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魔導士な彼と眷属な彼女の怪異なる日常  作者: なるのるな
彼と彼女のはじまりの話

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3/4

3 ある活動の一幕

◆◆◆



 昼から夜へと移ろう時分。


 夕暮れ時は逢魔時(おうまがとき)


 非日常の妖しき訪問者が、間隙を縫ってするりと日常に紛れ込む頃合い。


 まさに大禍時(おおまがとき)だ。


「大丈夫よ。ここで待ってればいいから」


 鈴を転がしたような澄んだ声が聞こえる。


 少し高台となった住宅街の中、ブランコに砂場にすべり台というシンプルな構成ながら、それなりの広さを持つ公園があった。


 人気(ひとけ)のないその公園に二つの影が伸びる。


 白いワンピースを着た小柄な少女と、そんな少女よりも更に小さな男の子の姿。


「でも……ボク、帰らないと……」


「ふふ。大丈夫。パパとママには連絡してるの。すぐに迎えに来てくれるから」


「え? ほ、ほんとに……?」


 ワンピースの少女は、手に持った日傘の柄をくるくると回しながら、不安げな男の子をなだめるように軽やかに微笑む。


 夕陽が日傘に遮られ、少し陰影が濃くなった少女の顔は美しかった。まるで芸術作品のような気品すら感じられる。


 まず、日常生活の中では目にしないような美少女。目が合うと、つい思わず目を逸らしたくなるような相手。


 たとえ美醜に関する偏りや拘りのようなものが定まっていない幼い子供であっても、微笑む少女が〝とんでもなく美しい〟というのは理解できるだろう。


 まるでテレビや物語のような現実離れした……どこか作られたような美しさがそこにある。


 まさにこの世ならざるもの。少女の美しさは、妖しい気配すら漂う。


 違和感を感じているものの、男の子はそれらを言葉としては発することができない素ぶり。少なくとも、少女の言葉を信じてはいない様子を見せる。


 夕暮れ時。人通りの少ない住宅街とはいえ、周囲には人の気配を感じない。誰もいない。


 住宅街の中にある公園にいるにもかかわらず、音が入って来ない。


 行き交う人の声がしない。


 鳥や虫の音も聞こえない。

 

 通りを走る車の排気音も響いてこない。


 家々には灯りが見えるのに、どの家からも人の営みの音がしない。生活の温もりや匂いもしない。


 まるで周囲が精巧な張りぼてに囲われているよう。


「うぅ……」


 明らかに様子がおかしい。それは当然男の子にも分かっている。自分の中にあるごちゃごちゃとした不安を、表に出すか出さないかを悩んでいるかに見える。


 そんな様子を見て、少女は更に深く笑みを浮かべる。美しい顔に笑みを貼り付ける。舌なめずりを幻視させる。


「ふふ。大丈夫、大丈夫だから。お姉ちゃんとここで遊んで待っていよう?」


 男の子の耳に届くのは少女の声だけ。美しくも妖しい笑みが瞳に焼き付く。


「ねぇ? 大丈夫だから……ほら?」


 少女がそっと男の子に手を伸ばす。それは捕食者の触手の如く。


「で、でも……パ、パパとママがいないし……ッ! そ、それに、えぇと、それから、えぇと……ッ!」


「大丈夫よ。パパとママはもうじきここへ来るから……ふふ」


 あたふたしながら必死で言い訳を考える男の子の至近に、滑るように踏み込んでくる。


 あっと思う間もなく、少女の白い手が男の子の頬にそっと触れる。


「ぁぅッ!?」


 その瞬間、びくりとして男の子は動けなくなってしまう。


 少女の顔に影が差す。


 むせ返るような妖しさが充満する。ぷんぷんと匂う。


 あわれ男の子は身動きを封じられてしまった。


「君はここでお姉ちゃんと遊ぶの。パパとママが来るまでずっとね。ふふ。なにか駄目な理由があるのかしら?」


 捕えられた。囚われた。


 男の子は驚愕した表情のままな、震える唇で妖しい少女の問いに答える。





「いや、()()()()()()()()()()()()()()()()





