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魔導士な彼と眷属な彼女の怪異なる日常  作者: なるのるな
彼と彼女のはじまりの話

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2 眷属

 ◆◆◆



 閑静な住宅街というオブラートに包まれた、商業施設から距離がある少々不便な郊外の住宅地。


 その街並みに埋没する二階建ての一軒家こそが、邑山晴桂の帰る家。自宅。


 父と母と妹と室内飼いの猫という、四人と一匹の家族構成。


 父と母は共に正社員で仕事をしており、妹は地元では有名な私立学園の中等部生。当然に親の苦労はあるし、上を見ればきりがないが、二人の子供が困窮を感じることなく暮らせている。


 外から見える条件だけを切り取れば、邑山一家はありふれているが幸せな家族とも言える。だが、これもありふれているが、どこの家庭であってもなにかしら抱えている問題はあって当たり前。


 幸せの形は人それぞれに違う。家庭の在り様もだ。


 家庭というのは、ある人にとっては最も身近な牢獄であり、別のある人にとっては最も安全で自由な場所でもある。


 その形と当人の受け取り方は千差万別。誰一人として同じモノはない。それが同じ家に住む家族であっても。


「私なんかが言っていいことじゃないと思うけど……邑山君の家って、ちょっと複雑そうだね」


 ぽつりと零すのは沙原友希。死者。重なり合う異界の住民。相変わらずの制服姿。


「はぁ……〝言っていいことじゃない〟なら言わなきゃいいのに。沙原さんって、ナチュラルに誰からも尊重されるとでも思ってたり? いやーキラキラ女子ってのは、死んでからも傲慢だね」


「うぇッ!? あ……た、確かに今のは軽率だったけど……それにしてもちょっと当たりがきつくない!?」


「え? 面倒事を押し付けて来た張本人が? どの面下げて? なに言ってんだろうこの子?」


「うぐ……だ、だからちょっとは心の声を隠してよ。私だって申し訳ないとは思ってるんだから……」


 知らない誰かに捕らえられて奴隷になるなんて嫌だ。性奴隷なんて論外。でも、かといって今すぐ成仏するのも嫌。なんか怖い。


 そこそこ自由にできて、今の透明人間を十分に満喫したあとなら……成仏するのを考えてもいいかな?


 という無茶な要望を振りかざした沙原は、とりあえずのところ邑山に保護を求めた。


 結果として、一人は帰宅し、一体が家にお邪魔している次第。


 すでに時間帯は昼前であり、沙原を連れて邑山が帰宅したのは明け方のこと。慣れたものなのか、寝ている家族に気付かれないまま、彼はするりと自室へと潜り込む。


 邑山が仮眠を取る間、眠る必要のない彼女はただただ待っていた。邑山家の中で。他の家族たちのやり取りを眺めていた。


 当人は覗き見をしているようで後ろめたくもあったが、邑山から〝いきなり他の誰かに見つかってもアレだから外には出ないで〟という言い付けを免罪符に、邑山家のあれこれを目の当たりにしていた。飼いミーコから若干警戒されているのを感じながら。


 昼前に邑山晴桂が起きて来るまでの間に、他の家族は仕事に学校にとそれぞれ出発し、今は家に一人と一体と一匹という状況。


「ま、とりあえず本音はしばらく棚上げしておくとして……本題だね。今の沙原さんは〝悪意〟から身を護る術がない。悪いんだけど、四六時中べったり一緒にいて守るとかはダルいから勘弁して欲しい。沙原さんは美人だけど、好みのタイプじゃないし普通に嫌だ。まぁ好みのタイプでもギリ我慢できるどうかってところだけど」


「あれ? どこに棚があったのかな? ストレートに本音ぶつけられてる気がするんだけど?」


 どこかのキラキラ女子な霊体から抗議が上がるが、彼はお構いなしに続ける。


「そもそも気が進まないし、面倒で鬱陶しい結果になるのも目に見えてるけど……一番手っ取り早いのは、沙原さんが俺の眷属になればいい。そうすれば、他の誰かに見つかっても一方的に捕まったりはしないと思う。モノ扱いみたいでアレだけど、基本的に眷属化や使役化っていうのは早い者勝ちだから。もちろん、術者の実力差が大きければあっさり奪われる場合もあるみたいだけどね」


