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魔導士な彼と眷属な彼女の怪異なる日常  作者: なるのるな
界隈の話

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13/13

4 人に仇為す怪異は

 ◆◆◆



 重なり合いながらも、お互いに触れ合えない世界。境界の向こう側にある異界。


 そんな異界にあっても、ふらりと迷い込んだ程度では辿り着けない領域がある。他者を寄せ付けない結界の中。


 怪異が潜む場所。招き寄せない限りは、誰も入って来れないはずだった場所だ。


「どのような御用件でしょう?」


 虫の音さえしない、似て非なる造り物の領域の中で、振袖を着た幼い少女がこてんと軽く首を傾げながら問う。


 不躾な侵入者に対して。


「「……」」


 問われた側。邑山と沙原は応じない。答えない。無視。


 僅かな沈黙の後、沙原の姿がブレる。


「ふッ!」


 次の瞬間には、幼い少女の眼前に拳。


 ゆうに十メートルはあった距離が瞬きの間に詰まる。踏み込む。


 人体から発せられるには不味いだろう、ごしゃりという衝突音と共に、沙原の拳が少女の顔面を打ち込まれる。


「ッ!?」


 が、その結果は沙原の想定とは違った。


「さて、どのような御用件でしょうか?」


 踏み込んだ足が地にめり込むほどの勢いだったが、少女はびくともしない。沙原の渾身の拳を顔面で受け止めても微動だにしない。


 何事もなかったように、薄く微笑みながら再び問いを発するのみ。


「あー……やっぱりか。ごめん沙原さん、ちょっと下がってて。コイツ、この前の〝子喰い〟やその辺の怪異とは根本的に違うみたいだ」


 邑山の声掛けよりも先に、すでに彼女は跳んでいる。身を守るために。


「痛ぅぅ……ッ! めちゃくちゃ硬い! な、なんなのコイツはッ!?」


 怪異から間合いを取りつつ沙原は(わめ)く。打ち込んだ右の拳が砕け、刺すような激痛に耐えながら。


「どのような御用件でしょうか?」


 一撃を加えて離脱した沙原のことなどまるで眼中にない。


 怪異の少女は真っ直ぐに邑山を見据えたまま、ただただ問いを繰り返す。


「……ふぅ。そんなに()()()に拘るなら乗ってやるよ。俺たちは人に仇為す怪異を退治しにここへ来た。それが用件だ」


「そうですか。では、〝人に仇為す怪異〟とは何処(いずこ)に? この領域には私しかおりませんが?」


 言葉でやり取りしながらも、どこか話が通じていない感が漂う。それはある意味、怪異を相手にする上で当然とも言える現象。


 普段から邑山は沙原に伝えていた。


〝人に仇為す怪異に言葉なんか通じない。そういう段階はとっくに過ぎている〟と。


「そうだ。つまり、俺たちはお前を始末しに来た。別に個人的な恨みはないけど、人を喰った怪異は放置できない」


 だが、この度の邑山は言葉で応じている。怪異に言葉を投げ掛けている。


「人を喰った? 私はそのようなことをした覚えはありませんが?」


「そっちの感覚としてはそうなんだろうけど、お前と〝おしゃべり〟をした人たちは皆死んだ。俺はその状況を〝怪異に喰われた〟と表現したまででね。お前が実際に人を喰らったかどうかじゃない。命が失われた。その結果によってだ」


