1 バイト
◆◆◆
彼には〝視える〟。〝聴こえる〟。
それは彼にとっては当たり前のこと。だから普通に母親に伝えていた。それこそ、ただの親子のコミュニケーションとして。
「ねぇママ。あのおじちゃん、ここで事故に遭って死んじゃったんだって」
「ママ、あそこに女の子がいる。パパにいつも殴られてるって。可哀想だね」
「あ、そこにいるおばちゃん、もうすぐ胸が苦しくなるよ」
「ねぇねぇママ、なんだか男の人が『助けて』って言ってるよ? もうずっと前から暗いところに閉じ込められたままなんだって」
「さっきここにいた人、家で女の人に酷いことしてる」
「あの家、もう少ししたら燃えて真っ黒になっちゃうよ」
男の子。まだ六つになったばかり。元々、その子は言葉を覚えるのが早かった。
思い返してみれば、赤ん坊の頃からなにやらキョロキョロとするのが多かった気がすると母親は語る。
母親とて、はじめは覚えた言葉を並べているだけだったり、ただの勘違い、もしくはイマジナリーフレンドの類だと思っていた。思いたかった。
だが、もうコレは違う。母は確信している。
息子は常人には視えないナニかを見ている。常人には聴こえない声を聞いている。
それは死者の姿や声であったり、直近の未来や過去の出来事までを言い当てている。とても六歳の子供が知り得ないような情報を平気で口にしている。
そのすべてを追跡して確認する術はないが、いくつかの事故や事件の内容と、息子の語る内容が奇妙に合致しているのは確認できた。
当然のように母親は夫にも相談する。夫も我が子の言動には違和感を覚えていた。また、幸か不幸かはさておき、夫はある程度の〝界隈の事情〟というのも多少は知っていた。
我が子には、いわゆる〝異能〟と呼ばれる不可思議な力がある。
父と母は思い悩む。
この子の異能は福音なのか、それとも呪いなのか。
答えは出ない。
◆◆◆
「お。悪い悪い、待たせたな!」
「いえ、それほどでもないですよ」
待ち人来たるだ。
現れたのは、ポロシャツをズボンにインしたゴルフウェアスタイルの小太りな五十頃の男性。
薄くなった頭皮を保護するためか、ハンチング帽を着用している。また、左手にはセカンドバッグを携えており、ザ・おじさんという印象を与える見た目。
「遅れといてなんだが、律儀に炎天下で待たなくても……なんなら先に店に行ってくれりゃよかったんだぞ?」
「いやいや、お師匠様を差し置いてそんな畏れ多いことは……」
おじさんを待っていたのは邑山晴桂。照り付ける陽を浴びて汗が噴き出てはいるが、その表情は普段の眠そうなものではなく、にこにことした笑顔をキープしている。微妙に気持ち悪い。
「……お、遅れて悪かったって。その気色の悪い笑顔は止めろよ。まったく、暑さ寒さで機嫌が悪くなるのは相変わらずだな。ほらほら、さっさと店に行くぞ」
「はいはい、分かりましたよ」
「ふーん。このおじさんが邑山君のお師匠さんなの?」
炎天下の駅前広場。邑山の横には、さも当然のように、見た目に暑苦しい分厚いブレザージャケットを羽織った制服姿の沙原もいた。おじさんの後を追って歩き出した邑山に声を掛ける。
「(まぁね。この人が俺に界隈の常識なんかを教えてくれた人だよ)」
いつぞやの失敗を糧に、邑山は念話のようなモノで沙原に言葉を伝える。
この度の活動はボランティアじゃない。邑山にとっては自己満足の暇つぶしに違いないかも知れないが……今回は金が出る。労働だ。
少し前のこと。
彼のスマホに一件のメッセージが入った。そして、彼は伝える。
別に一緒に居る必要はない、とっとと出ていけと口酸っぱく言っているにもかかわらず、何故か彼の部屋に住み憑く使い魔に。
