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魔導士な彼と眷属な彼女の怪異なる日常  作者: なるのるな
彼の話

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6/9

1 使い魔の活用法

 ◆◆◆



 顔と名前をなんとなく知っていただけで、面と向かって話したこともない、同じ学年の別クラスの子。広く薄い意味での同級生。


 沙原友希と邑山晴桂はそんな関係だった。少なくとも、彼女が()()まではそうだった。


 当然のことながら、生前の沙原はボッチな邑山の普段の生活など知らなかったし、邑山とて、キラキラ一軍女子である彼女が、どういう思いを抱いて日々を過ごしていたのかを知る由もなかった。


 幸か不幸か、あるいは祝福なのか呪いなのかは分からないが、沙原友希には死してなお意識があった。


 当人が思っていたモノとはかなり勝手が違ったものの、いわゆるところの〝幽霊〟となって、彼女は生前の記憶と意識を取り戻す。現世と重なり合う異界にて目覚める。


 誰にも認識されず、誰も状況の説明などしてくれない。


 いきなりそんな透明人間状態に放り出され、困惑していた沙原だったが、彼女は出逢う。


 幽霊となった自分を認識できる相手に。


 顔と名前しか知らない同級生の男子に。


 彼の口からは、諸々の事情や界隈のルールなどが語られる。


 それが正しい情報なのか、それとも口から出まかせなのかの確認もできないまま、それでも彼女は選ぶ。決断する。


 邑山晴桂の眷属となり、今しばらく現世に留まることを。


 そして、沙原は知る。知っていくことになる。


 これまでの彼女が知らなかった〝普通じゃない世界〟を。


〝邑山晴桂〟という存在のことを。



 ◆◆◆



「ねぇムー○ン、こっち向いて? ねぇほら。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 唐突に、際どい言葉を投げつける沙原。


「誰がムーミ○トロール(正式名称)なんだか。亡きトーベ・ヤンソン、ラルス・ヤンソンの両名やファンの方に怒られるよ? いや、この場合、下手するとJASRACさんにまで目を付けられ兼ねないし。まったく関係ないけど、最近はごくごくコミカライズアプリ(小さなとある)のコメント欄(界隈)で、とある狂戦士なモブが非公式にそう呼ばれたりしてるけど……ご愛読、いつもありがとうございます」


 邑山の方も負けじと際どい返し。メタか。


「はい? ちょっと……こっちのフリを変な風に返さないで欲しいんだけど?」


 人物像(キャラクター)的におかしな方向性を垣間見ることもあり、沙原からすれば未だに謎な面も多い邑山。


 そんな彼ではあるが、日常的なやり取りについては、そこそこ気心も知れてきたと思っていたのだが……残念ながら、今回は彼女の思う応酬にはならなかった。想定外の返し。


「もう〝フリ〟とか普通に言ってるし……まぁいいや。それで? どうしたの沙原さん?」


 あっさりと話の続きを促す邑山。突拍子もない沙原のフリにも慣れてきた。いや、むしろ彼の方から無茶振りをする方が多いか。


「ほら、前にというか邑山君と()()()()時にさ。初心者講習的に界隈の事情を聞かされて、〝まるでオカルト漫画の世界みたい〟って話をしたでしょ?」


「え? あぁ……そんな話もしたような。この世界は思ったよりフィクションっぽい設定が多いとかなんとかって……」


 気を取り直してもなお、気安いやり取りが二人にはある。時間経過による親しみというよりは、あきらかに〝普通〟の範疇に収まらない関係だからこそ。常識の埒外を共有するからこそ。


「それそれ。で、今さらなんだけど、邑山君の活動ってさ。まさに〝オカルト漫画〟みたいだよね?」


「はい? まぁ……そう言われても別に否定はしないけど……ふぅ。それがどうしたの?」


 邑山としては別にどちらでもいい分類。そんなモノを気にする沙原に対して、あからさまに〝面倒くさい〟が顔に出てしまう。


「当初の私は漠然と思ってたわけよ。邑山君は、私みたいな迷える新米幽霊の話を聞いて、その思い残しなんかを遺族とかに届ける霊媒師的なメッセンジャーをしてるんだって。そういうのが邑山君の〝ボランティア活動〟なんだろうなぁ~って」