 淡々とした語りではあるが、怪異に対して丁寧に言葉を重ねる邑山。


「……」


 その状況は、沙原からすれば()()()()()と映る。


 そこまで付き合いが長いというわけでもないが、使い魔となった彼女は、主である彼の怪異に対する姿勢を知っている。


 邑山晴桂には線引きがある。


 人に仇為す怪異か否か。


 彼の判断基準はそこ。


 強い力を有する怪異であっても、人に危害を加えないなら知ったことじゃない。放置だ。


 だが、逆は許容しない。


 たとえ力の弱い怪異であっても、人に危害を加えればアウト。人喰いとして退治だ。


 ある意味、単純明快な線引きとも言える。


 だからこそ、今回も問答無用とばかりに、怪異と言葉を交わすことなく沙原は仕掛けた。他でもない邑山の指示で。


 なのに今、彼は〝言葉〟を使っている。


「私とおしゃべりをした人たちが死んだ? しかし……それは当たり前のことでは? 人間の寿命は短い。そもそも人は死ぬものでしょう?」


 怪異たる少女は微笑んだままの顔で応じる。言葉を紡ぐ。


「いや、亡くなった人たちはお前とおしゃべりをしたことが原因で死んだんだ。決して寿命で亡くなったわけじゃない」


 らしくない邑山も言葉で返す。お前という怪異によって人が死んだのだと、丁寧にその一点を重ねて伝える。


「……そうですか。それが事実ならば悲しいことです。ニンゲンというものは、なんと脆く儚いのでしょう。ただ一時のおしゃべりだけで命を散らすなどと……哀れな……」


 微笑みを維持したままに、着物の袖で目元を拭う仕草をする怪異(少女)