「沙原さん。呼ばれたから出て来るよ。もしかしたら数日は戻って来ないかも知れないから、まぁ適当にしてて。あ、なんならその間にどこか別のところに行ってくれたらなお嬉しいんだけど……」
「え? 呼ばれたって誰に? どこ行くの?」
突然会話が通じなくなるのはご愛嬌。ベッドで寝っ転がりながら、邑山所有の漫画を見ていた彼女は、ごくナチュラルに憑いて行く前提で問う。後半の彼の要望についてはスルーだ。
「今回はいつものボランティアじゃないけど?」
「うんうん。それで? どこに何をしに行くの?」
「……まぁ別にいいけど。師匠からバイトの呼び出しが来たんだ。内容はまだ分からないけど、たぶん碌でもないやつ」
メッセージはバイトのお誘いという体のヘルプ要請。
「へぇー……内容が怪しいのは置いておくとして、邑山君もバイトなんてするんだ?」
「暇つぶしであちこちをフラフラするにしても、先立つものが要るからね。流石にこんな不審な金を親にせびるのは迷惑過ぎでしょ。せびってもくれないだろうし」
邑山にも無駄金だという自覚はある。また、家族関係も冷え冷えとしており、親におねだりしたところで聞き入れられるはずもない。
「うーん……微妙な話題でアレだし余計なお世話なんだけどさ。お金をせびる云々は別としても、家族との関係は改善できるんじゃないの? 〝今〟の邑山君ならさ」
見えない第三者として居候状態(無断)の沙原は、邑山家の家庭内事情をそこそこ把握している。そして、それについて色々と思うこともある。
「そりゃ今ならできると思うよ。両親が望む息子を演じて、義妹とも当たり障りなく接するくらいは。でもさ、それをしちゃうと、かつての〝邑山晴桂〟に悪い気がするんだよ。あくまで今の俺は、両親が知る〝邑山晴桂〟とはベツモノというか、ニセモノというか……そんな風にセンチメンタルがジャーニーして迷子になって帰れなくなったり……」
「ごめん、センチメンタルがジャーニーはちょっと意味が分からないけど……かつての自分に申し訳ないって気持ちはなんとなく分かる気がするかも。もがき苦しんでた、当時の自分の思いをなかったことにはできないもんね」
沙原にも心当たりはある。彼女もまた、拗らせて諸々を放棄してしまい、失ってから気付いた側。
しかしながら、取り返しの付かない後悔があるにせよ、それでも、当時の拗らせていた自分があるからこそ、今があるのだと受け入れている。死を迎えたからこそ分かったこともあるのだと。
「俺の場合は黒歴史だし、沙原さんの思うところともまた少し違うだろうけどね。ま、今さら親が望んでいた〝いい大学を卒業して、いい会社に就職して〟っていう〝普通〟のルートがダルいってのが本音かな。暇つぶしが目的で生きるというか……必要になればその都度バイトでもするさ」
「暇つぶしという目的のために働く。うーん、そこはかとなく矛盾を感じるような……?」
「矛盾や無駄、非合理を抱えて生きるのがニンゲンってやつなんだよ、きっと。知らんけど」
そんな出だしではじまったバイト遠征。
電車で一時間半ほどを掛けて、邑山と無賃乗車な沙原はとある街へと降り立ち、師匠と呼ぶ人物と待ち合わせをしていた次第。
◆◆◆
邑山(と沙原)がおじさんに連れらのれて辿り着いたのは、高架下の一角。
いわゆるガード下。主に居酒屋が軒を連ねている場所だった。
開放的に整備された駅前広場とは違い、どこかくすんだような、時代から取り残されたレトロ感がある。おじさんたちに言わせれば、昭和の香りが漂うというやつだ。
中身はともかくとして、年齢相応な見た目の邑山がうろつくには、少々浮いてしまう場所でもある。夜であれば。
