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7話

ユジュアは再び丘で座り込んでいた。


気付けば日が暮れ、辺りはすっかり暗くなっていた。微かな光が灯る村を抜け出し、丘で一人、掌で遊ばせるように生み出した火には目もくれず、大樹の存在を妬むように見つめていた。


──わかっていたんだろう?


心の中で静かに問いかける。


アリーシアが特別な人間だということは、初めから感じていた。その特別がまさか、大樹への生贄であるとは全く想像できなかったが。


ユジュアは薄ら形を見せるリンデッタを真っ直ぐ見つめて、心のどこかで羨んだ。


「アリーシア」


「なぁに?」


縋るような声でアリーシアの名を呟いた瞬間、彼女は来た道から遅れてやってきた。何も変わらない笑顔で。


「ごめんね、待たせてしまったよね」


そう言いながらアリーシアはユジュアの前を遮って右隣に腰をかける。並んで座った二人の間には少しの間沈黙が流れて視線は彷徨う。啖呵を切ったのは、アリーシアだった。


「大婆様から明日、儀式を行うという話があったんだ」


「明日…………」


「散華が終わるらしいの。

明日の日が頂に昇るときに執り行うって。私は、花嫁衣装を着て、花嫁と見届人しか出入りのできないリンデッタの最奥へと潜るの。そこには、先代の花嫁も捧げられた台座があって、私はそこに座るだけ。それだけで、私は」


アリーシアは目を瞑って、ゆっくりと開ける。


「それだけで。私という存在は死ぬ」


アリーシアはあまりにも呆気ないよねと笑うが、ユジュアの表情を見て、そっと俯く。そして、少しの間を置いて、優しい声色で「ねぇ、ユジュア」と呼んだ。


「私、ね。ユジュアがカシュラに来てくれて、私と出会ってくれて本当に良かった。私は生まれながらにして花嫁だったから、村の人たちから特別大切にされたよ。だから、寂しかった。

けれど、キミは私を一人の人として見てくれて、私に外を教えてくれた。──とても、嬉しかった。

ずっと、ずっと一人で夢見たことをユジュア伝手に少しだけでも知ることが出来て、嬉しかった」


寂しそうに笑う彼女の姿を見て、ユジュアは胸が締め付けられる。引き止めるような声で「アリーシア」と名を呼ぶが、それでもその表情は変わらないどころか、より一層、寂しさが増した。


リンデッタの花嫁。


それは、アリーシアの運命。


アリーシアの人生そのもの。


彼女はリンデッタの生贄として生きてきた。そして、そのまま生贄として生を終わらせることこそが彼女の終焉であり彼女の大好きな村の存命のためには避けられない。


ユジュアはふと、二人の間に置かれた手を浮かせて彼女の手に重ねようとした。しかし、宙に浮いたその右手は彼女の手に重なることなく元に戻る。


アリーシアの方へと体を向ける。


「アリーシア。俺と一緒に、外の世界へと逃げないか」


時が止まる。


縋るような声で、振り絞って出てきた言葉。ユジュアはその問いに対する答えを理解していた。彼女の決意を揺らぐようなことを今言うべきではないことも理解していた。


だけど、一縷でも「逃げたい」という意志があるならば、彼女の手を取ることをどうか許して欲しいと願って。


当の本人であるアリーシアは、驚きもせず静かに首を振った。


「とても魅力的なお誘いだけど、それはできない」


「そう、だよな。ごめん」


「ごめん。ただ、私の願いは叶ってはいけないものだから」


「っ……」


アリーシアからユジュアに向けられている優しい微笑みに、ユジュアは心痛めた。


「アリーシアは死ぬことについて恐怖はないのか。逃げたいって、思わないのか……?」


ユジュアは堰を切ったようにアリーシアへ問う。そんなユジュアの問いに対して、アリーシアの答えは一つだった。


「花に看取られて命尽きるなんて、とっても素敵なことでしょ?」


愛おしそうな目で彼女は語る。アリーシアの本心を正確に測ることはできないが、ユジュアはこれがアリーシアの本心で、リンデッタの花嫁として覚悟を決めていることを確信した。


