2 理由
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一夜が明けた。邑山(と沙原)は瀧川に連れられ、今回の依頼人と改めて正式に対面する。
家族暮らしが概ね前提となった、戸建てが並ぶ住宅街。その内の一つにお邪魔している。
「瀧川さん、まずはありがとうございます」
少しくたびれた表情の見える男。父親。リビングで瀧川たちと対面している。
「今回は仕事として動いている。まぁ気にしないでくれ。で、こいつが助っ人の〝ハル〟。ハル、この方が依頼主の塩谷俊介さんだ」
控えめに軽く頭を下げる邑山。バイトの際、彼は瀧川以外に本名を名乗らない。ハルという通称で通す。それも元々は瀧川からの提案であり、お互いの保身を考えてのこと。
依頼主の塩谷もそれなりに〝界隈の事情〟を知るため、あきらかに年若い邑山の姿を見ても、そこまで気にはしない。そもそも我が子も同じ。異能に年齢は関係ない。
「それで、その……ハルさんなら、息子の異能をなんとかできるんでしょうか?」
落ち着いているように見えても、塩谷俊介に余裕はない。即本題。しかし、それを制するのは瀧川。
「昨日も遠目から確認させてもらったが、息子さんが異能持ちなのはほぼ間違いないだろう。ただ、まずは具体的にどんな異能なのかをはっきりさせたい」
「どんな異能か? ふぅ……息子には見えないナニが見えていますし、聞こえないはずの声を聞いています。今さらそれ以上のなにを確認するんですか? それに、遠目から確認して異能持ちだと分かるなら、他の専門家にバレるのも時間の問題では? 無茶を言っているのは承知していますが……こちらとしては、一刻も早く息子の異能を消してもらいたいんです……ッ!」
塩谷にとっての恐怖。それは愛する息子が得体の知れない異能を有していることなんかじゃない。その異能によって、界隈の元締め組織に目を付けられることだ。
目を付けられ、解決してやると言われれば従うしかない。大金が必要になる上、一度では済まない。恩を着せてあれやこれやと要求される。下手をすれば、息子に会えなくなる可能性すらある。
「どうか落ち着いてくれ。異能をどうにかするにしても、息子さんの異能によってはやり方も変わってくる。それに、俺たちではどうしようもない場合だってある。その時は……どうしたって専門家に相談しなくちゃならない。可能な限り正確な情報を事前に把握しておき、〝最低限の相談〟で済むようにもしたい」
噛んで含めるように瀧川は語る。可能性を。彼とて、邑山が万能であるとは思っていない。駄目だった先も想定している。
「な!? は、話が違うじゃないですか!? 瀧川さんは息子の、雄大の異能を消してくれると言ったじゃないですか!」
「落ち着け。悪いが、俺は仕事の依頼で事前の〝確約〟なんてのはしない。あくまで〝異能をなんとかできるかも知れない〟と伝えていただろ?」
瀧川は正しい。彼は確約などしていない。だが、依頼人が色々と追い詰められているのも知っている。希望に縋りたいのは当たり前だと。
「(……このお父さんは、どうにも元締め組織への恐怖が強いみたいだな。えぇと……沙原さんの方はどんな感じ?)」
神妙な顔のまま置物に徹している邑山は、瀧川と塩谷父のやり取りを聞き流しながら、沙原に確認の念話を送る。
「(んー……とりあえず、この子〝私〟のことは認識できないみたい)」
瀧川と並んで塩谷家へとお邪魔した邑山だったが、彼は彼で、すでに独自に〝調査〟を開始している。
二階の子供部屋で待機している当人たる塩谷雄大と、母圭子に対して沙原を差し向け、異界の住民の姿や声を認識できるという雄大が、一体どこまでできるのか……それを一足先に確認しようとしていた。
「(なるほど。俺の〝隠蔽〟を看破するほどじゃないのか)」
「(あ、でも、私が適当に追っ払った幽霊たちの動きはちゃんと認識してるよ。自分の周囲でナニかが起きたのは分かってる感じ。キョロキョロしてる)」
塩谷雄大。六歳。小学生一年生。彼の周囲にはいわゆる幽霊たちが数体張り付いていた。話を聞いて欲しいと願う異界の住民たちが。
ただし、そこには生前の人格や思考を沙原ほどに保持したままの者はいなかった。ただただ己の要望を垂れ流すのみで、言葉でまともにコミュニケーションが取れるかは微妙な様子の連中ばかり。
鬱陶しいとばかりに、沙原がシッシと追い払った後だ。