真昼間の今は街の風景というだけであり、駅周辺の通り道の一つに過ぎない。もちろん、アルコールを出す前提の立ち飲み屋や定食屋のいくつかは昼間から店を開けているが、通りの賑わいは夜ほどでもない。
邑山たちの目的地も、昼間から営業している店の一つ。表向きはごくごく健全な店。
カフェというよりは、地方でも数が少なくなってきている古き良きスタイルの喫茶店。珈琲と軽食だけのいわゆる純喫茶。
暗めの照明の中、控えめな音で古い洋楽が流れている。
カウンターに四席、二人掛け用のテーブルが四つあるだけの小さな店。
レトロモダンを狙ったものではなく、昔から同じスタイルで続けている真正のもの。
「うわ~この秘密基地っぽい雰囲気、ちょっといいかも!」
十代のキラキラ女子が日常的に出入りする系統の店でもないため、沙原には新鮮に映った模様。
幽霊の特権を如何なく発揮し、狭い店内のあちこちを遠慮なく、じっくりと眺めている。
「ふぅ……生き返るな」
空調の利いた店内。テーブル席にて、お冷を一気に呷ったおじさんが一息つく。
「生き返るってことは、瀧川さんは死んでたんですか?」
淡々としながら、どうでもいいツッコミを入れる邑山。
「……お約束な決まり文句に茶々を入れるなよ。それに、邑山が言うと微妙に別の意味に聞こえちまうだろうが。……もしかして、本当に死者蘇生とかもできたりするのか?」
「いやいや、そんなわけないでしょ。瀧川さんこそ、俺に変な期待し過ぎですよ」
おじさん改め、彼の名は瀧川洋一。《《こっち》》に戻って来てから、邑山晴桂がはじめて出会った〝界隈〟の人物だ。
軽く〝お師匠様〟などと呼んでいるが、界隈の事情などをまったく知らなかった邑山にとって瀧川が師であるのは間違いなく、それなり以上のリスペクトはある模様。
「そっちが変なことを言い出すからだろうが。邑山に比べれば俺なんかは〝一般人〟と大差ないんだから、冗談はもっと分かり易くてくだらないやつにしてくれ」
「えぇぇ……? 今のはあからさまなジョークのつもりだったんですけど……まぁ分かりましたよ。それで? その〝一般人〟の瀧川さんが、俺に何をしろって言うんです?」
他に客はいない。幽霊である沙原を除けば、客は邑山と瀧川のみ。ただし、当然のことながら、喫茶店が無人で運営されているはずもない。
カウンターの向こう側には、絵に描いたような〝純喫茶のマスター〟という風貌の老齢の店主がいる。今は椅子に腰掛け、静かに新聞を広げている。
BGMも控えめな小さな店だ。これまた当然ながら、邑山たちの会話はマスターにも筒抜け。
「相変わらずせっかちなやつだな。……頼みたい用件ってのは、まずは真贋の見極めだ」
「あー……前みたいなやつですか? そりゃ怪異や異能絡みならやりますけど……どんな感じです? 結構手間が掛かる系ですか?」
瀧川からのバイト依頼は概ねパターンがある。その内の一つが今回のもの。真贋の確認。そこに怪異なり異能なりがあるか否かを判定するというやつだ。
ただ、邑山とてここまで来て話自体を断る気はないが、労力に直結する事情の確認は先に済ませたいというところ。
「あぁ、心配せずともちゃんと段取り済みだ。俺と一緒に来て確認して欲しいってだけさ。今回の相手は〝人〟で、〝異能〟の判別だ」
二人はお構いなしに話を続ける。特にマスターも気にしない。つまるところ、彼もまた界隈を知る側の人。
「なるほど。でも、俺を呼ぶってことは対象者が面倒くさいとか?」
「ごちゃごちゃと細かいやつだな。バイトとして金出すって言ってんだから、それなりに面倒事があるのは当たり前だろうが。俺のチンケな〝異能〟じゃどうしようもないからお前を呼んだんだよ」
瀧川洋一という男も異能者ではあるのだが、彼の異能に、邑山の扱う異世界魔法のようなデタラメさはない。