 それは界隈の事情。〝普通の人々〟が触れることのない情報。沙原には、それらの情報が正しいかを確認する術などない。


「は? け、眷属? それって、私が邑山君の奴隷になるってこと?」


 当然に警戒する。境界を越えて影響を及ぼせば、今の沙原友希にも〝触れる〟ことができる。触れられるなら()()()()なことも……と、そう説明したのは邑山晴桂当人だ。


「簡潔に言えばそう。今の俺が〝指一本触れない〟とか宣言したところで、眷属化したあとは別にどうとでもできるし、いちいち事前の口約束とかはしないよ。俺の眷属になるかは沙原さんが決めればいい。煩わしいからいっそ成仏したいって言うんならそれでもいいしさ」


「……」


 判断は本人に任せる。どちらでも構わないという姿勢。


 それだけを切り取れば相手を尊重しているようにも見えるが、沙原からすればそうは思えない。そこに優しさや温もりを感じない。


「あー……なんだろ? 邑山君ってさ、こう……冷たいというかなんというか……本当に〝私〟に興味がないんだ?」


 自ら進んで公表するのはあれだが、沙原は自身が異性から見て魅力的だと自認している。


 また、ただそこにいるだけで同性からやっかみを受けることさえあった。意図せずヘイトを買うのにも慣れてしまった。


 生理的な嫌悪は消えないが、異性からは性的な目で見られる。好奇に晒されるというのにも慣れた。


 相手が自分を見ている、意識しているかなんてすぐに分かる。性欲の権化のような同年代の男子であったり、群れる女子ならなおさらだ。


 だが、目の前にいる顔見知り程度の元・同級生からは、冷ややかな線引きをされている。


 舐め回すように体を見たいが我慢している。

 嫌われたくないから配慮している。

 好かれたいから恰好を付けている。


 そんなモノとはまるで別物。


 好きも嫌いもない。無。ただただ興味がない。沙原はそんな無色の拒絶をひしひしと感じていた。屋上で話をした際も、まさに現在進行形の今も。


「まぁそう言われると、確かに俺は〝沙原さん〟自体に興味はないかもね。さっきも言ったと思うけど、所詮は自己満足で動いてるだけなんだ。特定の誰かを助けたいとかじゃなく、あくまでボランティア活動自体が目的というか……うーん、ちょっと上手く説明できないけど、もし沙原さんが誰かの奴隷になったり、今の状態のまま行方不明になったとしても〝あーかわいそうだなー〟ってくらいにしか思わないかな? でも、沙原さんの要望に可能な限り応じたいとも思ってる」


「……」


 それは中二病由来の露悪的なイキリでもなく、聖人君子を気取るわけでもない。ただの本音。そういう情報というだけ。


 ことさらに熱い思いなどはない。


 感情の揺れもない。


 目の前にいる飛び抜けて魅力的な元・同級生に、邑山晴桂は特別な興味の色を示さない。


 性的な意味でも、その困りごとや彼女が自ら命を絶った理由などについても。


 透き通った線引きがそこにある。


「……そっか。ふーん。あー……なんだろ、なんだかなぁ……ええと……そっかそっか。こういうことだったんだ……」


 邑山晴桂の自室。そこまでの広さはなく、パイプベッドと机、本棚があるだけで手狭。


 ベッドに腰掛けた彼女と床に座った彼。お互いの顔をまじまじと観察できる距離での二人きり。


 生前の沙原友希からすれば、家族や親しい友人、恋人などとしか共有しなかったような距離だ。


 そんな距離で邑山の態度に接してみて、異界の住民となってしまった彼女は思う。


「ん? どうかしたの?」

 

「いやぁ……興味がないから迷惑だろうけど……私、生きてる間に、邑山君みたいなタイプともっとちゃんと話がしたかったって思ったわけ。そうすれば……私は私の世界を、もう少し理解できていたのかも知れない」


 悔恨(かいこん)の思い。


 異界の住民となり、哀しむ親や友人、恋人の姿を間近に見て心は揺れたが、それでも彼女は、心の底から自らの死を悔いたりしなかった。


 今だ。


 沙原友希はこの瞬間、生前の自分を取り巻いていた諸々に理解が及んだ。


 自分は守られていたのだと。


 煩わしい諸々の中には確かに迷惑なモノもあったが、それ以上に……〝沙原友希〟は圧倒的に守られていた。純度の高い悪意や、関心のない人々からの薄らとした害意、拒絶などから。


