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魔導士な彼と眷属な彼女の怪異なる日常  作者: なるのるな
彼と彼女のはじまりの話

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1/9

1 死んだ彼女と視える彼

 ◆◆◆



 一人の少女が死んだ。


 自ら命を絶った。


 当事者や近しい関係者たちはそれぞれに思うことがあるだろう。しかし、多少の経緯をニュースで知っただけの、世間という名の赤の他人どもは……。


〝どうしてそんなことを〟

〝悩みがあったなら周囲に相談すれば良かったのに……〟

〝いじめを苦にしていたんじゃないのか〟

〝痴情のもつれだろ〟

〝パパ活とかして揉めたんじゃないの〟

〝親はなにをしていたんだ〟

〝虐待の疑いは〟

〝彼女は殺されたも同然だろう〟

〝気持ちは分かる。だって自分だって学生の頃に死のうと思ったことがある〟

〝十代の頃に友人の自殺を必死に止めた。この子にもそういう友人がいたら……〟


 SNSやネットニュースのコメント欄では、それぞれが好き勝手に言葉を紡ぐ。文字列が虚しく踊る。


 頼まれてもいないお気持ち表明にはじまり、隙あれば自分語り、嘘体験の武勇伝、美談化した過去に都合のいい友人の登場などは、もはやお家芸とばかりに蔓延している。


 しかしながら、いかにコメントが千件を超えるようなニュースであっても、世間の大多数にとっては他人事でしかない。


 数日もすればニュースの波に飲まれて流されていき、世間からは忘れ去られてしまう。


 また、その一方で忘れられない人たちも当然にいる。


 ネットにたむろする匿名の有象無象ではなく、実在した彼女を知る人たち。SNSでの繋がりを含めて実際に付き合いがあった人々。


 家族、親戚、友人、恋人、教師、クラスメイト、先輩に後輩、バイト先や近隣地域の顔見知り……等々。


 一人の少女の死は、大小の差はあれど多くの人たちに影響を及ぼす。それは順当に考えて当たり前の話だ。


「ねぇ。私のこと、視えてるよね?」


「……」


 ただ、この度少女が……沙原(さはら)友希(ゆき)が命を失ったことで、自業自得ながらもとばっちり的な影響を受けてしまった人物がいた。


「おーい。今さら視えないフリしないでよ。さっき、私の生足ガン見してたじゃん。……あ、こういう場合は()じゃないのかな?」


「…………」


 辛うじて顔を見たことがあるという程度の関係性。まともに会話をした覚えもない。共通項は、同じ学校の生徒で同級生であるという点くらい。クラスも違う。


「ねぇってば。えっと……邑山(むらやま)君だったよね? 私のことが視えてないなら、そもそもなんでこんな時間のこんな場所にいるわけ? それとも、まだ声も聴こえてませんっていう設定を続ける気?」