──きっと、そんなアリーシアだからこそ、俺は惹かれたんだろう。


「あはははっ」


「えっ」


ユジュアは諦めたような、安堵した顔をすると、急に笑い出す。そんな姿を見てアリーシアは驚きつつ慌てる。ひとしきり笑いきったユジュアは、目元を擦りアリーシアを見つめた。


「アリーシア。これを」


ユジュアは首にかけていた名が刻まれている銀のペンダントを外し、アリーシアの首につける。


「短い間だったが、アリーシアと会えて嬉しかった。カシュラのことを知れてよかった。


これは俺からのお守りだ。儀式の成功を祈っているよ」


アリーシアは首にかけられたペンダントをまじまじと見て、「いいの?」と問う。


ユジュアが頷くとアリーシアは満面な笑みを浮かべて、


「ありがとう」


と、喜んだ。そんな姿を見てユジュアは改めの胸の内で祈った。彼女の首元で暗い中でも光を拾ってキラキラと光っているそれが、彼女の助けになることを。


「ねぇ、ユジュア」


「なん……」


ユジュアが顔を上げると、唇と唇が重なる。


右手に左手が添えられて。


たった一瞬の出来事だったが、二人にとってこの一瞬はとてつもないほど長く感じ、また短く感じられた。


そっと離されたそれの感触が残り続けて鼓動は鳴り止まない。


「……えっ、あっ。アリーシア……」


「形には残らないから。ユジュアへの、おまじない」


そういって勝ち誇ったようににこりと微笑む彼女を見て、ユジュアは顔をさらに赤く染めた。アリーシアと向き合うことに耐えられなくなり、草の上に寝転がる。アリーシアにより重ねられた手を握りしめて。


腕で顔を隠し、ひたすらにその表情を、その感情を溢れださないように。そして、深いため息をついた。


「それは、反則だ」


アリーシアはユジュアを微笑ましく見つめる。


「素敵なまじないだといって欲しいね」


「全く素敵なまじないだよ。一生忘れられそうにない」


「本当?私のこと、忘れないでいてくれる?」


ユジュアは寝転がりながら冗談のように笑うアリーシアの手を強く握りしめる。


「あぁ。できるならこの手すら放したくない」


ユジュアは眉尻を下げて笑う。


「それは、困っちゃうなぁ……。明日で私、リンデッタのお嫁さんになるのに」


アリーシアも同じように笑う。


それに対して言葉を紡ごうとするユジュアの唇に、アリーシアの指が添えられる。


「だから」


ユジュアの視線は頭上でその繊細な髪を垂らして不敵な笑みを浮かべるアリーシアしか映さない。傍にいる彼女の香りが草木の匂いと混ざってユジュアの鼻腔を犯して止まない。


「今くらいはキミと共に」


暫くの間、二人は並んで寝そべっていた。


言葉は控えめに交わし。手から伝わる互いの熱を感じ。


既に勘づかれている想いを一言も口にしないで。


月が頂に差し掛かった頃、ユジュアからその一時を断った。


長い間寝そべっていたユジュアはゆっくりと起き上がると、腕を真っ直ぐ上に伸ばし、リンデッタを真っ直ぐ見据えたまま呟いた。


「俺は短い間だったけれど、アリーシアと会えてよかった」


「うん」


目をつぶっていたアリーシアはその瞳に光を受け入れると、優しく微笑むユジュアの表情を捉えた。


そして、ユジュアが差し伸べた手をアリーシアは確かに取り、起き上がる。


「この景色も、この感触も、共に見られるのはすべて明日までなんだ」


自らの二本の足で立ち、カシュラを見据える彼女は言葉に反して清々しい顔をしていた。


「帰ろう、私たちの村に」


二人は踵を返して村へと歩き始める。道中、曲線が大きく広がったS字の道へ差し掛かると、先程まで歩いていた道の草むらから聞き覚えのある低い唸り声を聞き取った。ユジュアはアリーシアを庇うように前に立ち、左腰に携えている剣の柄に手を添えた。