 なにより孤独ではなかった。生前の彼女は、周囲の無理解を孤独と解釈していたが……舐めていた。それを実感する。


 沙原友希は、今こそ死んでしまったことが腑に落ちる。自ら投げ捨ててしまった命を惜む。悔いる。


「は? 突然どうしたの?」


 もっとも、今さら何を思おうとも事実は変わらない。彼女は異界の住民となり、これまでと違うルールに囚われてしまった。新たな現実が続いていく。


 ドロドロとしたナニかが込み上げてくる。


「……うん。分かった。決めたよ。私、邑山君の……すぅぅ……性奴隷にでもなんにでもなってやるよォォッッ! コノヤローーォォォッッッ!!」


「!?」


 大きく息を吸い込んで叫ぶ。叫びながら勢いよく立ち上がる沙原。いきなりスロットル全開となってしまった。


「さぁ! 邑山君! 眷属化でも性奴隷でもなんでも来やがれッ!! 私のこのピチピチJKの瑞々(みずみず)しくも(なま)めかしい肉体(からだ)を野獣のようにがつがつと貪るがいいさッ! チクショーッ!! 本来の意味での畜生野郎がッ! このむっつりじゃなくてがっつりスケベめッ! ほらァァッッ! やるならやれよォォッッ!」


 立ち上がったと思えば、そのまま大の字になって背中からベッドに倒れ込む。


 ぎゅっと目を閉じ、手足をバタバタさせる。煮るなり焼くなり好きにしろスタイルか。


「あー! あー! なにが異世界の住民だよ! バッカヤロー! 世界が違うとかそんなの知らねぇよ! 先に教えとけよ! なんで幽霊になってまでヤローにチンコ突っ込まれなきゃならいんだよォォッッ!! もう演技なんてしねーからなァッ! フィクションの観過ぎ! 激しいのと乱暴は別物なんだよッ! 分かれよォッ! 胸をがしがし揉まれても痛いんだよ! ソフトでフェザーなタッチを心掛けろッ! 乳首は優しく攻めろ! 噛むなッ! あと、キスはいいけど顔をベロっと舐めるなッ!! たとえイケメンでもその行為がキモいし、なにより後々臭いんだよォォッッ!! クソッタレーッ!! あー!! こんなことなら死ななきゃよかったッ!」


 大の字になったまま叫ぶ。内容はあまりにもアレだが、彼女は自身の中にあるドロドロとしたモノを吐き出すように(わめ)く。()く。


 固く閉じた(まぶた)からは涙が(あふ)れる。零れ落ちて伝う。とめどなく。流れる星が衝突したかのように、瞳の海は荒れ狂う。


「……」


 邑山はそんな沙原の姿からそっと目を逸らす。邪魔をしない。なにも言わず、ただただ彼女が叫びたいだけ叫ばせる。


 それはある種の通過儀礼だ。自らの死を〝本当に〟受け入れるまでの。


 彼女は今、他の誰でもなく、自分自身への怒りや憤りを吐き出している。


「あーーーッ!! なんで!? どうして私! 死んじゃったのかなァァッッ!? お母さんにもっと! お父さんにだって! あー! ごめんなさい!! ごめん! ごめんねェェッッ!! あーー!! なんでこんな風になっちゃうかなァァッッ!?」