「………………」


 丑三時(うしみつどき)。午前二時を回った頃。繁華街ですら往来が途切れる時間帯。


 住宅地エリアであれば、なおのこと人の気配は薄い。


 にもかかわらず、施錠され立ち入り禁止となっているマンションの屋上に人がいる。


 それは〝普通〟じゃない。その人物が未成年であればなおさら。


 湿った生暖かい風が吹く屋上には、ひょろりとした少し小柄な少年と、()()()()()()()()()の姿がある。


「ねぇねぇ。いい加減なにかリアクションしてくれない? いやー()()なってから誰も気付いてくれないしさ、人との交流に飢えてるのよ」


 セミロングの黒髪。


 目鼻立ちは整っており、その見た目はどちらかと言えば可愛いよりも綺麗なお姉さん。クールなモデル系美人。


 背丈は少年よりも少し上。女子としては平均越えの高身長。


 少年と比べると、その身長差以上に腰の位置は高く、手足も長い。男女差だけで済まないほどにスタイルの違いがある。


 そんな彼女は、まさに女子高校生といったブレザータイプの制服に、自らのすらりとした肢体を収めている。


 ()()と変わらぬ姿の沙原友希が語り掛けていた。


 邑山と呼んだ少年に向けて。


「…………はぁ。まさかここまで〝はっきり〟してるなんてね。一応の確認だけど、君は〝沙原友希〟さんで間違いない?」


 沈黙を続けていた、気怠げで眠そうな目の少年……邑山(むらやま)晴桂(はるか)が、ため息と共に問いを吐き出す。


 故人となった少女に向けて。


「あ! ようやく喋った! うんうんそうそう! 私は沙原友希で間違いないないよ!」


 ぱっと花が咲いたような笑顔を見せる彼女。


 一方の邑山少年は明らかに面倒くさそうな表情(かお)。マスク越しにも分かるほどの。


 なにしろ彼にとっては、ささやかな善意による行動でしかなかったのだが、その過程なり結果なりは、当初の彼が想定したものとは違う。


「これも一応の確認なんだけど……なんで()()()()()になってるのか、その理由や原因なんかは分かる?」


 彼は尋ねる。まともな答えが返って来ないと知りつつ。


「え? いやいや全然分からないよ。っていうか、視える系な邑山君なら分かるんでしょ?」


 花綻ぶ笑顔から一転してのきょとん顔。綺麗系、クール系な見た目の印象とは違い、ころころと表情が変わる彼女。皮肉なことに、その姿は生き生きとした魅力に溢れている。


()()のルールをある程度は知ってるけど……あくまで聞きかじりで、特別ソッチ系に詳しいわけじゃないよ。沙原さんが()()なった事情にも心当たりはあるけど……それが本当なのかの証明はできない」


 野暮ったい髪に黒縁のメガネ。大きめのマスク。無地の白Tシャツに薄手の黒パーカーという出で立ちの邑山晴桂。


 マスクで覆われているが、それでいて没個性的なファッションに負けず劣らず、ごくごく平々凡々な顔立ちなのが見て取れるほど。体格も細身で少々小柄というだけで、印象に残りにくい。いわゆるモブ系の男子だ。


 彼は死者である沙原友希に応じる。その姿が視える。その声が聞こえている。


「ふーん、そうなんだ。ま、別に証明とかを求めてるわけじゃないからいいけどね。それで? 邑山君はどうしてここに来たの? 私のことを知ってたの?」


「……名前と顔くらいは。沙原さんは一軍女子というか、色々と目立ってたからね。むしろ、沙原さんが俺の顔と苗字を知ってたのに驚いたよ。特に喋ったこともなかったよね?」


「え? 確かにこれといって話をした覚えはないけど……顔と名前くらいは知ってるよ。だって、邑山君って一年の時に……ほら……」


「あぁそっか。それで知ってたんだ」


 顔と名前を知ってる程度の同じ学校、同じ学年の生徒同士。クラスは違えど、広い意味での同級生。友人でも知人でもないが、ある程度の価値観やトピックスを共有する、顔と名前を知ってるだけの他人という距離感。


 二人のやり取りはぎこちないが、その関係性を考えればある意味では〝普通〟の会話だ。


 深夜、マンションの屋上、一方が死者、という点を除けば。


「ええと、俺がここに来たのは、その……沙原さんの霊が出るって噂を聞いたからだよ。個人的に沙原さんのことは知らないけど、同級生が幽霊になって彷徨ってるなら、せめて話を聞いてあげるくらいは……って思ってさ」


「へーそうなんだ。わざわざこんな遠くまで……優しいんだね、邑山君って。でも良かったよ。こうして話ができる人がいて。ほら、私って死ぬのも幽霊になるのもはじめてだしさ。お寺とか神社とか、霊能力があるっていう占い師さんのところに行ったりもしたんだけど、結局だーれも気付いてくれなくて……一体これからどうすればいいのか途方に暮れたのよ」


 あっけらかんと話す沙原友希。彼女は気付いたら今の状態に……自らが飛び降りたマンションの屋上に立っていたのだという。


「気付いたらここに?」


「そうそう。普通、こういうのって死んだ場所じゃない? だったら、私の場合はマンションの()な気がするんだけど……ま、なんにせよ、気付いたら屋上にいたってわけ。幽霊になったくせに空も飛べないし、壁もすり抜けられないし……色々と歩き回ったりはしたけど、なんとなくここに戻って来ちゃう感じ」


