3 異能が導いた先
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昔からの戸建てと新興住宅とがせめぎ合っているかのような、少々まとまりのない雑多な住宅地。
そんな住宅地の中に、古くから地域を見守っている神社がある。
石段や鳥居、お社自体は年季を感じさせる佇まい。
社務所などはなく、常駐の神職もいないながらも、境内はきちんと手入れもされている模様。
整然と木々が立ち並ぶ落ち着いた雰囲気を醸し出しているのだが、境内には子供用のすべり台とブランコ、休憩用の東屋も見え、厳かな神域というよりは、ご近所さんがふらりと立ち寄る散歩コースのような印象だ。
そんな神社の境内に邑山と沙原はいる。平日の午前中に。
傍目には、近隣では見掛けない未成年男子が、一人で神社に佇むという絵面。
不審者通報待ったなしだ。
〝普通〟であれば。
「結局のところさ、瀧川さんからのバイトはこっちが本命だったの?」
ブレザータイプの制服姿。いかにもな女子高生という沙原が、子供用のすべり台の上から声を掛ける。
「結果的にはそうなるね。瀧川さん自身がどこまで分かっていたのかは微妙だけど」
すべり台の下から、健康的で健全ながらも、まったくもってけしからん生足をぼんやりと眺めながら応じる邑山。
「私は瀧川さんをよく知らないけど、邑山君はいいの? その……なんていうか、こんな風に騙されてというか、誘い込まれて利用されるというか……どうせなら、はじめからちゃんと言ってくれればよくない?」
憤りがある。
沙原からすれば、邑山が体よく利用されたようにしか映らない。
瀧川のやり方に腹が立つ。
塩谷雄大君の件にしてもそうだ。
あの子の異能は成長と共に徐々に弱くなっていた。放っておいても、しばらくすれば自然と自身の異能に折り合いを付けられたかも知れない。
更に言えば、それ自体が特殊な才能に違いはないが、そもそも雄大君の異能は、界隈の専門家に興味を惹かれるほど強くなかった。せいぜいが俗世の〝霊能力者〟といったところ。目新しさや特異性もない。
雄大君の異能が発覚したのは、あくまで雄大君自身が、それらをきちんと言語化できるようになったからでしかない。周囲に強い影響があったわけじゃない。
不幸だったのは、塩谷父が界隈について半端に知っていたということか。どうにも過剰に反応してしまった。
界隈生活の長い瀧川であれば、事前にその程度の事情は分かっていたはず。
それが実際に雄大君と面談した邑山の所感であり、沙原も彼から聞かされていた。
「はは。沙原さんがそう思うのも仕方ないけど、瀧川さんはああ見えて優しい人でね。たぶん、混乱する両親……特にお父さんを落ち着かせるために、〝外部から別の人を呼んで話を聞く〟というワンクッションを挟んだのは純然たる善意からだったと思う。聞くところによると、あの塩谷のお父さんは幼い頃、例の元締め組織の圧力に追い詰められ、自分の父親が自死するという強烈なトラウマがあったようだからね」
「え、えぇ……? そ、そうなの? で、でもでも、そういう事情があるなら、なおのこと瀧川さんが事前に説明してくれれば……」
さらりと明かされる塩谷父の悲惨な過去。
ヒステリックに〝息子の異能を消してくれ〟としつこく繰り返していた彼の印象が、沙原の中で若干修正される。
ただし、それはそれとして、瀧川の方は、別に事前に話をするくらいはできたじゃないかとも思う。
「そこがあの人の異能の厄介なところでね。瀧川さんの異能は使用者の意思で完全に制御できるモノじゃなくて、ゲーム性が強いというか、迂闊に勝手に動けないというか……微妙に使いにくい代物なんだよ」
「はい? 事前に説明できないのが異能の所為?」
瀧川の異能。
直感的な感知能力の発現。人や物、状況に対して違和感を察知し、その違和感を数珠つなぎのようにして目的のモノを探し当てる、辿り着くというもの。
彼が失せもの探しのエキスパートなどと呼ばれる所以でもある異能。