 沙原は沙原で、彼が醸し出す〝面倒くさいオーラ〟を華麗にスルーし、遠慮なく話を進める。彼女も慣れたものだ。


「……確かに俺はそういう活動()してるよ。それがどうしたの?」


「だからさ。オカルト漫画の世界みたいだとは言ったけど、どちらかといえば私はもっとこう……ハートフルな感じのオカルト系だと思ってたのよ。ええと……たとえば、ちょっとしたことですれ違っちゃったままに亡くなって、そのことがきっかけで諸々を拗らせた遺族とかが、故人の想いを伝えられて誤解が解け、ようやく相手の死を受け入れて前を向ける、新たな一歩を踏み出していける。そして、幽霊となった人は、そんな人たちの姿を見て満足して成仏する……的な?」


 ハートフルなオカルトとして、ベタでありふれた筋書きを語る沙原。


「そういう事例もないわけじゃないけど……そこまで分かり易いのはあんまりないかな? それなりに工夫はするけど、故人の想いを遺族に伝えても、やっぱり信じてもらえないことの方が多いし」


「あ、そうなんだ。確かに〝普通の人〟にとっては荒唐無稽な話だし、信じられないのも無理はないかもね。ま、それはそれとして……」


「ふぅ。一応、最後まで聞こうか」


 すでに邑山は彼女が何を訴えたいのかを察したが……そもそも()はまともに付き合う必要のない話。彼としては、さっさと終わらせて帰りたいというところ。


「邑山君の活動ってさ、どうして〝怪異退治〟がメインなわけ? なんでこうもオカルト()()()漫画してるの? ザ・少年誌って感じの。というか、怪異ってこうもそこら中にいるモノなの?」


 曇りなき眼でまっすぐに邑山を見つめる沙原。彼女の顔は真剣そのものだが、見つめられる側の彼の顔には〝面倒くさい〟が張り付いている。まさに知らんがなという具合。


「……前にもうなにも言わないとか言ったけど、敢えてもう一度言うよ。だからさ、別に沙原さんが俺に付き合う必要はないんだよ? 文句があるならついて来なきゃいいだろうに……」


「あはは〜邑山君がそういうのは百も承知してるんだけどさぁ~。でも、逆に私も言いたいわけよ?」


 いかにも〝笑顔を作ってます〟という笑みを浮かべながら、沙原は邑山を詰める。


「なーんで()にッ! その()()()()()をやらせてるのかなァァーッッ!?」


 叫びと共に彼女は引き千切る。殴り付ける。蹴飛ばす。放り投げる。纏わりついていた()()()()を。


 邑山と沙原。彼と彼女がいるのは、海沿いを走る国道線に隣接する公園の中。本来であれば昼も夜も往来の多い場所なのだが、二人がいる周辺には誰もいない。


 いるのは怪異だけ。


 つまりは怪異どもの領域の中。普通の人が立ち入れない場所であり、引きずり込まれれば二度とは戻れない場所だ。


 この国道沿いの交通事故で死亡した者の怨念とでもいうべき強い強い生への執着、遺族の深い悲しみや憎しみ、加害者として裁かれた者の後悔の念、加害者家族の名状し難い渦巻く想いまでが()()へと引き寄せられていた。


 とある理由によって。


 結果として、この地には怪異が生まれ、更なる事故や不審死を誘発する始末。


 心霊スポットとしてまことしやかに囁かれれば、更に更にと様々な念が引き寄せられ、怪異は怪異としての存在を確立していく。


 怪異の〝越境〟だ。


 人々に認知されればされるほど、怪異は()()へと手を伸ばす。境界を越え、より強く影響を及ぼしていく。


 邑山晴桂は、そんな怪異を始末するためにここを訪れていた。勝手についてきた眷属たる沙原友希を伴って。


 怪異どもが巣食う領域を力尽くでこじ開け、ずかずかと土足で侵入を果たした直後のことだ。


 邑山ではなく、同伴者の沙原が熱烈に歓迎される。


 何十何百という数の怪異があちこちから寄って来ては彼女に取り付いてくる。しがみつく。纏わりつく。抱き締めてくる


 身動きを制限されてしまってから、何も聞かされてなかった彼女はようやく主である魔導士を問いただした次第。こっちを向けと。


「え? いや、この領域に踏み込むのに力を使って疲れてるし、普通にこの数の怪異を相手にするのが面倒だからだけど? 沙原さんは俺の魔法で強化してるから頑丈だし、最悪やられても〝元に戻る〟しさ。どうせついて来るんなら役に立ってもらおうかなって……え? どうしたの?」