「ぅッ!?」


 ポロリした。


 軽々と飛んでいく。


 なにが? 千切られた頭部が。


 誰の? 少女のだ。


 黒々としたナニかを撒き散らし、べしゃりという生々しい音と共に、少女の潰れた頭部がすべり台に張り付く。


 ついでとばかりに、少女が手に持っていた日傘もぐしゃぐしゃになり飛んでいった。


 なにをした? 殴った。少女が殴られた。()()()()


「うーん……手筈通りではあるだけどさ。いちいちこういう小芝居まで必要だったの?」


 違う声がする。いつの間にかそこにいる。少女の……少女だったモノのすぐ横に立っている。


 女子としては高身長。ブレザー姿のすらりとした女子高生。


 沙原(さはら)友希(ゆき)だ。


 行動は単純明快。


 幼い男の子と触れ合う距離にいた少女の顔面を、気配を消して潜んでいた沙原が横から殴りつけた。裏拳を振り抜いた()()


 その勢いで、少女の頭部が千切れて飛んでいった()()


「ま、せっかく擬態したんだしさ。ついでだよ、ついで。コイツは子供を狙ってるのが分かり易かったしね。真正面から境界をこじ開けるよりは楽に事が済んだし」


 また一つ別の声。


 先ほどまでそこにいた、怯える幼い男の子はもういない。いつの間にか男の子は変貌している。


 ぼさっとした髪に黒縁のメガネ。大きめのマスク。ひょろりとした体格の特徴の薄い少年へと。


 邑山(むらやま)晴桂(はるか)がそこにいた。


「怪異の領域に侵入するのも、色々とやり方があるんだね」


「〝標的を限定して誘い込むタイプ〟は、標的以外の侵入を拒むから面倒なんだ」


「でもさ、肝心のその〝標的判定〟はずいぶんとお粗末じゃない?」


 特に興味もなさげに、先ほど頭部を殴りつけたお手々をぷらぷらしつつ、やり取りを続ける沙原。


「そこは俺の擬態(ぎたい)と誘い出しが上だったってだけだよ。ま、こいつの感知がヘタクソでお粗末だったのも間違いないだろうけど」


 まるで天気の話でもするかのように、特に気負いのない邑山。


 彼らがいるのは、怪異のホームグラウンドともいえる領域。境界の向こう側。異界。


 さらに、二人の目の前には、血の代わりなのかドス黒いナニかを吐き出す、首なしのワンピース姿の少女がまだいる。


 あきらかに〝普通〟を飛び越えた状況にもかかわらず、二人は平然としたもの。


「それで? コレは? この後の展開は?」


 異常な事態の中でも沙原の口調は軽い。ピクリとも動かなくなった首なし少女を指差し、彼女は〝次の展開〟を問う。


 ちらりと、彼女は飛んで行った頭部の方へと視線を投げる。


 いつの間にか、すべり台に張り付いていた怪異の頭部は、どす黒い蒸気のようなものを吹き出しながらぐずぐずに溶け出し、異様な黒い染みへと変貌しつつある。まさに〝次の展開〟

が気になるというところだ。


 瞬間。


 首なし少女が突如として動く。目の前の幼い男の子改め、邑山晴桂を捕らえんと飛び掛かってくる。


「おっと」


 即座に反応した()()()を庇う。沙原が割り込む。さりげなく邑山の体を後ろに押し出しながら。


『ギッ!?』


「おぉー? 流石の超反応だね」


 ぱちぱちと小さな拍手の音。後方へ下がった邑山から。


 彼は自身の身代わりとなり、怪異の熱烈なハグを受け止める羽目になった沙原を……眷属を褒め称える。


『ギギィィィッッッ!!』


 先ほどまでの鈴を転がすような声から一転。しゃがれた低音ボイスの奇声が響く。


 お目当てとは違ったが、それでもお構いなしとばかりに、怪異の細く白い腕が〝抱き締める〟という甘い響きをあっさりと通り過ぎ、ぎちぎちと沙原を締め潰そうとしている。

 

