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6話

ユジュアはアリーシアに手を引かれて村へと急ぐ。道中名を呼んでも振り返らないアリーシアは真っすぐ長老の家へと向かうとその扉を大きく開ける。


そこには椅子に腰を掛けた長老と、大きく鳴った扉へ振り向き、腰に携えた剣の柄に手をかけていたフレイがいた。大きな物音の正体がアリーシアとわかると柄から手を放す。


「アリーシア」


名を呼んだフレイと目を合わせて頷くと、アリーシアは長老へと問う。


「大婆様、これって」


椅子に腰を掛けたままの長老は静かに頷いた。


「散華だ」


「っ……!」


声色を変えることなく淡々と言い放つ。それを聞いたアリーシアは拳に握りしめた。長老は、アリーシアの後ろに赤髪の青年が立ち尽くしていることに気がついた。その表情は疑念と困惑、悲観が入り交じる、複雑な心境を露わにしていた。


「フレイ」


「はい」


長老に名を呼ばれたフレイは何を村の外から来た者に伝えるかすぐに察し、ユジュアの方に顔を向けてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「キミには、この村は魔物が滅多に近寄らないことを伝えた。あのときはしまったと思ったよ。

こんな辺鄙な村に、魔晶石に魔よけを施せる魔術師なんかいない。ただ、この村には大樹がある。リンデッタの大樹が」


「リンデッタが……?」


フレイは頷く。


「あの大樹は、加護の木。邪な魂から無垢な魂を持つものを守る大樹なんだ。ただ」


「その加護の力はリンデッタに捧げられるリンデッタの花嫁の魔力によって維持される。散華というのは、その加護の木リンデッタの魔力が尽きることを告げる行為なんだ。散華が近くなると加護が弱まるから、魔物が近寄り始めたのはそのせい。

そして、散華が終わると次の花嫁を捧げなければならない」


フレイの説明を遮ってアリーシアが口を開く。


背を向けて淡々と言葉を紡ぐアリーシアに、ユジュアは胸騒ぎを覚えていた。アリーシアの声が、まるで何かの覚悟を決めるような、強く確かな言葉だったから。


「花嫁は、その魔力が尽きるまでその肉体も精神も、魂すら解放されることはない。

なぜなら、捧げられた時点で花嫁のそれらはリンデッタのものになるから。花嫁は永遠に己の意志で動かない。

捧げられれば、人として死ぬ」


理解できるけど、理解したくない。


「そんなの、花嫁って呼んでいるだけで生贄と一緒じゃないか」


ユジュアは思わずつぶやいてしまった。胸の内に、ふと浮かんでしまったその言葉を。自身が口にした言葉に気付いて慌てて口を押える。その言葉を聞いたアリーシアの力んでいた手は脱力し、フレイはアリーシアから目を逸らす。


「そうだよ。花嫁なんて、いいように呼んでいるだけさ」


ユジュアを真っすぐ見つめながら長老が投げ捨てる様に話す。


「我々もできることなら、村の大切な子らを失うようなことはしたくない。が、これ以外に方法がないのだ」


「……すみません。口が過ぎたことを」


「そう思うことは自然なことだよ」


フレイは微笑む。


「俺も、そう思ったことがあった。それにどうにかできないかと考えたこともあったよ。

だけど、何にも見つからなかった」


諦めたように笑う。ユジュアは何か続けようと口を開くが、喉から声が出なかった。


そして、フレイのその言葉を最後に、緊張を含んだままこの場は静まり返る。


耐えきれなくなったユジュアは思わず視線を下げた。


足元には床の木目がぼんやりと見え、連想して村の中央に佇む大樹の姿を思い返す。


リンデッタの花嫁。


あの大樹はそれを必要とする。その力を保つための贄として。


ユジュアの頭に、ひとつの疑問が過ぎった。


──あれ。次のリンデッタの花嫁は誰なのか。


考えれば考えるほど、足元の感覚がなくなっていく。


まるで、ここまで答えを導くヒントが並べられているのに、自身の考えが外れて欲しいと願っているような。


ユジュアの鼓動が早くなる。


顔を上げてはならないと、その問いを聞くべきではないと頭が必死に訴えているのに、体はそれに反して疑問とともにアリーシアへ視線を投げかける。


「なあ、アリーシア。もしかして」


目の前の少女は「あーあ」と残念そうに振り返る。ユジュアの瞳を真っ直ぐと見据えた彼女の視線を、ユジュアは逸らせない。


「アリーシアが、リンデッタの、花嫁……?」


「そう。わたしがリンデッタの花嫁」


アリーシアは振り切れたような、諦めの笑みを浮かべる。

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