「こ、このッ!! なんで邑山君の方が〝え、なにが悪いんですか?〟みたいな空気出してるわけッ!? なーにが〝沙原さんは無理について来なくいい〟だよ! 利用する気満々じゃない!!」


 領域に立ち入った瞬間、邑山はしれっと自身の存在を隠蔽した。パチリとスイッチを切るように気配を消した。しかも、眷属である沙原の気配を盛大にばら撒いた上で。まさに彼女を撒き餌兼タモ網として利用したわけだ。


 当然の結果として、沙原は怪異どもにしがみつかれて身動きが取れなくなる。


 もちろん、邑山の眷属としてその身は護られていたため、直接的に押し潰されたりはしなかったが……物見遊山的な彼女が、殺到する怪異にギョッとするのは当たり前だし、その説明を求めるのもごくごく当たり前のことだ。


「まぁまぁ。そうカッカしないでさ。あ、ほら、後ろから来てるやつはちょっと強そうだから気を付けてね?」


「はえ? ぐぼぇぇぇッッッ!?」


 邑山の注意喚起も虚しく、背後から来た少し大きめの怪異……黒い塊にぶちかましを食らって吹き飛ぶ沙原。


「おふッ! ごォ! ぐげッ!」


 あわれ彼女は、斜面となっている芝生の上を勢いよくバウンドしながら転がっていく。


 幽霊。異界の住民。魔導士の使い魔。眷属。


 今の〝沙原友希〟を示す肩書のようなものは多いが、どうであれ、彼女はそう簡単に滅することはない。


 語弊があるが、当人が望まない限りはなかなか()()()()と言ってもいい。少なくとも、邑山の守護を超える力でなければ、彼女を無理矢理成仏させることはできない。


 そして、邑山の力は、そこらの怪異どもに破られるほど弱くもない。


 では、沙原友希は無敵なのかと言えば……決してそうでもなかったりする。


 元が人間であり、その感覚や記憶、自我をありありと保持している彼女は、今なお〝痛み〟を知覚する。


 普通の人は殴られれば痛い。当然の話だ。


 異界の住民となった沙原であれば、生前の感覚などを任意でシャットアウトすることもできるが、突発的な状況に対しては生前の〝クセ〟が出る。律儀にこれまでの感覚を再現してしまう。


 つまり、不意に殴られれば痛いし、吹き飛ばされて芝生をバウンドすればもの凄く痛い()()だと認識してしまい、沙原は悶絶する痛みに襲われていたりする。


 その辺りの事情を知りながらも、邑山は特に気にしていない。


〝たまには生前の感覚を思い出すのもいいでしょ〟くらいにしか思っていなかったりする。


 もちろん、無防備に放置したわけでもなく、いざとなれば彼は沙原を護る心算はあった。


 あったのだが……この度に関しては、そこまでの介入は必要ないと判断しただけ。


 つまるところ、沙原からすれば、ただただ怪異どもの巣に放り込まれただけ。迷惑極まりないのに変わりはない。


「あーあ。だから言ったのに……おーい! 沙原さーん! 大丈夫ーー?」


 かなりの距離を転がって行った沙原は、犬神家の一族よろしく頭から砂場に突っ込んで逆さ開脚を披露していた。


 当然スカートもたくれ、パンツ丸出し状態だ。女子高生の生足が煌めいているが、そこに色気はない。


 まるで現代アート作品のような雰囲気を醸し出しており、無駄に芸術性を感じさせる。


 もっとも、すぐさま自力で頭を引き抜き、立ち上がって彼女は叫ぶ。


「だ、大丈夫なわけあるかァァッッーーー!!」


「お。うん。まぁ大丈夫そうだな」


 ()()オカルトバトル漫画(怪異退治)がひと段落するには、そこからまだしばらくの時間を要したとさ。



 ◆◆◆ ◆◆◆



 暗闇というカーテンを開け放つように朝日が照らす、誰もいない静かな静かな公園。


 人の気配どころか、鳥や虫の音さえ聞こえない静寂の中、そこには少女の荒い息遣いだけが音を主張していた。


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ……はぁ……オェェッ……げぼ、うぐ……ぜぇ、はぁ……はぁ……」