 それらしいことを口にしているが、その姿、その仕草。


 やり取りを訝しみながら見守っていた沙原は、その瞬間、目の奥にカッと火花が散る。


 怒りだ。


 怪異(コイツ)は人を殺したことをなんとも思っていない。


 直感的に理解してしまった。


「こ、このォォッッ!! ぁぅッ!?」


 激情に駆られ、思わず飛び掛かろうとした沙原だったが、その足は大地に縫い付けられたかのように動かない。動かせない。


「まぁまぁ沙原さん、ちょっと静かにしててよ」


 それは邑山が軽く手を上げ、使い魔の動きを制した結果だ。


「む、邑山君ッ!?」


 彼女には困惑。体が動かせないことではなく、主たる彼がそれをしたという事実にこそ。


 なんだかんだと言いながらも、邑山は眷属である彼女を力で縛るような真似は一切しなかったから。


 少なくともこれまでは。


「人間を哀れだと思うなら、今後は〝おしゃべり〟を止めてくれないか? お前が自らの異界に閉じこもり、外に出て来なければ犠牲者は増えない。どうだろう?」


 困惑する沙原を華麗にスルーし、彼は怪異に〝落しどころ〟を持ち掛ける。言葉で。


「? なぜ? ニンゲンが死ぬのはニンゲンの勝手でしょう? なぜ私が、()()()()()を気にしないといけないの?」


 一方で、落しどころの提案を受けた怪異の少女は、その提案の意味すら分からない。言葉は通じても分かり合えない。それは人と怪異の間に横たわる断絶。


「そうか。ま、期待はしてなかったよ。さて、それじゃあ沙原さん。とりあえず帰ろっか? もう俺たちがここにいる理由はなくなったみたいだ」


「は、はぁァッ!?」


 沙原からすれば、突然の切り上げ宣言に納得いくはずもない。


「もちろん、沙原さん的に納得いかないのは百も承知してるよ。諸々は後でちゃんと説明するから……」


 だが、今になって沙原ははたと気付く。


 邑山の顔が〝無〟であることに。そこには薄らとした不機嫌さがある。


 感情を抑えるために、敢えて淡々と作業を進めようとしているかのような意図が透ける。


「……分かった。でも、ちゃんと説明してよね?」


 動かせるようになった足を大地から離し、彼女は邑山の横へ……()()()と歩いて行く。一先ずは沙原も飲み込んだ。


「それで? そちらの御用件はお済になりましたか?」


 張り付けたような微笑みのままに怪異は問う。自らの領域に侵入してきたニンゲンたちが、このまま出て行くことを察しながら。


「ああ、終わったよ。この場でお前を滅したところで意味がないのが分かったから。ま、これでお互い、もう二度と遭うこともないだろうさ」


「そうですか。では、さようなら」


 怪異はその意味を理解していない。不躾なニンゲンが自らの領域に侵入し、ただ出て行くというだけ。


 邑山は怪異に対して、もはや言葉を投げない。説明などしない。そのまま沙原を連れて怪異の巣から出て行くだけ。帰るだけ。


 瀧川から託されたバトン。正式に判明しているだけで十年以上前から続く、不慮の事故や病死に擬態した怪異事件。


 その〝バトル〟ターンは、こうして終わった。



 ◆◆◆



 ……

 …………

 ………………



 静かな異界。


 しばらく前に、招いていないニンゲンの侵入はあったが、なにをするでもなくそのニンゲンは出て行った。


 その際に、ニンゲンに憑いていた霊体に軽く撫でられはしたが、特になにを思うこともない。


 大正ロマンなどと称される、明るい色調に薔薇をモチーフとした幾何学模様の着物を身に纏う怪異(少女)は、静けさを取り戻した異界の神社にて佇む。


「あのニンゲンは要らなかった。不自然」


 ぽつりと呟く。誰に聞かせるわけでもない言葉を。


 怪異はニンゲンとの接触を望むが、あのニンゲンのような不自然な者は好まない。


 なにしろ、生気を奪えないから。


 怪異にとっての自然とは、接触(おしゃべりを)したニンゲンの生気を吸うこと。


 侵入してきたニンゲンは、いかにおしゃべりをしようともビクともしなかった。仕向けても奪えない。


 あんなニンゲンの相手をするのは不快だ。それが怪異の反応。


「……そろそろ〝おしゃべり〟をしようかしら?」


 不自然なニンゲンの相手をしたからなのか、怪異は思う。次の獲物を探そうかと。


 つまるところ、邑山の前で言葉が通じていないような振る舞いをしていたが、怪異は分かってやっていただけ。少なくともこの少女はそうだ。


 怪異なる少女はニンゲンの生気を奪う。喰らう。


 どのような〝症状〟が出るかは喰われた側のニンゲン次第ではあるが……結果として、喰らわれたニンゲンは遠からずに死ぬ。怪異はそれを理解している。そこになんの痛痒もないというだけ。


 なぜならば、彼女はニンゲンを知らないから。感情を理解できない。生き物の生理現象すら分からない。


 喰らったニンゲンが死んだところでなにを思うこともない。一人の命が失われ、どれほどの影響があるかなど、怪異には理解できようはずもない。


 だからこそ、十年以上にわたって自らを追い続けるニンゲンがいることも、自らを滅ぼす方法を知るニンゲンがいることも……怪異は知らないまま。当然に危機感もない。


 自分がすでに詰んでいることに気付きもしない。


「ん? あれ? 出れない? なぜ……?」


 異界は閉ざされた。


 怪異は、もはや〝外〟に獲物を探しに行くことはできない。ニンゲンとおしゃべりをする機会はもうない。


『哀れだね。元々は多くの人に愛された存在であったのに……こうも醜悪な怪異と成り果てるとは』


「ッ!? ……誰?」


 閉ざされてしまった静かな異界には黒猫がいる。


 しかし、怪異には〝視えない〟。神使様の情けにより、その御声を届けてもらっているだけ。


『お前を愛してくれた人の子の喜びを、お前は間近に見てきたはずだ。お前のそばには確かな愛と幸せがあっただろう? お前とて愛でてくれる人の子の期待に精一杯応えようとしていたはずだ。一体どこで間違えた? どこに今のお前へと至る道があった? お前は怪異などにならず、ただただ人に愛され、人の子の笑顔の中で役割を全うして朽ちていくべきだった』