「ちょ!? いきなり叫ばないでよ、もう……うるさいなぁ。というか、首が千切れてるのに一体どこから声を出してるわけ?」


「いやいや。相手は得体の知れない化物なんだし、そういうツッコミは野暮でしょ」


『ギッ!?』


 異様なる存在に、現在進行形で締め上げられながらも沙原はどこ吹く風。邑山も特に心配もしていない。


 それもそのはず。


 今まさに、みしみしぎちぎちと不吉な音を軋ませ、少女の腕が沙原の身に食い込んでいる……ように見えるが、所詮は首なしの一人相撲だ。


 びくともしていない。沙原は棒立ちのまま、腹回りにしがみついている首なしを涼しい顔で見下ろすだけ。


 彼女はごくごく薄い膜のような物を身に纏い、実際には首なしと直接触れ合ってすらいない。強固に隔てられている。


『ナ、ナンナンダ……ッ! オマエラッ!?』


 まるで多重録音されたような不快な音が響く。驚異なる怪異が驚嘆し、思わず漏れてしまった疑問の声だ。


「はぁ? なにキレてんの? 自分だって擬態して獲物を誘い込んでた癖に……勝手なやつね」


「沙原さん。いちいち〝言葉〟を投げても無駄だよ。話が通じてるように振る舞ってるけど、こいつらには〝我欲〟しかない。こっちの話なんて聞いちゃいないよ」


「えー? こいつらは一方的に言葉や理不尽をぶつけてくるのに……ホント身勝手な話だね」


 首なし少女に抱き着かれるというホラー展開や、とんでもない力での締め上げという物理的な危機に対して、沙原と邑山はまったく意に介さない。まさに眼中にない。


 それどころか……。


「さて。せっかくの密着状態なわけだし、このまま終わらせようか。よし。いけ! げぼくいちごう! 十まんボルトだ!」


「って、だーれが下僕一号よッ! 誰がッ! まったく……高圧(こうあつ)・|特別高圧電気取扱特別教育《とくべつこうあつでんきとりあつかいとくべつきょういく》は修了していますか?」


「いえ、修了していません」


「資格は?」


「ありません」


「じゃあダメじゃん。十万ボルトどころじゃないでしょ? 電気の取り扱い舐めてるの? そもそも電撃とか出せないし。私、邑山君の前でピッカァって叫びながらアーク放電とか披露したことあったっけ? ないよね?」


「……はい、ありません。ごめんなさいです(結構ノッてくるな……)」


 場違いにふざけたコント的なやり取りを続ける二人。


『グ、グゥ……ッ! ギギィィッ!』


 一方の首なしは真剣。必死に締め上げの力を増そうと気張る。まるで通じていないが。


「あー……ねぇねぇ邑山君。こいつらって得体の知れない怪異で、実体化した不思議パワーや怨念の塊みたいなモノなんだよね? そんなオカルトで不気味な存在から〝ワタシ頑張ってます!〟みたいな感じを出されると……微妙に萎えるんだけど?」


「いや、そこは俺に言われてもね。目の前の現実は自分で受け入れてもらわないと……」


『ギガァァッッ!!』


 必死の形相(予想)で、通じない締め上げを続ける怪異を無視するどころか、沙原はその行動に苦言を呈するほど。


 一所懸命な姿は美しい。ただ、この場合はオカルトの神秘性を損なうじゃないかと。


「沙原さんの意見はともかくとして……こいつ、〝巣〟に誘い込むまでは巧妙に隠れてたのに、いざとなれば物理的な締め付けだけってのは芸がないな。まぁ別にいいんだけど。さて、改めてあとはよろしく頼むよ、下僕一号」