「瀧川さんの異能は、選択を間違えなければ目的へと連れて行ってくれるけど、その過程の詳細は分からないんだってさ。しかも、そのよく分からない過程の中で、これまたよく分からないままに選択を迫られる。選択をミスればゴールに辿り着かないけど、そもそも自分の選択が正解だったのかどうかもすぐには分からない。更に、彼の異能は複数の案件を同時並行的に処理するらしく、ある日、自分が想定していたのとは別の案件のゴールに、唐突に辿り着いたりもするんだとか……」
瀧川から聞いた、彼の異能の特性をつらつらと語る邑山。ただし、邑山とて瀧川の異能の全容を知らない。というより、説明を聞いても理解できない。
「は、はぁ? なにそれ? 罰ゲームかなにか?」
沙原の素直な感想。
異能を〝便利な超能力〟として捉えていた沙原には、使用者本人に対してドッキリ成分がある異能など、聞かされてもピンと来ない。意味が分からない。バラエティ番組のクイズか。あるいは体験型のミステリーツアーか。
「ははは。意味不明でしょ? でも、瀧川さんはそんな異能に振り回されつつも、数々の行方不明者や遺失物を探り当ててる。今回にしたってそうさ。当初は塩谷雄大君の……言っちゃ悪いけどショボい案件に過ぎなかったのに、最終的に瀧川さんは十年以上も前から追っていた怪異に辿り着いた。そして、怪異を始末できる俺を差し向けるのに成功した。常日頃から感覚を研ぎ澄まし、決して些細な違和感を見逃さず、異能が突き付けて来る理不尽とも言える選択肢を間違えなかった結果だよ。しかも今回、瀧川さんは一銭の儲けにもならない。ただただ怪異の犠牲になった人の無念を晴らすというだけ。はは、色んな意味で結構すごい人なんだよ」
語る邑山には敬意がある。瀧川という異能者への心からのリスペクトが。
彼の異能が導いた結果に文句などない。
結果として、ただ利用されるという形になっても、そこに悪意がないのは分かっている。
瀧川という男は取引には誠実だ。ただ、己の異能によって、行動を色々と制限されているだけ。
「そ、そんな事情が……? ええっと、じゃあ雄大君の件も、瀧川さんの異能による選択だったの?」
「どこまでが異能の影響だったのか……真相は瀧川さん本人にも分からないみたいだけどね。ま、瀧川さんが塩谷さん一家に寄り添おうとしたからこそ辿り着いた。それは間違いないと思う。もし、塩谷父に『心配いらない。もうじき雄大君は異能と折り合いを付ける』と告げるだけだったら、俺をわざわざ仕込みとして呼び出さなければ、雄大君から直接話を聞かなかったら……」
すべり台の上に立っていた沙原が跳ぶ。転落防止用の柵を軽々と飛び越えて見せる。
ふわりとスカートをたなびかせながら、あり得た可能性のタラレバを語っていた邑山の、主の横に着地する。
敵を見据えながら。
「……コイツには辿り着かなかったってわけ?」
「たぶんね」
住宅地の中にある、近隣住民の憩いの場でもある手入れの行き届いた、古い神社の境内。
そこはすでに異界。限られた者しか立ち入れない空間。
境内に鎮座する、しめ縄が巻かれた大きな大きな御神木。その陰からこちらを覗き見るのは、晴着姿の小さな女の子。
むろん人に非ざるモノ。
化生。
怪異。
◆◆◆
振袖を着た幼い少女の怪異。
異能や怪異を取り仕切る元締め組織の正式な記録に残る限りでは、その怪異が確認されたのは十二年前。
しかし、一部の専門家は、目撃情報の振袖の柄や小物類などから、大正時代に境界を越えて具現化した怪異ではないかと見ている。
ただ存在しているだけならば、別に誰も何も言わない。どうぞご勝手にというだけだが、その怪異は人に危害を加えた。
犠牲者が出た。
人を喰らった。
しかも、怪異に喰われた者の症状も多種多様ときた。
ある者は異能を失った。
ある者は常に視界の端に着物姿の少女を見るようになった。
ある者は言葉を発せられなくなった。
ある者は持病が悪化して臥せってしまった。
ある者は次々に家族の不幸に見舞われた。
ある者は財産を失った。
ある者は交通事故に巻き込まれた。
正直なところ、症状の中には怪異との因果関係が微妙なものも含まれているのだが……確認されている限り、怪異との遭遇によってこれらの症状が出た者らは、早くて数日、遅ければ年単位の経過後に不審な死を遂げている。