 神使様の御言葉には、微かな憤りが混じる。他にも道は在っただろうと諭すように語り掛ける。


「誰!? どこにいる!? ここは私の領域だ!!」


『違うね。ここはすでにボクの領域だ。あくまでボクはこの世界の居候でしかないけれど、異界の中では多少の自由が利く。お前ごときじゃどうすることもできない』


 その異界はすでに神使様のモノ。元の世界からすれば比にならぬほどに制限されているが、多少の力がある程度の怪異が神使様に逆らえるはずもなし。


 邑山晴桂は言った。もう二度と遭うことはないと。言葉通りだ。


「なぜ!? どうして外に出れない! お前は何者だッ!?」


 異様な状況に際し、怪異の少女は外へ出ようと右往左往。


 また、自身は他者の言葉を聞き入れる気などないくせに、己は相手を言葉で問い詰めるという身勝手。


 自らのそんな言動に疑問を抱くことすらない。


『多少の力、多少の知恵を得たところで、所詮はこの程度か。本当に哀れだね。こいつを愛した人たちの努力が報われない。こんなヤツを生み出すために……大事にしてきたわけでもないだろうに』


 神使は取り合わない。黒猫の姿をしたネロは、この怪異を閉じ込めて外に出さないようにと頼まれた。


 個人的な思惑としては、ハルからあれこれと指示されるのは気に入らないが、今回のような場合は別。


 むしろ神使様の心情としては、どちらかと言えば沙原に近い。この怪異を思い切りぶちのめしてやりたい。


 が、それが無意味であるのをネロは知っている。


 異界の中でこの怪異をどうにかしても無駄。


「なにを言っている!? ここから出せ!! 私はニンゲンのところへ行かないといけないんだ!!」


『ふぅ……本当に一体どこで歪んでしまったのやら……人に愛され、人に求められたモノでありながら、歪な欲望を抱き人を喰らうようになるなんて』


 時間(とき)が来た。


 自らの異界の中で、本来なら有り得ない不自由を強いられて混乱する怪異たる少女。


 ハルもネロも、この怪異を異界に閉じ込めて終わりにはしない。


 どのような理由があれど、人に仇為す怪異は始末する。その一点はブレない。


「あッ!? な、なに!? これはッ!?」


 突如として現れたのは火。怪異が身に纏う振袖が燃えはじめる。


『お、どうやら思っていたより早かったみたいだ。今回はハルも腹に据えかねてたのかな?』


 静かなる異界。閉ざされた領域。


「ぐぎゃァッ!? あ、熱い熱いッ!! 燃えてる!? 燃えてしまうッ!? 止めて! 止めてぇぇぇッッッ!!」


 悲痛な叫びだけが響く。


 だが、当然のことながら、どれだけ悲鳴をあげたところで、怪異を助ける者などいない。誰も手を差し伸べたりはしない。


「ぎゃァァッッ!! ひ、火がッ! 燃えるのはダメェェッッ! 駄目なのよォォォッッ!!」


 沙原の渾身の拳を受けても崩さなかった微笑みが、今は見る影もない。必死の形相で、少女は身を焼く炎を消そうともがく。悲鳴を上げながら地を転がる。


 無駄。


 火は消えない。そんな気配もない。


 はたこうが、地を転がろうが、たとえ水を掛けても結果は同じ。


 その火は現実の炎。異界での出来事に非ずだ。異界にいるモノが干渉できるはずもなし。


『本能みたいなものなのかな? 火に対しての恐怖は持ち合わせていたのか。自らが焼失する恐怖があるなら……他者の命が失われる意味も理解できたはずだろうに……』


 神使ネロは哀れむ。それは怪異によって失われた命への追悼であり、目の前でのたうち回る怪異への憐憫でもある。


 断末魔の叫びを聞きながら、ネロは静かに佇む。怪異が焼き尽くされるまで。



 ◆◆◆



 ……

 …………

 ………………



「これが……その、付喪神(つくもがみ)の本体?」


 とある物が燃えるのを見やりながら、沙原は隣にいる邑山に問う。


「うん。この着物がやつの本体。あの異界にいた怪異は……遠隔操作のドローンとかラジコンみたいなものかな? あれをいくら壊しても、本体をどうにかしない限りまた現れる」