 残念ながら、エロやロマンなものではなく、単純にバテバテのやつだ。吐きそうになるほどの。


 四つん這いになった沙原が回復に努めている。生前の感覚のままに。


 疲労困憊で息切れし、えずく女子高生幽霊という図だ。


 本来であれば、すらりとしたモデル体型で、周囲が目を見張るほどの美人な沙原なのだが……今の彼女の絵面はきちゃない。汗だくで涎や鼻水も垂れおり、若干以上に薄汚れている。


 当の本人としては、もはや外見を気にする余裕などない。疲労や痛みもあるが、なによりも彼女は今、怒りの炎がメラメラしている。


 ちなみに、諸々の感情がごちゃ混ぜになって昂っているからこそ、意図的に〝復元〟できなくなっていたりもする。自身の主観的な体力の回復を待つのみというところ。


「いやぁ〜流石の沙原さん。元々陸上部だったっけ? やっぱりスポーツ経験者っていうのは、身体の使い方を知ってるみたいだね。格闘技とかは未経験だろうに、最後の方は拳や蹴りがちょっと洗練されてる感じがしたもん」


 まさに火に油の典型例のようなセリフ。ぱちぱちと小さく拍手をしながらのんびり歩いて近付いて来たのは、〝元凶〟たる邑山晴桂だ。


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……あぁ、そ、そう……く、くふふ、あは、はははは……はははは……あはははははは……ッ……あーはっはっはっはッ!!」


 あまりにも怒りのボルテージが上がり過ぎると、どうやら人は笑いが込み上げてくるらしい。あくまでも沙原友希の場合はという注釈付きだが。


「え? ど、どうしたの? 急に悪党みたいな笑い方して……も、もしかして、殺意の波動とかに目覚めた……?」


「んなわけあるかァァッッーー!!」


 シャウトしながら、四つ這い状態から勢いよく飛び上がって一回転する沙原。


 そして、着地した瞬間に踏み込んで蹴りだ。とても素人とは思えない軌道の。無駄なく力を伝える見事な技。


 彼女のそのすらりと長い蹴り足は鞭のようにしなり、そのまま邑山の腹に吸い込まれる。ごすっという鈍い音がする。


「ごぼォッ!?」


 蹴りの衝撃で後退することもなく、そのままその場に膝から崩れ落ちる邑山。


 力が一点集中していたためか、無駄に対象を吹き飛ばしたりもしない。至高の蹴り。悶絶必至だ。


 あくまで適当に言い放っただけだが、邑山の指摘は的を射ていたのかも知れない。


 殺意の波動云々はともかくとして、沙原は効率的に暴力を行使する……格闘技のコツのようなモノに目覚めた模様。とても素人の蹴りじゃない。


「うぐゥゥぅぅ……い、痛ってぇ……い、い、いきなりなにするんだよ!?」


「はぁッ!? どの面下げて被害者面してんのよッ!? 私に蹴られる自覚もなかったわけ!? むしろ、邑山君のその考えのが怖いわッ!!」


 腹を抱えうずくまり、涙目であからさまに被害を訴える邑山にこそ、沙原は一抹の狂気を感じ取る。コイツ、マジなのかと。


「ぅぅ……痛てて……い、いや、普通に考えてさ。眷属というか使い魔がそばにいるんだから、その力を使おうとするのは術者として当然でしょ?」


「なにその〝常識でしょ?〟みたいなノリは!? 私はその術者の常識とか知らないから! それにッ! 邑山君はそもそも〝俺は沙原さんを眷属として縛るつもりはない〟とか言ってたでしょうがッ!! せめてちゃんと説明しろよォォッッ!!」


 頭を掻き毟りながらダンダンと地団太を踏む使い魔。生前の彼女を知る者には見せられない姿だ。


 ただ、今回の彼女の怒りは至極ごもっとも。正当な怒りに間違いない。順当なブチギレ。逆ギレならぬ順ギレ。むしろ邑山の方が逆ギレだ。


「具体的に! 前もって! ちゃんと段取りとかの話をしろって言ってんのッ!! 別にやらないとは言わないからさァァッッ!!」


 彼女とて邑山には借りがあると感じている。だからこそ、彼のボランティア活動に協力するのはやぶさかではない。それどころか、むしろ力になりたいとさえ思っている。


 が、なにも知らされずに怪異の巣にポイっとされるのは違う。断じて違う。どこのハートフル系オカルト漫画にこんな展開があるんだ。バトル系の漫画とかでもたぶんそう多くはないぞ。師匠に無茶振りされる修行回か?