症状の微妙さと時間差による不審死という状況により、同一怪異による被害として長らく認識されなかった模様。
しかも、怪異が現れる場所、時間帯、被害者の年齢や性別、怪異との遭遇に至る経緯なども事例によってばらばらであり、それぞれの事例を関連付けての調査などはされない。個別に処理されて終わり。
塩谷家の、塩谷雄大君の異能問題に一応の決着が付いた後のことだ。
邑山はぶーぶーと文句を垂れる沙原を遠ざけ、瀧川と二人だけで〝続き〟であり〝本命〟となる話をしていた。
「症状の微妙さもそうだが、そもそも〝着物姿の幼い女の子の幽霊〟なんてのは、それこそ日本全国津々浦々、どこにだってある怪談話だ。まさか、同一個体が各地をふらふら彷徨ってるなんて思わないのが普通だろ?」
「まぁ確かに。だけど……実際にいたわけですよね? そういう稀有な怪異が」
「ああ。この怪異が出現する場所や時間帯には規則性がない。だが一つだけ、事例には共通点があった。行動原理が判明した」
滝川は、自身の扱いにくい異能の導きによって気付いた。気付かされたというべきか。
「事例の共通点ですか?」
「そうだ。この怪異は〝異能者〟の前にしか現れない。つまり、被害者はすべて異能持ちってわけだ」
事例の共通点。それは被害者が〝異能者〟であること。
邑山のように技術に基づいて魔力を扱う者は対象外。
この怪異が狙うのは、先天的な才を持つ者たち。天然固有の異能持ち。
だが、たとえ先天的な異能者であっても、瀧川のように自身の異能の術理をある程度理解し、それなり以上に使いこなしている者も対象外だ。
だからこそ、長らく存在を隠せていた。発覚しなかったと言える。なにしろ、件の怪異は〝専門家〟の前には姿を現さないのだから。
「もう十年も前の話だ。俺の知人の娘さんが突然倒れてな。治療の甲斐もなく、そのまま意識が戻らずに病院で亡くなった。まだ中学生という若さでな。それだけなら〝不幸な話〟で終わるんだが……その子が倒れて意識を失う少し前、『着物姿の女の子の幽霊を見た』『誰もいない通学路で話をした』『全然怖くなかった』なんて話をしていたらしくてな」
「そこに瀧川さんの異能が反応したと」
邑山の合いの手に頷く瀧川。
「ああ。塩谷雄大君のパターンと同じさ。その子の親も以前、我が子の異能を心配して俺に依頼をしてきたクチでな。当時の俺の見立てでは、その娘さんは〝異能者〟と呼ぶには微妙な力しかなく、組織に目を付けられるほどでもない。成長と共に異能は弱くなるから問題ないだろうという話で終わっていたんだ。……だが、その一年後に彼女は怪異と遭遇して落命した」
世間一般から好意的に受け入れられる才能であれば、諸手を上げて喜ぶ親も多いだろう。
ただ、親自身にもよく分からない異能などという異質な力を前にすれば……混乱するのは人として、親として当たり前の話だ。
そういう親からの依頼が、巡り巡って瀧川の下へと届くことがあるのだとか。
塩谷家もそうだったが、過去にも似たような依頼を彼は受けていた。
その内の一つが発端。はじまり。
「天然の異能者が狙われている……という直感?」
「理屈は未だに分からんが、俺の異能はそう判断した。そして、俺は元締め組織や知り合いの警察関係者にも頭を下げ、事故や不審死の情報を異能の反応で繋ぎ合わせ……その内のいくつかが、〝着物を着た少女の怪異〟という同一個体が引き起こした事件だと突き止めた。明確な意図を以て人に仇為す、特殊怪異による仕業だとな」
瀧川は、記録に埋もれたありふれた事故や不審死のいくつかを、同一怪異による連続事件だと看破した。
まさにオカルト漫画の異能探偵のごとくだ。
瀧川の指摘を受け、関係者らもそれなりに動く。
〝着物姿の少女の怪異〟について、調査を開始する。
しかしながら、進展はそこまで。事態は停滞した。
時折思い出したように異能が反応を見せるが、具体的な解決に辿り着かないまま、ただただ年月だけが通り過ぎていく。