 山中にある忘れられた廃寺。参拝用の石造りの階段すらも、もやは鬱蒼とした草木に吞まれつつある。


 寺の敷地内もすでに山の一部と同化しており、寺院の残骸が草木の隙間から顔を出している程度だ。


 本来であれば、そんな場所で火を扱うなど言語道断なのだが、遠慮なく邑山は火を放っている。


 燃やしているのは着物。鮮やかな色使いの子供用の振袖だ。


 辛うじて形を保っていた寺の土蔵(どぞう)の奥、なぜかその着物だけが野ざらしでありながらも、当時の美しい姿を保ったままだった。


 見る者が見ればすぐに分かる。知識のない沙原でもピンときた。その振袖は、それほどまでの〝気〟を放っていたから。


 怪異に言葉は響かない。言葉が通じているようで通じない。


 基本的に怪異とは、強い怨み、強い憎しみ、強い悲嘆、無常なる世への怨嗟の声などなどが寄り集まったモノ。集合体。


 人の姿をし、人の言葉を扱おうとも、その存在は強い強い想いに支配され、その想いに引き摺られている。抗えないほどに。


 言葉で通じ合い、言葉のみで怪異を説得するなど不可能だ。


「人の発する負の感情をベースとする怪異を、言葉だけで抑制なんてできない。そういう意味で言葉が通じないと言われてる。でも、別に怪異は元・人間に限らないからね」


「……確か、前に出会った〝山の神様〟も、本質的には怪異だって言ってたよね?」


「うん。ああいう自然発生的な力ある怪異にしても、基本的に言葉は通じない。魔力なり異能なりを介して、大雑把にコミュニケーションが取れる可能性があるってだけ。今回については、元・人間でも、自然発生的な神様系でもなく、人の想いが降り積もり、人工物が怪異へと変貌したケースだね」


 振袖を着た少女の怪異。


 かの者は元・人間でもなければ、超自然の存在でもない。別の可能性から怪異へと至ったモノ。


 付喪神(つくもがみ)などと呼ばれる、長い年月を経た道具に魂が宿るというあれだ。


 少女ではなく、あれは()()の怪異。


「私、着物の善し悪しなんて分からないけど……すごく綺麗だったよね」


「そうだね。俺も着物のことは分からないけど、鮮やかで綺麗だなって思った。どういう経緯でこの廃寺の土蔵に辿り着いたのかはさっぱり分からないけど……そうなる前は、丁寧に、大切に扱われていたように思う」


 寺の敷地だったと思われる場所にて、燃え逝く着物を見つめる二人。


「……なんていうのかな? こう……代々大切にされていた着物に魂が宿って、かつて着物を大好きだと言ってくれた子供に会いに行ったりしてさ。で、その子はもうお婆ちゃんになってて、驚きながらも、目の前に現れた付喪神と交流して、かつて着物を着ていた子供時代を懐かしんで幸せな気持ちになる……とか、そういうハートフルな展開になる感じじゃないの? なんで無関係な人を襲う怪異になるわけ?」


 沙原はどうにも納得できない。その経緯は分からないにしても、人に大事にされていただろう着物が魂を得て、どうして人を喰らうんだ。もっとハートフルな展開はいくらでもあるだろと、声を大にして言いたい。


「いや、俺に言われてもねぇ……そりゃそういうハートフルな展開の方がいいに決まってるし、実際にそういうケースもあるとは思うよ? でも、そもそもそういう怪異は瀧川さんの異能に引っ掛からない気がする。俺や瀧川さんが関わる時点で、そういうハートフルなやつは除外されてそう」