 彼女は自分が死んでしまったことも、今の自分が幽霊っぽいナニかであることも自覚していた。


 空を飛んだり壁をすり抜けたりはできないが、物に触れることはできる。普通にドアノブを回せばドアは開き、徒歩で動き回れた。地縛霊的に場所に縛られるわけでもない。


 ただ、ドアを開けた先に人がいたこともあったが、相手にはドアの動きや自分の姿がまるで目に入っておらず、その上、振り返ると自分が開けたはずのドアは閉まっている有様。


 あきらかに〝普通の人〟とは別の扱い。なにしろ、見るからに厳重に鍵が掛かった重厚そうな扉やドア、電源の落とされた自動ドアなどもおかまいなしで開くのだ。


 今の沙原友希が、すでに生前の常識から外れてしまっていると実感するのに、そう時間は掛からなかった。


「あくまで聞いた話だけど……今の沙原さんと俺たちが存在する世界ってのは、寸分違わず重なって連動してるように見えるけど、あくまで別物扱いなんだってさ。沙原さんが自分の世界でドアを開けても、俺たちの世界のドアは開かない。影響しない。だけど、その世界の境界を飛び越えて影響を及ぼすことができた場合……ポルターガイストとかの心霊現象って感じで認知されたりするらしいよ」


 邑山晴桂は自身の知る知識を提供する。世界が違うのだと。


「へぇ、重なってるけど違う世界か……なんかオカルトというよりはSFっぽいね。あ、世界が違うなら、これもいわゆる異世界転生みたいな? なんちゃって」


「どうだろ? どちらかと言えば異世界()()のような気もするけど? まぁ今はそんなのはどうでもいいとして……それで? 沙原さんはどうしたい? このまま()()()で過ごす? お腹が減ったり年を取ったりはしないけど、いつまで自我を保てるかは分からないけどね」


 どうでもいい話をさらりと流しながらも、彼は問う。若葉マークな初心者に対して、重要な選択肢を提示する。


「え? 私って……このまま過ごすのもオッケーなの? 成仏とかは? いや、それよりも自我を保つって……いつかは私じゃなくなっちゃうの? 悪霊的なやつになっちゃうとか?」


 当然に聞き返す。素人の彼女には疑問だらけだ。


「恨みを残すと悪霊になるとかって言われてるけど、死んで早々に境界を越えて影響を及ぼせる存在はかなり稀少(レア)だよ。えぇとLR(レジェンドレア)みたいな? レア度の低いその他大勢は世界に留まることもできないし、死んだら無に還るというか……成仏するだけ。たぶん、沙原さんにはそういう素質があったんだと思う。ここまではっきり自我を保ててるのはかなり珍しいから。SSR(ダブルスーパーレア)くらい?」


「はい? レア度とか言われると急にチープな感じがするんだけど?」


「まぁその辺りはどうとでも勝手に解釈してよ。とにかく俺は、沙原さんが誰かに何かを伝えたいなら仲介しようかなって思ってたんだ。若い人の場合、死んだことを悔やみながら狭間の異界で泣き暮らす人も多いから……」


 邑山晴桂。彼は世界の境界を越えて諸々の存在を認知できるだけでなく、直接的に影響を及ぼすことができる。


 それは本人の語ったLRな素質によるものではない。寺生まれでもなく、特殊な血統の後継者でもない。


 外れガチャな(ノーマル)でしかなかったのに、彼は()ばれてしまったから。喚ばれた先で叩き込まれたからだ。まさに目の前にいる沙原友希と同じ行動を発端として。


「あーそっか。そうだよね。邑山君に頼めば、こっちから伝えることもできるんだ。霊媒師とかイタコって感じね」


「まぁそんなモノかな。あと、もし沙原さんが成仏……無に還るのを望むなら、俺にもできないことはないけど?」


「成仏かぁ……うーん……いきなりそう言われてもなぁ……」


 沙原友希は死んでからも不安を抱え、悩んでいた。いきなり幽霊的な存在となり、誰にも認識されない、話ができない状況になってしまったのだ。


 混乱するのは当たり前だし、意思疎通が可能な相手が見つかればほっと胸を撫で下ろすのも当たり前。


 そんな中で「成仏する?」「このまま過ごす?」と聞かれても、答えに窮するのもごくごく当たり前と言える。


「別に今すぐここで決めろとは言わないよ。ただ、俺が気付いた以上、他の誰かが沙原さんの存在に気付く可能性はある。その他の誰かが、こうやってわざわざ()()()()コミュニケーションを取ろうとするかは分からない。それは理解しておいて欲しいかな」


「は? えぇと……それって力尽くとか? む、無理矢理成仏させられたり?」


「うん。あと、胸糞悪い話になるけど、今の沙原さんは法律とか常識とかで守られてるわけじゃない。だから、もし沙原さんに〝触れる〟ことができて、沙原さんが抵抗できないだけの〝力〟を持ってるやつが()()()()()()を望めば……」