「だーからッ! 誰が下僕よ! 誰がッ! フッ!!」


『ォゴッ!?』


 沙原のツッコミの叫びと共に、首なしの下腹部付近がごっそり弾け飛ぶ。


 圧を増していた締め付けも呆気なく解ける。


「おー痛そう。実際には痛覚とかはなさそうだけど」


 先と同じく、ぱちぱちと下僕……もとい沙原に拍手を送る邑山。


 この度の動作も単純明快。


 密着状態から、下僕な彼女が膝蹴りをかましただけ。


 先ほど頭部を千切り飛ばした裏拳と同質のもの。


 単純な力ではなく、抱き付かれても怪異を寄せ付けない、彼女の身を覆う極々薄い膜の効力であり、それすなわち〝魔法〟によって引き起こされた事象だ。


 彼女は首なしを雑に引き剥がし、そのまま流れるように放り投げる。その際、首なしの腹から飛び出したビー玉状のナニかを掴むのも忘れない。


(はら)に〝核〟……子を失った母の、子を産めなくさせられた女たちの怨念の集合体みたいなもの……ね。怪異となった経緯だけを考えると哀れだけど、自分が痛かったからって、その痛みを他人に、それも子供に向けるのは違うよね? 恨みがあるんなら、その恨んでる相手に直接やり返せばいいのに……」


 軽い雑談調から一転して、沙原の呟くような静かな語り。その声には首なしへの軽蔑なり侮蔑なりが混じる。ほんの僅かな憐れみと哀しみも。


「もうそういう段階は通り過ぎちゃってるよ。そもそも人に(あだ)()す怪異なんて、存在そのものが理屈じゃないしね」


 その呟きに淡々と応じる邑山。二人の視線は、為す術もなく投げ棄てられた首なしに向けられている。


 先ほどの頭部と同じく、すでにどす黒い蒸気を発してじゅくじゅくと溶け出している。もはや言葉を発することもない。動かない。


 そうこうしている間に、周囲の空間がぐにゃりと歪む。壊れる。公園が、人気(ひとけ)の失せた住宅街が、遠くに見える街並みが、赤い赤い夕陽が……徐々に剥がれ落ちていく。


 獲物を誘い込むために用意された怪異の〝巣〟が……狭間の異界が崩壊していく。


「さ、帰ろうか沙原さん」


「うん。そうだね。早く帰らないと。せめて一人だけでも助けてあげられるなら……」


 二人の姿はすでに曖昧。希薄。揺らぎながら消えつつある。

 

 ぐにゃりぐにゃりがらりがしゃり。


 歪んだり剥がれ落ちたりする仮初(かりそめ)の異界を後目(しりめ)に、二人は消え失せる。退場する。



 ◆◆◆



 ある日、とある病院内で小さくも大きな奇跡が起きた。


 突如として倒れた男の子。原因はまるで不明。検査をするも、特に異常は見つからない。にもかかわらず、もう十日以上も目覚めない。


 そんな男の子が目を覚ました。意識を取り戻したのだ。


 それは世間にとってはほんのささやかな出来事。特にニュースになるような出来事でもない。


 だが、男の子の家族にとっては、異国の紛争解決や世の不景気、経済事情の改善などよりも、ずっとずっと待ち望んでいた特大のニュース。朗報だ。


 祈りが通じた、まさに奇跡だと涙するのは当然のこと。


 意識を取り戻した男の子は、受け答えも問題はなく、特に後遺症のようなものもない。少なくとも検査上で異常は見つからなかった。


 男の子の意識が戻らないのも、戻ったことについても、医療従事者らはその原因を突き止めることはできなかったが、それでもお構いなしに喜んだ。


 当然だ。日々多くの悲劇に接している人たちだ。医学的、科学的に証明ができずとも、幼い患者とその家族に幸せが訪れたならそれでいい。無事に笑顔で退院できるならそれにこしたことはない。


「うーん……よく分からないけど……制服を着た綺麗なお姉さんが、〝君はまだ帰れるから〟って言ったんだ。それで、そのお姉さんがビー玉みたいなのを僕の胸に当てたら、すーって中に入っていったの。それでそれで、気付いたらここにいて……ええと、なんだかスッキリしてて……」


 男の子がよく分からない話をしていたとしても……誰も本気にはしない。


 意識不明だった男の子が目覚めた。


 関係者にとってはその事実だけで十分。むしろそれがすべてだ。


〝普通〟を生きる人々は知らない。


 知りようがないし知る必要もない。


 一連の出来事が、彼と彼女の活動の一幕だったなどと。



 ◆◆◆

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