邑山と比べれば一般人でしかないというのは、謙遜込みながらも客観的事実と言える。
そんな彼は界隈でのアレコレを含めたいわゆる便利屋を営んでおり、異能に無関係ながらも面倒な案件や、自分ではどうしようもない案件邑山を召喚するのだ。金を対価に。
「はぁ……分かりましたよ。俺だって瀧川さんには世話になってますしね。困った時はお互いさまの精神でいきますよ。もちろんバイト代は忖度なしでお願いしますね?」
「当然だ。労働の対価をなぁなぁで済ませるようになっちゃお終いよ。そこまで落ちぶれちゃいないさ」
瀧川という男は金払いがいい。だからこそ邑山も彼を信頼している。異能という反則技が往々にしてある界隈で、最後に物を言うのが普段からの立ち振る舞いであることを瀧川は知っている。仕事上の取引には誠実な男だ。
「とにかく、お前に直接会って確認してもらいたい人物というのは、折に触れて〝異能〟持ちのような振る舞いをするが、どうにもはっきりしないんだ。依頼主は親御さんで、当人はまだ子供だ」
「その子供の異能の真贋を見極めろってことですね? というか、別に面倒そうな感じはしませんけど? 親御さんが厄介とか?」
この度のバイト内容を瀧川は軽く説明する。邑山からすれば特に問題のない内容のように感じるが、当然、問題がなければわざわざ呼ばれていない。彼は彼で〝厄介な内容〟を探ろうとする。
「その親御さんは異能なんてない普通の一般人だが、俺の個人的な知り合いでな。少々界隈のことを知ってるってだけの聞き分けのいい依頼人さ。父親が心配しているのは、その息子の異能そのものと界隈のルールだ。もし、異能がホンモノだと確認できれば、そのままその異能をお前になんとかして欲しいってわけだ」
「異能そのものと界隈のルール? 周囲に悪影響を及ぼす迷惑系なやつですか? いや、だとしたら今さら確認の必要なんてないか。とにかく、本題はその異能の制御なり封印なりってわけですね?」
控えめな音楽と珈琲の薫りが満ちる店内にて、怪しげなバイト相談は続く。
◆◆◆
場所は変わって、とあるワンルームマンションの一室。大学生向けの小奇麗なものではなく、主に単身の低所得者向けのような物件。
見るからにボロく、いかにもという趣きがある。
住んでいる住民もまたそれ相応のようで、各部屋のドアはくすみ、若干以上のアレな臭いが外にまで漂っている。
ガード下に立ち並ぶ店に続き、十代のキラキラ女子にはあまり馴染みがない場所。馴染みたくない場所だ。
「うへぇ…………こ、ここに泊まるの?」
あからさまに顔をしかめる沙原。残念ながら、先の喫茶店のような新鮮な驚き(好意的)はない。生理的な嫌悪が先に立つ。
ぱっと見る限り、室内は特に不衛生な印象もないのだが、どうしても外の様子に引っ張られている模様。
「仕方ないでしょ? 一応、俺も未成年だからね。瀧川さんが用意してくれた場所に文句は言えないよ。ま、建物に染み付いた臭いは多少アレだけど、慣れれば気になるほどじゃないよ」
一方の邑山は慣れたもの。泊りがけで〝バイト〟をする際、依頼主である瀧川が、仮住まいとなる拠点を用意するのはいつものことだ。
「……いや、臭いどうこうじゃなくてさ。その布団もあきらかに使用感があるし、知らない虫とかいそうなんだけど?」
沙原がそっと指さすのは、部屋の片隅に畳まれた布団一式。広くもないワンルームには、他に荷物や家具がない以上、嫌でも目に留まるというものだ。
「そりゃいるだろうね。もう俺は割り切って〝防護〟してるよ」
暑さ寒さが苦手ではありながらも、普段は〝魔法〟に頼らないようにしている邑山だったが、今回は別。部屋に入る前から薄く魔法を纏っている。虫除けとして。