 一人の死は多くの人に影響を与える。


 だが、その影響を一番に受けるのは……他でもない当人だったりする。


 それは死の訪れと共に意識が途絶える、レア度の低いその他大勢が知る由のない、()()()での現実。



 ◆◆◆



「……少しは落ち着いた?」


 散々に叫んだ。叫び声が落ち着いた後も、しゃくり上げて泣いた。


 嗚咽だけが部屋を満たす時がしばし流れ、彼女の涙が涸れてきた頃合いに、邑山はそっと声を掛ける。


「……うん。ごめん。突然叫んで迷惑だったよね……でも……ちょっと込み上げてきちゃってさ……」


 ベッドに仰向けのまま。部屋の天井をぼんやりと見やりながら沙原は口を開く。罵詈雑言な叫び以外のセリフを。


「一瞬ビビったけど、別に迷惑じゃないよ。慣れてもいるし」


 変わらない。彼の声色は、線引きした先からの淡々としたもの。乙女の涙に左右されない。狼狽えてもいない。


「慣れてる……か。私みたいに、死んだことを後悔してる人もいたの?」


 泣き腫らした顔。あまりに酷い様相ではあったが、沙原のその顔は徐々に()に戻っていく。


 それは異界の住民となった、なってしまった証の一つ。


 復元。状態の固定化。


 自らの行動や外的な要因などによって変化が起きても、その姿は緩やかに戻っていく。まるで逆再生のように。生前の姿から動かない。動けない。


「そりゃね。病気や事故なんかで亡くなった人の方が多いくらいだし、俺が関わった中で〝自らの死を心の底から百パーセント受け入れて一ミリの後悔もない〟……なんて人はいなかったよ。病気で状態が悪化する前に、あれこれ整理して万全の体制で死を迎えた人であっても、固い決意で自死した人であっても……皆、なにかしらの後悔や心残りがあったよ」


 邑山晴桂は知っている。沙原友希以外の〝事例〟を。


 その特異なボランティア活動の中で、異界の住民となってしまった人々の悲哀や慟哭に触れてきた。


「そう。後悔しない人はいないんだ……」


 だからこそ、彼は改めて告げる。


「ちなみにだけど、()()()()は一度じゃ済まないよ?」


「え?」


 新参者にとっては、酷な話であるのを承知の上で。


「言うなれば発作みたいなものかな。このまま()()を続けるなら、沙原さんはこれから〝あり得たはずの未来〟に接することになる。特に同年代の友達なんかとはすぐに()が付いてしまうだろうし、恋人や好きだった人が別の誰かと幸せに過ごす姿を見たりもする。もしかすると、娘の自死によって両親の心が壊れていく現実を目の当たりにするかも知れない」


「……」


 未だにベッドに大の字で横たわったまま、沙原は熱量のない彼の声を聞く。


「行き交う人々に紛れた時。何気なく街の光景を眺めた時。友人同士や恋人たちの微笑ましい会話を聞いた時。年を重ねて弱っていく両親を目にした時……ふとした拍子に〝どうして私は?〟ってのが込み上げて来る」


「……それが発作? 今みたいに?」


「うん。別にそれだけならいいんだ。でも、いずれ沙原さんは(うらや)むし(ねた)む。そして憎むようになる。普通の人々を。死んでしまった自分を。この世界そのものを。ただ鳥が空を飛んでるのを見ただけでも、憎しみが溢れ出してくるようになる」


 淡々とした口調は変わらないが、邑山晴桂の言葉には確信がある。沙原個人がどうのと指摘しているわけじゃない。重なり合う異界の片隅に留まり続ければ、誰でもそうなる。個々で時間差があるだけ。


「そうなると……私はどうなるの?」


 界隈のルールなどはまるで知らない沙原だが、それでもなんとなしに察している。()()()()()事態が好転するイメージはない。


「最終的には、似たような存在と合流して新たな〝怪異(かいい)〟になる。悪霊や怨霊、魑魅魍魎(ちみもうりょう)化生(けしょう)(あやかし)、妖怪、妖魔、鬼、呪霊……そんな風に呼ばれる連中の仲間入りを果たし、世界の境界を越えて害悪を撒き散らす。ま、その頃には沙原さんの自我なんて残っちゃいないだろうけど」