 指摘を受け、《《その》》可能性に思い至る。沙原の顔色が一気に曇る。嫌悪感が背筋を走り抜ける。


「う、嘘でしょ……? え、ちょっと待ってよ。ゆ、幽霊みたいになってまで、性被害の心配とかしなくちゃならないわけ?」


「……実際に〝そういう事例〟を見たことがあるよ。当人が覚えてるだけで十年以上囚われたままの人もいた。飲まず食わずで年も取らない。ずっと死んだ当時の姿のまま。年若い女性の()()()()っていうのは、界隈の中でも一部からは()()なんだよ。場合によっては争奪戦になるくらいにね。それに、沙原さんはその……特別に綺麗だし、分かり易く〝女子高生〟してるから……」


 言い淀みながらも彼は伝える。新米である彼女に。今すぐ決めなくていいと言いながらも、暗に決断は早くしろと。


「えぇ……? 幽霊界隈にもJKブランドが浸透してるわけ?」


「所詮はニンゲンのやることだしね。()()()()()()相手にナニをしようが法的に罰せられることもないし、()()()()のをビジネスとしてやってる下衆な輩もいるらしいよ。あと、性的なアレコレ以外にも、単純に沙原さんみたいな存在を使役するために捕まえようとする連中だっているんだってさ」


 少々厳しい界隈の話。新参者の沙原にとっては寝耳に水。


 まさか自分のいる世界が〝死んだら終わり〟の通じない世界だったなど、彼女は思いもしなかった。


「し、使役って? 奴隷みたいにされちゃうの?」


「簡潔に表現すればそうだね。守護霊、使役霊、使鬼(しき)、式神、使い魔、ファミリア、憑き物、呪縛霊(じゅばくれい)幽波紋(スタンド)もう一人の自分(ペルソナ)境界記録帯(ゴーストライナー)英霊(サーヴァント)……まぁ呼び方や解釈は色々あるようだけど、沙原さんからすればこき使われる側になるのは間違いない」


「……」


 多少の心苦しさを出しながらも、邑山晴桂はつらつらと語る。それを聞く沙原の顔色は悪い。死んだ後に顔色が悪いとはこれいかに。


「…………どうしてなの?」


 先ほどまであった生き生きとした表情は抜け落ち、蒼白な顔のままに彼女は溢す。


「どうして死んだ後にまで、そういうごちゃごちゃしたことに(わずら)わされなきゃならないの?」


 その瞳の奥には、(うっす)らと昏い怒りが宿る。


「死んだら終わりじゃなかったの? ずっと寝てるみたいになって、二度と目が覚めないんじゃなかったの?」


 自我を……意識を取り戻した彼女は、目覚めたことへの疑問やあきらかな非日常・非現実への困惑を抱きながらも、僅かながら心躍ったのは確かだ。


 誰にも認識されない。相手の姿や声は聞こえるが、こちらからの声は届かない。視えない。まさに透明人間になった気分でいた。


 徒歩で自宅周辺をうろつき、親や友人たちが悲しむ姿も見た。自分の葬式にも参列してみた。


 嘆き悲しむ人たちを眺めながら、心が苦しくなったのも、死んだことを少し後悔したのも確かだ。


 だが、それでも沙原友希は仕方ないと割り切る。透明人間としてただフラフラと街を彷徨い、しばらくすれば、またマンションの屋上に戻るという繰り返し。


 自分の状況に不安はあるが、どこか安穏とした気持ちも抱いていた。


 他者(ひと)の目を気にしなくていい日々に。煩わしくない日々に。


「ねぇ? どうして煩わしいことを持ち込んで来るの?」


 家族も、親戚も、恋人も、友人も、教師も、ただの顔見知りも、SNSで繋がるだけの人も、なんならまるで顔すら知らない人ですら、誰も彼もが彼女に構う。放っておいてくれない。