「はっ。結局のところ、野良の異能者の音頭じゃ、元締め組織も警察関係者も本腰を入れたりはしなかった。それなりの情報が集まって終わりだ」
彼にも忸怩たる思いはあるが、表に出て来るのは諦念。世俗のしがらみの諸々については、あるところで仕方ないと割り切らなければ長生きはできない。身を以てそれを知る程度には、瀧川という男は酸いも甘いも噛み分けてきた。
「公には、その怪異は〝脅威〟じゃなかった?」
「ああ。判明しているだけで、被害者は年に一人か二人。警察関係者からすれば、市や県という管轄を大きく跨いで活動する怪異であり、被害者にしても、一見すれば事故や病死でしかない。膨大な事案の中から、即座に怪異の存在を証明できるほど公的な異能者は多くないし、そもそも怪異や異能なんてモノは存在しない前提だからな。異能の元締め組織にしても、被害者が短期間で同じ地域に集中しているならいざ知らず、市や県を跨いで年に数人程度の犠牲者じゃ動こうともしねぇ」
怪異の活動範囲や頻度、犠牲者の数、対応側の人手不足などにより、事実上放置されることになった怪異。
それでも瀧川は異能の反応を追う。怪異への手掛かりが途切れないようにと追い続けた。決して諦めなかった。
そして、彼は突然辿り着く。怪異を滅する機会に。
「ふぅ……俺の異能の最後の一片が……お前だったってことなんだろうな」
ぼそりと呟く。
その一息には、こびりついた疲労を含め、瀧川の万感の思いが込められていた。
「さて、それはどうですかね? 推定で百年以上も存在している怪異を、俺なんかがなんとかできるとは思えませんけど?」
すでに〝終わった感〟を醸し出す瀧川に邑山は釘を刺す。まだ終わりじゃない。人任せで勝手に終わるなよというところ。
「ふん。よく言うぜ。お前……この間、組織の連中が長年追ってた〝子喰い〟のヤバい怪異を始末しただろ? しかも、専門家たちが〝手遅れ〟だと判断した、被害者にカウントされそうだった男の子の意識まで取り戻して見せた。後遺症もなくな。本当に見事なもんだよ。専門家連中は未だに全容を解明できないままだ。あれはお前の仕業だろ?」
「……」
心当たりしかない。実際に怪異に止めを刺したのは沙原だったが、邑山としてはなにも言えない。
そんな彼の様子を気にすることもなく、瀧川は確信している。自身の異能の導きには不明瞭な部分も多いが、今回については間違いないと。
「ま、これ以上の詮索はしねぇさ。ただ……後は任せた。あの別嬪なお嬢ちゃんにも、よろしく伝えといてくれや」
それなりの厚みがある封筒を邑山に押し付け、瀧川はゆっくりと歩き出す。去っていく。もう振り返りもしない。
勝手に背負い、勝手に気苦労を抱えて来た、誰に頼まれた訳でもないまさに自分勝手な案件ではあったが、今、滝川は解放された。
これまでの停滞を考えれば、彼自身もこんなタイミングでゴールを迎えるとは思っていなかったが……一つ、肩の荷が下りたのは間違いない。
「はぁぁ……押し付けられたか」
軽い足取りとまではいかないが、どこか安穏とした瀧川の後ろ姿を見送りながら、邑山は邑山で一つため息が漏れる。
『わざわざ遠ざけたのに、あのニンゲンは沙原のことに気付いていたようだね。ふふ。ハルの〝隠蔽〟は意味がなかったかな?』
足元には黒猫。長い尻尾をゆったりと揺らしている。神使様。
瀧川の指摘について邑山を笑う。
「うるさいな。別に俺だって、瀧川さんに隠し通せるとは思ってなかったさ」
負け惜しみ。邑山としては、沙原の存在は可能な限り〝専門家〟には秘匿しておきたかったが、瀧川にはあっさりとバレていた模様。
『ま、別に問題ないんじゃないの? あの瀧川ってニンゲンは、力ある者の義務と孤独を理解している。見た目は貧相なオッサンだけど、その魂はいたく高潔だよ』
「いや、今は見た目が貧相とかわざわざ言う必要ないだろ? 褒めるなら普通に褒めろよ……」
なにはともあれ、瀧川からバトンを託された邑山は、沙原曰くのオカルト〝バトル〟漫画をすることになりましたとさ。
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