「(事前に聞いてる話だと、雄大君は場所の記憶を読み取ったり、未来予知なんかもするらしいけど……今はそこまで強力な異能じゃないのかもね)」
「(うーん……そもそも〝異能〟ってなんなの? 邑山君の〝魔法〟でなんとかなるわけ?)」
今までスルーしてきたが、沙原には根源的な疑問がある。まず異能ってなんだよと。異世界転移やら魔法、幽霊や怪異なんてモノが実在する以上、今さら気にしても仕方ないのかも知れないが。
「(〝こっち〟の事情にはあんまり詳しくないけど、俺が今まで遭遇してきた異能は〝向こう〟基準だと呪霊魔法……呪術に近い気がしてる。生まれ持った才能で根源的な呪術を使っているような? 俺にはできないけど、瀧川さんの感知能力にしても、贄を要する異世界魔法なら、ある程度までは再現できそうだしね)」
「(あー……ごめん。こっちから聞いといてなんだけど、やっぱりいいや。よく分からないのが分かった)」
あっさりと理解を投げ棄てる沙原。無知の知。彼女にとってはスルー案件だった模様。
「(はい? ……ま、まぁ別にいいけど……)」
一方の邑山は肩透かし。思わず〝説明しようマン〟モードにスイッチが入ってしまったため、不完全燃焼この上ない。
「(き、気を取り直して……俺の〝隠蔽〟が通じてるってことは、今の雄大君相手なら、しばらくは俺の魔法で異能を封じられるとは思う)」
「(しばらく?)」
「(うん。雄大君の異能は、後天的に得た技術じゃなくて生まれ持った才能だからね。このお父さんが望むように、完全に異能を無かったことにしようとすれば……雄大君を廃人にするくらいの勢いじゃないと無理だ。当然、そんなのは誰も望んでないでしょ?)」
一応、邑山は警戒していた。この塩谷雄大という人物が、技術を用いて意図的に魔法を行使している可能性を。
自分という実例がある以上、雄大君がそうじゃないとは言い切れなかったから。
今、邑山の懸念は別に移った。
父は異能を無かったことにして欲しいと固執しているが……今の時点で、父の願いが絶対的に正しいとは限らない。
意識を戻す。
未だに瀧川と言い合っている塩谷父に。
「あの……少しよろしいですか?」
「え? あ、あぁ、どうしました?」
置物と化していた邑山からの声掛けに、瀧川への「言った・言わない」でヒートアップしていた塩谷父も、思わず多少の冷静さを取り戻す。
「えぇと……このままここで待っていてもどうしようもないので、とりあえず雄大君に会わせてもらえますか?」
「……し、しかし、そうは言っても、君にも雄大の異能を消せる確証はないんだろう?」
「ええ、ありません。というより、雄大君の異能を消すことはできません」
あっさりと父の希望を砕く。生まれ持った異能を無かったことにはできない。
「なッ!? や、やはりできないのか!」
「お、おい、ハル!」
これまたあっさりとヒートアップ状態に舞い戻る塩谷父と、面倒なことを言うなとばかりの瀧川。
「瀧川さん、どうやら雄大君の異能は生まれつきですね。その上で〝弱い〟」
邑山は塩谷父をスルー。一先ずは話の通じる瀧川に振る。同類である彼に。
「……それは確かか?」
そう口にしながらも、瀧川は疑っていない。どうやってそれを調べたのかについてもいちいち聞かない。手札を隠し持つのは〝界隈〟では当たり前であり、邑山晴桂の底が知れないのも承知の上だ。
「ええ。だから、現実的な対処としては、俺の〝異能〟で雄大君を少し抑えるくらいでしょうね」
「そうか。ハルがそう言うならそうなんだろうな」
瀧川は邑山の言をそのまま受け入れる。彼は仕事上の〝誠実な取引〟というモノをよくよく理解している。
しかし、そんな二人のやり取りが気に食わない。受け入れ難い。塩谷父からすれば。
「一体何の話をッ!? 結局、雄大な異能を消すことはできないんですか!?」
「ああ、そうだ」
「ぅ……ッ!?」
ただ、この度は強制的にクールダウン。軽く手をかざしながらの瀧川の一言で。鋭くなった眼光のひと睨みで。
いかにも冴えないおじさんという見た目の瀧川だが、彼もまた、五体満足のままに長らく〝界隈〟を渡り歩いてきた男。
《《真っ当な》》ヤクザや半グレ連中の相手などとは比にならないような修羅場を何度となく潜ってきた身だ。
すでに彼自身も堅気の者とは言えない。時に威圧的な雰囲気を醸し出すくらいはしてみせる。
「どうか落ち着いてくれ、塩谷さん。俺はともかくとして、このハルの話を聞いてやってくれないか? こいつはまだ若いが、異能については俺なんかよりも確かだ」
