8話
二人は長老の家に駆けこむと、アリーシアが「大婆様!」と声を荒げる。
ユリハと共に立つ長老の目の前には、白いドレスを着た人形が置かれ、ユリハはドレスを飾り付けている最中であった。ゆっくりと振り向いた長老は、その切羽詰まったアリーシアの姿を見て、なだめるように声をかける。
「どうした」
「リンデッタの花嫁を探す魔物を操る女の子がいたの。きっと、あれがリンデッタが感知してたものだと思う……。大婆様、儀式は散華が終わる前に行うことはできないの?加護を絶やしたらあの子、村を襲うかもしれない」
詰め寄るアリーシアに対し、長老の反応は随分と落ちついたものだった。
はっきり「できない」と口にする。
「あの儀式は魔力が枯渇して、リンデッタが贄を求めることで執り行うしきたりがあると伝えていただろう。花嫁が違えば魔力の質も異なる。リンデッタには異なる魔力を同時に注げない。
アリーシア。お前にできることは、明日に備えることだけだ。村の心配なんてしなくていい」
「……わかった」
ユジュアは項垂れるアリーシアを背後から見つめる。
そして、一歩踏み出して告げた。
「長老様。明日の儀式の際……俺がアリーシアの護衛として傍にいるのは難しいですか」
「まぁ」
話を聞きながら黙々と作業していたユリハが短く驚嘆を表し、長老は視線をアリーシアからユジュアに向ける。暫くの間、何かを推し量るようにユジュアを見た長老は目を伏せる。
「ユジュア殿」
「はい」
長老はゆっくりとユジュアの目の前へと進むと、杖を両手で持ち、目の前で祈るように掲げる。
「本来は貴殿に頼むべきではないこと──だが、その力をこの村に貸してくれないか」
「もちろんです」
ユジュアが即答した瞬間、常に緊迫した空気を身に纏う長老から穏やかな空気が流れる。しかし、それは長く続かず、長老は「ただ、願いごとがある」と一言告げる。
「決して、リンデッタの最奥──儀式の間には立ち入ってはならない」
ユジュアは力強く、確かに頷く。それを見た長老は一息ついて、踵を返して人形の元へと帰る。
「それでも良ければ、日が昇る頃、またここに来なさい」
翌日を迎えたユジュアは、しっかりと身支度を整えると、宿の外で剣を手にするフレイの姿を見つけた。
「フレイさん」
ユジュアを優しく見つめるその瞳は慈愛に満ちている。手にしていた剣を腰から垂れたベルトに嵌めて固定すると、ユジュアの元へとゆっくりと歩く。
「お待たせしました」
「私も今来たばかりだよ。──ユジュアくん、どうもありがとう。部外者である君がアリーシアのために……すまない」
「アリーシアの、お世話になったカシュラのためです」
申し訳なさそうに笑顔を向けるフレイは、ユジュアのその一言を聞くと、泣きそうな顔で「そうか」と笑う。
「じゃあ、向かおうか。花嫁の元へ」
ユジュアは頷き、二人はリンデッタの大樹の根元にある家へと歩み始めた。
二人は、長老とアリーシアが住む家に入ると、純白のドレスを身に纏うアリーシアの姿を見た。ユリハは小物の取り付けやアリーシアの髪を結い、花嫁として整えられていくアリーシアを見て、何一つ声を発することが出来ない。ユジュアは、隣で目頭を押さえて立ち尽くすフレイの心境を察し、フレイに声をかけることも出来なかった。
「これでどうかしら?」
ユリハは残りは頭につける純白なベールだけとなったアリーシアに鏡を見せて、花嫁姿を確認させた。
「うんっ、さすがユリ姉。とても素敵」
ドレスの姿を確認しようと、落ち着きもなく裾や袖を掴み、身体を捻るアリーシアの姿を見て、ユリハは「アリーシア」と声をかける。
「アリーシアによく似合っているわ」
と微笑んだユリハは、ずっと視線を向けていたユジュアとフレイに「ね、そう思うでしょ?」と話を振った。フレイは突然振られた話題に、身体の力を抜いて言葉をかけた。
「あぁ、とてもよく、似合っているよ」
「……」
「ユジュア?」
一方、ユジュアは話が振られたことに気が付いていないほど、アリーシアの姿に見とれていた。アリーシアが放心に近い状態のユジュアの目の前で手を振ると、ユジュアは、はっと意識を取り戻した。
「ねぇ、ユジュア。似合ってるかな?」
「すごく綺麗だ。綺麗だよ、アリーシア」
ユジュアは言葉に反して胸が締め付けられるような、そんな感覚に襲われる。
アリーシアは少し心配そうにしていたが、ユジュアからの言葉で満面な笑みを浮かべながら「ありがとう」というと、ユリハの元へと戻り、嬉しそうに話す。
「……花嫁衣裳、似合っていますね」
隣に立っていたフレイに話を振ると、フレイは静かに頷いた。
「あぁ。かなり複雑な心境だけどね」
フレイは「でも」と言葉を続ける。
「あの子は大樹と共になる。大樹と、村と。あり続ける限りは傍にいる」
フレイは自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐとユジュアの方へ視線を向けた。
「アリーシアがリンデッタの花嫁でなければと、アリーシアが花嫁として認められた時から繰り返し考えた。──だって、あの子は私の可愛い妹なのだから。
けど、あの子の成長を見守る内に、花嫁として選ばれなくてもあの子は花と共に生きて、私の頭を悩ませただろうと思う。
あの子はそれほどまでに、花に魅入られ、花に愛され。同じくらいに花を愛しているのだから」
フレイはもう、寂しそうな表情をしない。そんなフレイを見たユジュアは目を伏せた。
「俺もきっと。花に愛されるアリーシアだからこそ会えてよかったんだって思います」
外では太陽がリンデッタの頭上へと登る頃、ユリハはアリーシアの頭にベールをかけた。
二段のフリルが顔を覆い、後ろのベールはラウウェを避けて肩まで届く。ベール越しに彼女の表情を伺うことは出来ない。
「ねぇ、おばあさま」
ユリハはドレスの微調整を行いながら長老に問いかける。
「私も儀式の間についていってもいいかしら」
「ユリ姉も?」
驚いた声を出すアリーシアに微笑みかけて「うん」と答える。
「次の儀式を私が執り行うことになるなら、アリーシアを見送りながら脳裏に刻んでおきたいの。私は、今日のことを忘れないから」
「次の儀式をユリハさんが執り行う?」
アリーシアたちと少し離れた位置にフレイと共に護衛として待機していたユジュアが一人、疑問を浮かべると、壁に背を預けて剣の確認をしているフレイがその問いに答えた。
「ユリハは長老の孫なんだ。代々長老としてこの村を守り、花嫁の育成と見届人として生きる、その家系の」
ユジュアはユリハたちの方へ視線を向ける。
「いいだろう」
長老は許諾する。ユリハはアリーシアに慈愛のこもった眼差しを向けながら微調整を終え「これで終わったわ」と告げるとアリーシアは「ありがとう」と口にする。
そのやり取りを聞いたフレイが剣を鞘にしまうと長老と視線を交わす。
「では、行くぞ」
「はい」
──儀式まで、あと少し。