「普段から魔法には頼りたくないとか言ってたのに……。なにもそうまでしてここに泊まらなくても、あの瀧川さんって人の家にでも泊めてもらえばいいんじゃないの?」
沙原からすれば単純な疑問。
「はは。それは色々と面倒だから瀧川さん的には大却下かな」
「面倒?」
「うん。瀧川さんはああ見えて慎重派なんだ。夜間帯に未成年である俺と一緒にいたら、問答無用で犯罪者になりかねない。探られると不味い自覚もあるから、大っぴらに問題を起こしたくないんだってさ。あと、怪異関連で俺の巻き添えになりたくないとも言ってたし、瀧川さんは瀧川さんで、俺をバイト以外の事情に巻き込みたくないっていうのもあるらしい」
当人がどう思っていようが、法律上、邑山晴桂はまだ未成年。
ネットカフェの利用も時間帯で制限される上、ホテルに泊まろうにも親権者の同意が必要となる。
瀧川が邑山を家に泊めれば、それ即ち未成年者略取というやつだ。たとえ当人の同意があったとしても、親権者の同意なり許可なりがなければ罪に問われる。
また、怪異や異能という得体の知れぬモノを相手にする以上は慎重にもなる。
普段から怪異を相手に暇つぶしをしている邑山だ。
彼の仕出かしたなにかしらの事情に巻き込まれたくないという瀧川の考えは、ある意味では当たり前とも言える。
「あぁなるほど。怪異絡みで、邑山君がどこでどんな恨み買ってるか分からないもんね。それに、親の許可なく未成年を家に泊めたら……大人は法律的に色々不味いんだよね、確か」
「そうそう。だからこの部屋も瀧川さん名義じゃないと思う。なにかあった場合、あくまで俺が勝手に入り込んだという体で通すらしいから」
「……徹底してるね。なんだか本当に探偵ドラマみたい」
「そんな上等なモノでもないけどね」
瀧川はリスクを避ける。法律や常識が通じない怪異を相手にすることも多いが、普段は法と秩序、常識に則って生活している。
また、必要に応じて法を犯すこともあるが、その際、まず第一に自分が捕まらないようにと立ち回る。保身前提は当然と言えば当然のこと。そして、邑山はそんな瀧川に倣っているだけのこと。
「この小汚い部屋で一夜を過ごすのはとりあえず分かったけど……その、バイトは上手くいきそうなの? あの昼間に見た男の子が〝異能〟を持ってるのは、もうほぼ間違いないんでしょ?」
沙原も切り替える。生理的な嫌悪を覚えるマンションではあるが、幽霊である自分に実害はないと割り切り、本題へと移る。
喫茶店での怪しいバイト話の後、とりあえずということで、瀧川と邑山(と沙原)は、遠目から件の男の子の姿を確認した。
母親と公園で遊ぶ男の子。それだけを見れば、ごくごく普通の親子の光景だ。
ただ、邑山には〝視えた〟。沙原にもだ。直接的に視えはしなかったが、瀧川も自身の異能によって、親子の周囲が普通でないのを察知していた。
男の子の周囲には、ぽつぽつと〝異界の住民たち〟が群がっていた。まるで自らの存在をアピールするかのようなモノどもの姿があった。
「……あの子の異能が本物なのはもう間違いないかな。瀧川さんは謙遜してたけど、あの人も生まれついての異能者で、感知能力に特化してるいわゆる失せ物探しのエキスパートってやつだからね。異能が本物かどうかは問題じゃなかったと思う」
「あの人がエキスパート? 普通に邑山君をあてにしてたみたいだけど?」
見た目で判断するのはあれだが、沙原の目にはとてもじゃないが瀧川が〝エキスパート〟として映らなかった。
どこにでもいるおじさんという印象。
彼女は気付いていない。それを言い出せば、邑山とてどこにでもいそうなモブ的な見た目(陰キャ寄り)だったりすることに。