「あ……え、ええ、わ、分かりました……すみません、つい、と、取り乱してしまって……」
これでようやく、話を進められるというわけだ。
◆◆◆
「雄大君には、そういう風に視えたり聴こえたりしてるんだ?」
「うん! モヤモヤの人がいっぱい話し掛けて来るんだ! たまにワンちゃんやネコちゃんもいる! あ! あとね、大きな木に話し掛けられたりもするよ!」
「へぇ、そうなんだ」
塩屋家のリビングにて、改めて当人たる塩谷雄大と邑山は出会う。面談をする。当然ながら、緊張の面持ちで見守る両親立ち会いの下でだ。
ただ、両親の心配をよそに、当の雄大君は、見知らぬ来客である邑山と瀧川をすんなりと受け入れていた。彼にとっては、パパとママの友達が来たくらいの認識だったか。
「じゃあさ。そのモヤモヤの人たちっていうのは、今もこの家にいるの?」
「え? ううん、いないよ。さっきまでいたんだけど、なんだか〝怖いの〟が来て皆どこかに行っちゃった」
幼い子供の悪意なき不意の一言にて、微妙なダメージを受ける使い魔がいたとかいないとか。
「へ、へぇ……こ、怖いのが来たんだ?」
狙って誘導した訳でもないため、邑山も思わず吹き出しそうになってしまう。駄目だぞ。
「……邑山君が笑うのは違くない?」
「ちなみにだけど、その怖いのはまだいるの?」
使い魔の抗議はガン無視。
「うーん……分からない。皆いなくなっちゃったから……」
「そうなんだ」
塩谷父母からすれば、邑山はただただ息子と話をしているだけであり、瀧川はその様子を静かに眺めているだけ。
話の内容についても、具体的に雄大の異能を聞き出そうとするものではあったが、それは両親がこれまでにしてきた話と大差はない。
この程度で一体何が分かるのか。そんな思いが両親には募る。焦る。
だが、邑山としては単に雄大君とおしゃべりをしていただけでもない。使い魔である沙原は当然として、瀧川もソレを察していた。
今、この塩谷家のリビングには異様な気配が充満している。すでに邑山の〝魔法〟が発動している。
『精査』
邑山が得手とするのは風の魔法。周囲の大気に自身の魔力を乗せて調べている。雄大君の中身を。彼の身体の中にある、異能を発露させている〝核〟となる部位を。
「(魔力の反応は脳。やはり下手にはいじれないか……)」
異世界の魔法もこちらの世界の異能も本質は同じ。魔力という不可思議な力を燃料にして、ある種のデタラメな奇跡を行使するという代物。
そんな仕組みこそ同じであっても、魔力の扱い方、魔力を凝集する〝器官〟は個々人によって差異があったりもする。
ヒト型の多くは頭部……脳の中にソレがあるが、必ずしも皆がそうだとは限らない。稀に他の臓器が起点になっていることもあり、中でも変わり種としては、肩や膝といった関節部で魔力を扱う者すらいる。
魔力という現代科学で解明できない不思議存在である以上、どの部位であろうが下手に触れないのは同じだが、一般的な医学知識からすれば、ど素人が他人の脳をいじるという行為がどれほど危険かは察せられるというもの。マッドサイエンティストの領域だ。
「それでさ、雄大君。そのモヤモヤの人たちって、前はもっとはっきり視えたの?」
「え? あー……うーん……そうかも? 前はもっとちゃんとしてたかな?」
「そっか(お、これも予想通りだな。どうりで魔力の反応が〝弱い〟わけだ)」
すでに塩谷父母が望む解決への道筋は立った。両親が当初に望んでいたものとは少し違うかも知れないが、それでも上々と言えるだろう解決への道だ。
ただ、そうなると邑山には別の疑問が湧いてくる。なぜこの程度の問題で呼ばれたのか。
〝界隈〟に伝手も多いだろう瀧川ならば、似たような解決への手立ては他にもあったはずだと。
「あ! でもでも! 今もはっきりしてるのはいるよ! 今日は見てないけど!」
「え? はっきりしてる?」
「うん! 綺麗なお姉ちゃん! クラスのかおりちゃんよりもずっと綺麗!」
ぼんやりと考え事をしていた邑山に割り込んで来た雄大君の言葉。
はっきりとしているモノ。綺麗なお姉さん。
クラスメイトのかおりちゃんという比較対象はあるものの、そこには悪意も忖度もない。ただの情報。彼は知ってる子の名と姿を思い浮かべただけでしかない。
だが、そんな何気なく幼い言葉に、この場で誰よりも強く反応を示した者がいる。
表面上は何も変わらないが、異能者の内に秘めたる魔力が跳ねる。
邑山も気付く。直感的に。
自分が呼ばれた理由はコレだと。
◆◆◆