 どこへ行くのも、なにをするのも誰かの目を気にしないといけない。


 皆が期待する〝沙原友希〟を演じないといけない。


〝沙原友希〟を少しでも外れると、皆がわらわらと寄って来る。心配という名の糾弾がはじまる。


 ストーカー被害を受けている時ですら、いつもの〝沙原友希〟を求められる。


 諸々が煩わしいからこそ彼女は跳んだ。縁もゆかりもないマンションの屋上から。


 死ねば解放されると思った。〝沙原友希〟を辞められると思った。


 実際に死んでみると、思っていたものとは違ったが、彼女はこれはこれで解放されたと感じたものだ。


 誰にも認識されない。〝沙原友希〟を求められない。望みが叶った。


 ただ、彼女自身はまだ気付いていない。


〝沙原友希〟を求められない世界で、現にこうして邑山晴桂を、自分を認識できる相手を待ち侘びていたことに。


「……私は別に頼んでない。構って欲しくない。どうしてそってしておいてくれないの?」


 どうして死んだ後にまで……と、そんな怒りがふつふつと沸いてくる沙原。その怒りは自己矛盾を孕む身勝手であるのを自覚せず。


「そう。なら俺はその意思を尊重する。あくまで俺のは自己満足なボランティアだし、沙原さんが望まないならそれはそれで構わないよ」


 一方の邑山晴桂はあっさりとしたもの。沙原の怒りに頓着しない。彼女の身勝手に付き合わない。


 彼の行動、その動機は、もし本当に同級生が死後に彷徨っているなら……という純然たる哀れみと善意だけ。沙原個人への特別な思いがあったわけでもない。


「え?」


「それじゃ気を付けてね。もしなにか俺に用事があるなら、昼間の学校にでも来てよ。気休めだけど、夜中にウロウロするより、昼間の方が視える系の人には見つかりにくいしさ」


 別れの挨拶と忠告を残し、さっと踵を返して歩き出す。


 情報を与えた上で当人が〝構って欲しくない〟という選択をした。


 邑山晴桂の自己満足はそこで終わりだ。


 当初の想定とは違うが、彼からすれば、これはこれでよかったよかったというところ。


「え? ちょ……! ま、待ってよ!? ねぇってばッ!」


 唐突な終わりに戸惑ったのは彼女の方だ。自ら望んだにもかかわらず、即座に構ってちゃんを発動してしまう。すたすたと帰ろうとする男子を呼び止める。


「え? どうしたの?」


「ど、どうしたのじゃないでしょ!? 邑山君はこのまま帰っちゃうわけ!?」


「はい? いや……そりゃ帰るよ。構って欲しくないって言ったのは沙原さんでしょ?」


「ぅ……そ、それはそうだけどッ!! こ、こういう場合ってなにかあるでしょ!? 同級生の女子が死んでからも困ってるのよ!?」


「はぁ?」


〝あ、これ面倒くさい〟


 思わず、そんな心のぼやきが顔に出てしまう。マスクをあっさり貫通する。目は口ほどに物を言うは事実だった。


「あー!? なによその顔ッ! なんで私が面倒なやつ認定されなきゃならないのよ!?」


「(いや、普通に面倒だからだよ。これだからキラキラ女子の相手なんかしたくないんだ。ってか、なんでこんなにはっきり自我を残してるんだよこの子……)」


 自我が薄くなりながらも、死んでしまったことを嘆く彼女の後悔を聞き、界隈のルールや注意事項を説明をした上で、家族や親しい友人、恋人などへの伝言を預かる。


 存在がまだ保てているなら、それを相手に伝えるところまで当人にも確認してもらう。


 それで終わり。


 あとは成仏してねという流れ。


 この度の沙原友希の件について、邑山晴桂の想定はそんなものだった。


 悲劇を事前に止められるに越したことはない。


 でも、起きてしまった悲劇についてはどうしようもない。


 だったら、せめて事後に最善を尽くす。


 最悪の中でそれなりのハッピーエンドを目指す。


 それが彼の()()()()()()()()における基本方針。


 それがどうだ。まさか死んだ直後から生前の自我と存在をほぼ丸ごと保ち、自分が死んだこともはっきり自覚しているなどとは流石に思わなかった。想定外。SSRは伊達じゃない。稀有な事例だ。


「……ふぅ。分かったよ。じゃあ沙原さんは俺にどうして欲しいわけ?」


 面倒くさいを隠そうともせず、邑山は改めて問い掛ける。


「ど、どうして欲しいかって言われると、ぐ、具体的には分からないけど……ッ! このままってわけにもいかないでしょ!? せ、性奴隷なんかになりたくないし! なんとかしてよッ!」


「あーくそ。こいつ面倒くせぇなぁ……だったらとっとと成仏すりゃいいだろうに……」


「ちょっと!? 普通に声に出てるしッ!! せめて隠してよッ!」


 邑山晴桂のボランティア活動は続く。



 ◆◆◆

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