほどに歳の離れてしまった娘がいる。娘の夫も。娘に抱かれた正真正銘の孫の姿まである。
憎い。憎い。何故死ななければならなかった?
突然の不幸について、口さがない者はバチが当たったなどとほざく。百歩……いや、万歩譲って、大人は自覚なく何らかの罪を犯していたのかも知れない。
だが、孫はまだ二歳になったばかりだった。あの子が一体何をしたというのか。あの無垢な子供にどんな罪があるというのか。
あの柔らかく丸い手をした子には輝くような未来があったはずだ。
娘にも、義理の息子にも、夫と私にだって未来はあった。今とはまるで違う生活を送っていたはずだ。
そんな呪詛の祈りは続く。
いつまでも続くはずだった。
「……それでも、無関係の人を殺すのはやり過ぎだよ。間違いなく間違ってる。せめて憎い相手を殺った時点で終わるべきだった。ま、今さらどうしようもないけど」
仏壇を拝む彼女の後ろに立っている。
邑山晴桂が。
「……この憎しみを、この〝力〟をどう扱おうが、それは私の勝手でしょう?」
彼女はまるで動じない。いつの間にか、見知らぬ他人が背後に立っているという、あり得ない不自然をあるがままに受け入れている。
「まぁね。別にその理屈を否定はしない。だから、俺が貴女を殺すのも俺の勝手だ」
「……人を呪わば穴二つ。覚悟はできています。お好きにど」
言い終わる前に途切れた。女はそのままばたりと横に倒れる。まるで糸が切れた操り人形のように。
それだけ。終わり。既に女は事切れている。
彼女の人生は、その憎しみに満ち満ちた呪詛は完全に絶たれた。ごくごくあっさりと。当人が死して悪霊となる余地もない。
そこにあるのはただの死。ただの終わり。
そっと目を閉じ、邑山は仏壇に向けて静かに手を合わせる。
自らの行いを、身勝手を悔いたりはしないが、それでも、彼は彼女の家族には詫びる。真摯に。その命を奪ったことを。
『ずいぶんとお優しいことだね。こんな大量殺人犯をこうも安らかに始末するなんてさ』
静かに手を合わせながら彼は声を聞く。ただし、その声は空気の振動によって伝播する音に非ず。
それは〝神の使い〟からの御言葉。
「ふぅ。神使様はまたえらく物騒だな。痛めつけて生き地獄を味わわせろとでも? 今さらこの人がその程度で自らの行いを悔いるとでも? あと、法的に罪に問われることもないし、厳密にはこの人は大量殺人犯でもない」
目を開いた邑山の視界に黒猫の姿。これまたいつの間にか、仏壇の横にちょこんと座っていた。長い尻尾をゆったりと揺らす黒猫が。
『ふん。コイツが悔いるとかこの国の法の解釈なんてどうでもいいよ。コイツが人殺しなのはただの事実だ。ボクは巻き込まれた人たちの無念について言ってるんだよ』
神使ネロ。異世界の神々の使い。〝管理人〟が用いるデバイス。
その姿、その声は、資格ある者にしか認識できない。
「無念ねぇ……俺としては経緯がどうであれ、人に仇為す怪異となった奴らの無念なんて知ったっこっちゃないかな。あそこに集っていた奴らは被害者じゃなく、無関係な人を相手に害悪を撒き散らす加害者だよ。そもそも元の人格なんかは残っちゃいないだろうし」
邑山は怪異については結果によって判断する。害を及ぼせば断ずるという姿勢。シンプルな論理。
『怪異となるように仕向けたのはコイツじゃないか。亡者や関係者の念を故意に呼び寄せ引き留めた。その〝異能〟によって。そして、死ななくてもいい人たちを死なせた。あそこにいた怪異にしたって、元々は怪異となるべき存在なんかじゃなかった。それに、怪異とならなかった犠牲者だっていたはずだよ』
一方のネロ。語りは淡々としたものではあるが、その内容は処罰感情に溢れるもの。どちらかと言えばニンゲンくさいもの。
一人と一匹の議論は、沙原が大立ち回りをした(させられた)、例の国道沿いの公園について。怪異の大群が蠢いていた場所についてだ。
あの地に様々な念が集っていたのは、そのきっかけを作ったのは、ただ一人の女の憎悪。その異能によるもの。
発端は交通事故により女が家族を喪ったことだ。彼女は夫を、娘夫婦を、孫を、愛しき人生を……一度に奪われてしまった。