「痛たた……え? あ、あれ……? 俺、沙原さんに伝えてたでしょ? そりゃちょっと直前でアレだったかも知れないけど……領域に踏み込んだらよろしくって……?」


 ただ、邑山側にも多少の想定外があった。彼も勘違いをしていた。

 

「はぁぁッッ!? 全っ然ッ!! これっぽっちも聞いてませんけどッ!?」


「え? あ、あれ……? あ、あぁそっか。眷属化はしたけど、沙原さんとは()()()()()()()っけ。……うん、まぁ……そ、そういうことなら……沙原さんがブチギレるのも分かるな、うん。あー……ご、ごめんなさい?」


 邑山は、ここでようやく彼女の怒りの根源に思い至る。


「はぁ!? 繋げてないってなに!?」


 もちろん、彼が原因に思い至ったところで、沙原の怒りがそう易々と収まるはずもない。先のセリフ通りだ。まずはちゃんと具体的に説明しろとなる。


「えっと……つ、使い魔と術者ってのは、テレパス的な繋がりがあるのが普通なんだ。いちいち細かい指示を言葉で伝えなくても、思考をある程度共有しているというか、つうつうの仲……みたいな? で、沙原さんを眷属化する際、流石にプライバシーの問題もあるし、その辺りの回路みたいなのは繋げてなかったなぁ~……って」


「…………はぁ? じゃあ、邑山君的には私に……〝使い魔〟に指示を出してたつもりだったってわけ?」


「え、ええと……ま、まぁ、その通りです……はい。つ、つい()の癖で……いちいち使い魔からのリアクションを確認するとかなかったから……」


 邑山のキャラが少しばかり修正される。


 よかったよかった。使い魔をわざと怪異に突っ込ませ、そのやられっぷりを見て悦に浸るマッドな魔導士はいなかったんだね。


「………………」


 ただし、それを許すかどうかは()()()側の心情次第。また別の話だ。理由の如何にかかわらず、すでに彼女は被害に遭った後なのだから。


「あー……さ、沙原さん? えっと……わ、わざとじゃないから……」


 怒りを露わにしていた沙原は、一転して沈黙する。


 彼女の中でメラメラと怒りの火は猛ったままではあるが……なにかしらを考えている。深呼吸を繰り返している。射貫くような目で邑山を睨みつけながらではあるが。


「すぅ、はぁ、すぅぅ……はぁぁぁぁ…………分かった、分かったよ。あくまで今回のは勘違いが発端で、邑山君に悪意はなかったってことで納得します」


 意を決したように目を閉じ、大きく、深く、息を吐きながら……沙原は怒りの火を鎮火させる。無理矢理飲み込む。


 もしこれが蹴りをお見舞いする前であれば、見事なアンガーマネジメントだったと言えるだろう。


「あ、ありがと。い、いや、本当に悪気は」


「だだしッ!!」


「うぇ!?」


 かっと目を見開き、沙原は邑山の言い訳染みた発言を遮る。叩き斬るように。


「その()とやらの話をちゃんと聞かせてもらうッ!! 邑山君が()()()()()()()()()()()ってやつを!! 今回はそれが引き換えで許す!!」


 そして、彼女は交換条件を突き付ける。


「え? は、はぁ……い、異世界での話? えっと……別に面白くもない話だし、ざっくりとは伝えてたでしょ?」


「だからざっくりとじゃなくて、ちゃんと教えろって言ってんの!! 邑山君が、この訳の分からない〝ボランティア活動〟をすることになった理由ってやつを! その経緯をッ!」


 高校一年生の夏休み前。邑山晴桂はマンションの七階部分から飛び降りた。一応は事故という扱いだったが、自死を目論んでいたというのは丸分かりな状況だ。


 結果的に、彼は一命を取り留めるどころか、打撲程度の軽傷で済んだ。一時的に意識を失いはしたが、それも搬送されている間に救急車の車内で意識を取り戻すという具合。


 搬送先の病院にて、念のために検査入院となったが、特に治療の必要はないとして翌日には退院している。


 もちろん、病院側は本人や家族にカウンセリングや専門科への受診を勧めていた。


 結局のところ、〝高校一年生の男子が飛び降り自殺を目論んだが生き延びた〟というだけのこと。


 世間が知る事実はそれだけ。


 だが、その事実こそが、学校の内外で一軍のキラキラ女子だった沙原友希が、邑山晴桂の存在を知っていた理由でもある。


 そして、沙原は自らの命に幕を下ろしたことで、本当の意味で彼と出会った。


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