 沙原の望むハートフルなオカルト漫画的展開はどうやら遠い模様。


「はぁ……分かってはいるんだけど、今回の件はちょっと納得いかないわ……」


 今回の怪異の正体は付喪神。長らく愛された着物に魂のようなナニかが宿り、それが怪異へと変質したのだという。


 沙原は思う。


 人の手で生み出され、人によって大切にされてきた物が、怪異となって人を襲うというのはどうにも引っ掛かる。飲み込めない。


「考えても仕方ないよ。俺や沙原さんの〝納得〟なんて、この世界の設定は特に考慮しないってだけさ。怪異の来歴や行動原理なんて、どうしたって理屈じゃないんだし」


「……結局、このモヤモヤは自分で抱えないといけないってわけね」


 勝手な先入観や偏見により、彼女は〝付喪神〟という存在への期待値が高かっただけ。


〝人に大切にされてたんだから、人を襲うなよ〟


 それはあくまで、沙原個人の価値観に過ぎない。


「そうは言うけどさ、人間だって同じだよ。他でもない俺や沙原さんには……その心当たりがあるでしょ?」


 この度、着物の怪異を相手取る際には、実のところ邑山にも嫌悪があった。それは沙原が感じた憤りなどではなく、同族嫌悪のようなもの。


「え……?」


 そこには砂を舐めたかのような、ざらりとした不快感がある。


「かつての俺は愛されていた。自分が思い描く形じゃなかったかも知れないけど、両親をはじめとした周りの大人たちに大切にされていたのは確かだ。でも、俺は身勝手なガキの判断でそれらを自ら投げ捨ててしまった」


 邑山晴桂の後悔。


 今や彼はベツモノに成り果ててしまった。その在り様は受け入れているし、そう悪いモノでもないとも思っているが、それでもかつての己の判断を悔やんでもいる。


 もし、あの時、思い留まっていれば……。


 勇気を振り絞り、素直に〝助けて〟と周りに言えていたら……。


 家族と向き合って、きちんと話ができていたならば……。


「ほんの少しの行動の差だよ。その差によっては、もしかすると、俺は今でもただの邑山晴桂として普通に生きられたのかも知れない。もちろん、他のことで躓いて、また違う理由で駄目になってた可能性もあるけどさ」


「……」


 すでに着物は燃え尽きた。怪異は滅した。黒ずんだ残骸が熱を持ち、微かに煙は吐き出しているだけ。


 陽も傾き、暗くなっていく周囲に合わせるかのように、沙原の内なる視界にも暗幕が下りてくる。心が騒めく。


「…………ふぅ。不意にそういう話をするの……ちょっと酷くない?」


 邑山の後悔の吐露は、それそのまま彼女の後悔に繋がる話だ。


 自ら命を絶ち、異界の住民となってしまった沙原友希。


 彼女の発作を誘発する話題。


「ま、意地が悪いのは自覚してるよ。でも、この着物の怪異にだって、もしかするとボタンの掛け違いみたいな、ほんの些細な選択による分岐点があったのかも知れない。沙原さんが、そういう事情をすっ飛ばしてプリプリしてるから、ちょっと物申したくなったってわけ」


「……はいはい。そう言われると、確かに私が浅はかでした。でもさ、この怪異が人を喰う碌でもやつなのは事実でしょ?」


「そりゃそうだよ。仮にどんな事情があろうが、人に危害を加えた時点でアウトだね」


「だったら、物のついでみたいにトラウマ的な私の後悔を(えぐ)らなくてもよくない?」


「折に触れて過去を振り返るのは大事かなと……」


「いちいち言われなくても十分以上に分かってるって」


「いや、最近の沙原さんは、どうも幽霊生活に馴染み過ぎてるから……」


「べ、別にそれはそれでよくない? そ、そういうこと言うならさぁッ! 邑山君だって、私への態度が〝ザ・使い魔〟って感じになってるんだけどッ!?」


「いやいや、それこそ別によくない? 実際のところ、沙原さんは俺の眷属で使い魔なんだし」


「ちょっと! なんで開き直ってるのよ!? 普段から〝俺は沙原さんを眷属として縛るつもりはない(キリッ)〟とか言ってるじゃん!」


「まぁまぁ、それはほら、ケースバイケースってことで……」


「あーー! 腹立つなー!! 色んな意味で〝都合のいい女〟扱いされてる気がするーーー!!」


「ちょ! (ひと)()きが悪いな! それは普通に意味が違うだろ! そもそも色んな意味なんてないし!」



 邑山と沙原のオカルト漫画な日々は続く……のか?


 

 ◆◆◆

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