居眠り運転による逆走での事故。
女の夫は、交通ルールに則り普通に道路を運転していただけ。そこへトラックが突っ込んできた。正面衝突。到底防ぎようのないもの。
女の夫が運転する車はぺしゃんこだった。事故の目撃者、駆け付けた救急隊やレスキュー隊、警察官らが……一目見て、車内に生存者がいないと判断するほどの有様。
損傷があまりに激しく、女は愛しい家族の遺体をまともに確認することもできなかった。それは包帯に包まれた物体でしかなかった。
葬儀の際も、棺は閉じられたまま。顔を見てお別れなど叶うはずもない。
それ自体は悲劇だ。間違いなく悲劇。なんの落ち度もない善良なる一般人が、突然に未来を絶たれたのだ。
遺された女が、家族を喪った彼女が憎悪に憑り付かれるのも仕方がないと思えるほどの悲劇だ。
巡り合わせも悪かった。
不幸にも女には〝力〟があったのだ。世間の常識や普通を飛び越えた力が。
異能。
邑山やネロに言わせれば、魔法や呪術と呼べる代物。
女はそんな資質を有していた。魂が擦り切れるほどの憎悪により、その才が一気に覚醒し花開いてしまった。
そして、女の憎悪は、その異能は他の念を呼ぶ。引き寄せる。捕らえて離さない。様々な念が集う領域が生まれる。怪異だ。
女は生きながらにして、怪異を生成する亡者へと変質してしまったとも言える。
「ネロ。この人があの領域を、中にいた怪異たちを生み出したのは事実だけど、この人だって好きでそうなったわけじゃないだろ。いわば自然災害みたいなものだ。もちろん、無関係な人たちを巻き込んだことについては何一つ擁護する気はない。だからこそこうして始末したわけだしな。で、この人は死んだ。もう念を引き留めたりはできない。あの領域は消え、新たな怪異は生まれない。怪異による事故や不審死はお終い……それでいいだろ?」
邑山晴桂はネロに同調しない。これで終わり。ここから先の被害はない。それでいい。
『ボクとしては、この女は生きながら八つ裂きにしても全然足りないね。ハルは生温い。元々は純然たる被害者だったとしても、コイツがやったことでどれほどの犠牲者が生まれたことか。……ふぅ。でもまぁいいさ。あくまでボクがそう思うというだけだし、〝こっち〟ではボクはただの傍観者でしかないしね』
加害者へと堕ちてしまった女への思いを吐き出しはするが、ネロにできるのはそこまで。それ以上は関与しない。できない。この世界において、神使様はただのお客様。
「神使様におかれましては、ご不便をお掛けして大変申し訳なく存じます」
渋々納得したネロに対して、慇懃無礼に、大仰に頭を下げる邑山。本心からの発言でないのはあきらか。
『……相変わらず嫌な感じだね、ハルは。リエルナはこんな奴のどこがいいんだか。ふぅ。それで? あの使い魔の沙原って子には黙ってるのかい? こういうのはさ』
ため息を吐く仕草をしながら、ネロは問う。話題を変える。
「もちろん言わないさ。沙原さんは至極真っ当な子だし、あんまりこういうのを知って欲しくない。真っ当で素直だからこそ、人の激しい憎悪に触れると怪異化しかねないしな。流石に俺だって、彼女を怪異として始末したくない」
『はいはい。それはそれはお優しいことで。ハルさんは大人だねぇ』
「ったく。ネロの方こそ相変わらず嫌な奴だな」
邑山晴桂。
異世界帰りの魔導士であり、自己満足な暇つぶしで怪異を相手取る少年。中身は三十路のおじさん。
沙原から見える一面はそれ。
だが、彼女が知らない一面はこれ。
邑山晴桂。ハル。
彼が相手にするのは怪異だけじゃない。
この世界の常識を超えた力を振るう者。
悪意を以て理不尽を撒き散らす者。
常識や倫理、法などをすり抜ける者。
怪異を利用して肥え太る者。
暇と一緒に、邑山晴桂はそういう連中を片手間で潰す。始末する。
まさに独断と偏見に基づく自己満足で。
沙原の知らないボランティア活動(裏)も続く。
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