草むらの揺れる音と共に現れたのは、数日前に見た魔物と同種と魔物の群れに佇むひとりの少女だった。


くすくすと笑う少女は、魔物の毛を撫でながらユジュアの背後で座るアリーシアの姿を真っ直ぐ捉えると、にやりと微笑んだ。


「みぃつけた」


穏やかな空気から一転して、その場は緊張が走った。アリーシアは警告を発するように、襲ってきた頭痛で察した。目の前にいる少女こそが、リンデッタが警告していたものだということを。ユジュアはアリーシアが頭痛に襲われていることを視界の端で確認すると柄を強く握る。


「あの樹のせいで辿り着くのに時間かかっちゃったわ。でも、その魔力量と魂。貴方が噂の花嫁様ね?」


「さぁ?なんの事かさっぱり分からない」


少女の問いにアリーシアはとぼけるように答える。顔を歪ませて答えるアリーシアを見て、少女は「ふぅーん?」と呟いた。


「仮に違うなら早くリンデッタの花嫁様に伝えて?


わたしは花嫁さまをお迎いに参りますってね」


少女は一通り話終えると魔物の背を叩き、笑顔で手を振る。


魔物たちは一斉に雄叫びをあげ、二人の元へと駆け出す。


「はぁっ!」


ユジュアは抜剣して向かい来る魔物にその刃を通していく。斬られた魔物は黒い泡となり宙で消える。


「ユジュア!!!」


「っ……!?」


アリーシアが叫んだ瞬間、左から来ていた魔物がユジュアの左肩に噛み付いた。肉に牙がくい込み、熱を纏う鋭い痛みに襲われる。ユジュアは瞬時に左手で小さい爆発を起こし、魔物はその口を開いて距離をとる。


アリーシアは少女の方に目をやると、少女は自身の手をナイフでなぞり、詠唱を唱えながらその手を振るう。少女の手から放たれた彼女の血液は地面に落ちると小さな魔法陣を描き、そこから魔物が産まれた。


アリーシアと目が合った少女はにんまりと笑みを浮かべる。少女は口の動きだけで「さあ、追いかけっこしましょ?」と煽り、アリーシアはゾッとした。


ユジュアはそんなやりとりが傍で行われていると気付かない程に目の前のものに翻弄される。無限に湧いてでる魔物たちをいくら斬ってもキリがない。


飛びかかってきた一匹を叩き切るように切り捨てたあと、剣を払って鞘に仕舞うと、少女や魔物に背を向けて、真っ直ぐアリーシアの方へと駆け出す。


「抱き上げるぞ!」


ユジュアはアリーシアを横向きに抱えあげると目線を合わせて安心させるように微笑んだ。


「このまま逃げよう」


アリーシアは不安げにユジュアの胸元の衣服を握りしめ、静かに頷く。


「明日まではリンデッタの加護が残ってるから、村まで逃げ切れれば安心なはず……」


「わかった。──じゃあ、舌を噛まないように口を閉じて」


アリーシアを引き寄せてしっかりと抱きしめると、ユジュアは背後を振り向かずに真っ直ぐリンデッタを見据えると、開けた道から飛び降りた。先程までいた崖に比べると高低差が縮んでいるが、それでも高さがある。ユジュアは、着地の衝撃と噛まれた左足の痛みを振り払って道を駆け抜ける。


アリーシアは背後の様子を伺うと、同じように崖を飛び降りてくる魔物たちの姿を見る。思わず衣服を強く握るアリーシアの反応から察したユジュアはその足を早めた。


そして、ひとり取り残された少女は丘の上で獣と距離を保ちながら村へ逃走する二人の姿を見つめる。


「嘘なんかついちゃってかわいい花嫁様ね」


浮かべた笑顔を縫い付けたまま、冷たい目線を送る。


「すべてはあの人のために。絶対に逃がしはしないわ」


吐き捨てるようにつぶやくと、少女は踵を返し林の中へと姿を消した。

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