「俺をあてにというか……今回の件は瀧川さんの個人的な知り合いだったり、対象者がまだ子供だってことで、あんまり大事にしたくないんじゃないかな?」
瀧川から伝えられたのは、子供に発現したと思しき異能の調査。その異能の制御についてだ。真贋の確認とは言いつつも、瀧川はそこに異能があるのを前提としていた。
「ふーん。それでどうなの? 邑山君はあの子の異能を見極めたり、場合によっては消したりもできるの?」
「さてね。前にも言ったけど、正直なところ〝こっち〟の異能については詳しくないんだ。瀧川さんに聞く限りだと、俺の〝魔法〟の方が便利で強力そうだけど……別に俺の魔法も万能というわけじゃないしね。こっちの専門家だって、分野によっては俺の魔法なんかお呼びじゃないってくらいに特化した異能者だっているだろうし。ま、瀧川さんや依頼主は、そういう本格的な専門家には相談したくないだろうね」
邑山が異世界より帰還して一年と少し。
暇つぶしで怪異を追ったりはしているが、本格的な〝専門家〟との関わりはほぼない。
瀧川を含め、彼がこれまで関わって来たのは、あくまで〝野良〟の異能者や術者。言うなれば〝アマチュア〟の人々。
瀧川の話やリアクションから、〝こっち〟の界隈的には、異世界魔法が思いの外に強力だというのは把握したが、その程度については未だによく分かっていなかったりする。
「それよ、それ。どうして専門家に相談したくないわけ? 解決できるなら、普通に頼めばいいんじゃないの?」
「聞いた話だと、界隈の専門家には元締めみたいな組織があるらしくてね。異能や怪異関連はとにかく金が掛かる上に、便利な異能持ちだとバレるとなにかと面倒なんだってさ。当人が子供なら、親への圧力やら脅迫やらで、元締め組織関係者の養子にさせられたり、軟禁して異能を使わせるなんてのもざらにあるらしい。しかも、その元締め組織は公権力にも顔が利くから、一般人だと泣き寝入りになることも多いんだとか……」
「え、えぇぇ……なにそれ? 普通に酷くない? ヤクザとかマフィアみたいな感じじゃん。っていうか、だったらあの喫茶店は大丈夫なの?」
生前の沙原は一軍女子でキラキラしていたが、あくまでただの一般人だった。
別に後ろ暗い集団や組織に詳しいわけでもない。
当たり前の話だが、オカルトバトル漫画的な〝界隈〟の常識にだって疎い。素人だ。
「あの喫茶店は元締め組織とは別で、有志一同による互助会サロンみたいなものなんだってさ。野良の異能者の情報交換の場所的な。もっとも、その存在やある程度の情報は元締め組織にも流れているらしいけどね。お目溢しをお願いしますって扱いなんだとか……」
「へぇ……〝界隈〟にも色々と事情があるんだ」
〝界隈〟における、あまり愉快ではない実情を知れば知るほど、沙原は改めて思う。
「でも、いくらオカルト漫画的な設定があっても、徒党を組んで利権を牛耳るとか……結局やることは一般社会とあんまり変わらないんだね」
オカルトが介在しようとも、そこに利権があれば群がるのは人の性か。あるいは、被差別マイノリティが身を守るために自警団的に集い、年月を経て力を持って利権が肥大したのか。
どちらにせよ、軽く話を聞いただけの沙原であっても、進んで関わりたいとは思えない元締め組織だ。
「何かの拍子に前にも言った気がするけど……所詮はニンゲンのやることだからね。ま、そんなヤバい組織があるからこそ、瀧川さんや依頼者は、子供の異能を無かったことにしたいんだろうけど……」
界隈での仕事が長い瀧川からすればなおのこと。彼は組織にバレた後に出て来るだろう問題点を熟知している。
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