 人は死ねば終わるのが普通。


 稀に沙原のように普通じゃない場合ある。


 死んでも終わらない。


 そんな稀な存在が、終わることを拒絶し続けた先が……怪異。


 界隈のルール。異界の自然摂理だ。


「……まるでオカルト漫画の世界だね」


「まぁね。どうもこの世界には、フィクションっぽい〝設定〟がそこら中に散りばめられてるみたい。俺だってそんなの知らずに……普通に暮らしてたよ」


 ほんの僅かな揺らぎ。彼の言葉に思いが乗る。できるなら知りたくなかったという願いのようなものが。


「ふーん。じゃあさ、邑山君はそういう()()をいつ知ったの?」


 沙原には心当たりがある。察しながらも聞く。


「……()()()()換算で一年と少し前」


「例の飛び降り騒動の時?」


「うん。そう」


 いわゆる一軍のキラキラ女子だった沙原友希が、陰寄りで良くも悪くも目立たないボッチ男子だった邑山晴桂を認知していた理由。


 それは、彼がマンションから飛び降りるという自殺未遂騒動を起こしたから。


 邑山晴桂は七階の廊下から飛び降りたが、なぜか打撲程度で済んだ。


 沙原友希は十二階建てマンションの屋上から飛び降り、即死した。


 同じような行動を取りながらも、その結果が違った二人だ。


「俺は一命を取り留めたという体になってるけど……あの時に色々とあってね。以来、()()()()()()でボランティアをしてるってわけ。それこそ自己満足で」


「……」


 邑山晴桂の活動。それは沙原からすれば意味の分からないもの。


 そもそも色々ってなんなの?

 どうしてこういう界隈に関ってるの?

 ボランティアってどういうこと?

 具体的に何をしてるの?


 諸々の疑問が浮かぶが彼女は聞けない。


 先ほどの無関心という無色じゃない。今の邑山晴桂には、明確に〝それ以上は聞いて欲しくない〟という色の付いた拒絶があるから。


「……それで? 改めてだけど沙原さんはどうする? 怪異となるリスクを背負って俺の眷属として異界に留まるのか、輪廻(りんね)転生(てんしょう)に望みを掛けてこのまま成仏するのか。それとも、諸々を聞かなかったことにして過ごすという選択もあるといえばあるけど?」


 話は戻る。今の沙原にとっては、選びたくないもない選択肢を提示される。さっさと選べとばかりに。


「えぇと……たとえばの話なんだけどさ。邑山君の眷属ってやつになったあとで、やっぱり辞めますっていうのはあり? あ、辞めるのが無理でも、もう成仏したいですっていう場合はどうなるの? あー……そういうのはちょっと都合良過ぎかなぁ……?」


 彼女は駄目もととばかりに、選択後の可能性を聞く。問題を先送りできないかと足掻いてみる。


「別に? 他の人のは知らないけど、俺のやり方は術者が繋がりを解けばいいだけだから、いつでも眷属化は解消できるよ。あと、眷属だろうがそうじゃなかろうが、沙原さんがもう成仏しますっていうんなら、それもいつだってできる。やろうと思えば今すぐにでも。あと、逆に嫌がる沙原さんを無理矢理眷属として縛り、意図的に怪異を生み出すような真似だってできる。ま、今の沙原さんに証明したりはできないけどね」


 帰ってきたのはそれなりの情報。今の沙原が求める解答もそこに含まれていた。しかし、同時に圧も掛かる。


〝情報は出したよ。あとはそっちで選んで。それもなるべく早くね〟


 そんな邑山の言外の意図が、天井を写す沙原の瞳に浮かび上がってくる。


 目を閉じる。そして、彼女は選択する。


「……分かった。分かったよ。私は……邑山君の性奴隷になるよ。眷属を解消したり、いつでも成仏できるっていうその言葉を信じる。ううん……今の私は信じるしかない……信じることしかできない。ぐす……ごめん、お母さん……私、(けが)されちゃったよ……うぅ……」


 いかにも苦渋の選択という雰囲気を醸し出しながら、両手で顔を覆う。潤んでもいない瞳ごと。その指の隙間はしっかり開いており、そこから陰キャ男子の様子をわざとらしく顔を起こしてチラリと見る。茶番だ。


「……さっきからいちいち挟んで来るけど、別に性奴隷とかじゃないから。そもそも眷属化の際に条件を付ける気もないし、俺と一緒にいる必要すらないよ。っていうか、むしろ眷属化したらどっかに行って欲しい」


 淡々と告げる彼。彼女の戯言(たわごと)には付き合わない。


「酷いッ! 目の前から消えろだなんて! 私のことは遊びだったのッ!? 散々弄んだくせにッ! ちゃんと責任取りなさいよ! 養育費とまでは言わないけど、せめてこの子の認知だけでもッ! 嫌ァァッッ! お願いよォォッッ! 捨てないでぇぇッッ!」


 バネ仕掛けの人形よろしく、一気に起き上がった彼女が迫る。彼の胸倉を掴みながら、わーわーとありもしない昼メロ的な設定を展開する。


「……わりとメンタル強いな、この子」


 沙原友希の小芝居は続く。


 彼女の新たな現実は続く。


 はじまる。



 ◆◆◆

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