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5話

二人は、それから次の日も次の日も、繰り返しカシュラを巡った。


ある日は出会った花畑で二人は花冠を作り、またある日はフレイやユリハも交えて花畑から少し外れた川辺で狩りや釣りをして昼餉を作った。


この数日間は互いの人生でも一番と呼べるほど無邪気に過ごしていただろう。朝は必ず宿で過ごし、夕方はリンデッタの傍に建てられているアリーシアの家の前で語らう。


二人の間には笑顔が絶えず咲き、二人の心の距離は近付いていた。


出会って数日後。その日は必ず朝食を取りに宿へ顔を出していたアリーシアが定刻になっても訪れない。食堂でフレイとユリハは、いつも通り朝食を取り終えたユジュアに話しかけた。


「あの子は一人で料理ができないから食事は必ずここで取るの」


ユリハはアリーシアへ持っていくために、出来たてのパンを2つ、3つほどバケットに移しながらそう語る。


「アリーシアは、ちょっとした事情があって長老の家で暮らすことになったが元々はこの宿の、丁度、ユジュアくんが使っている部屋があの子の部屋だったんだ」


フレイはユジュアの目の前の椅子に腰を掛けて懐かしそうに語る。突然、彼女の話をする二人の話を聞き、ユジュアに確証のない胸騒ぎが襲う。


「どうして、俺にそれを」


──今、どうしてそれを話すのか。


ユジュアは、二人の瞳が揺れるのを見て言葉を失った。フレイは目を伏せ、そして覚悟を決めたように瞳を真っすぐユジュアへと向けて話し始める。


「昨晩、アリーシアがね」


その言葉を聞き終える前に、ユジュアの体はアリーシアの元へと駆け出していた。


息を切らせてアリーシアの家に辿りついたユジュアを出迎えたのは、アリーシアより背丈が低い茶髪と白髪が混ざる熟年の女性だった。彼女は、ユジュアを見つめて静かに頷くと家に招き入れる。


「初めましてユジュア殿。私はこの村の長であり、アリーシアの育成係。あの子は奥の部屋にいるよ」


気持ちの焦るユジュアに反して、言動がゆったりとした長老はゆっくりとアリーシアが眠る部屋へと案内する。


「アリーシア」


中央に置かれた寝具に横たわるアリーシアへ歩み寄り顔を覗くと安らかに眠っている。呼吸も整ってただ眠っているだけだった。


「昨晩、この子が倒れた話をあの子らから聞いて駆けつけたのだろう。だが心配には及ばない」


淡々と話し長老は踵を返す。


「この子のそれは、なんらおかしいことではないのだ」


消えるような声で呟くと、ユジュアとアリーシアを残して部屋から立ち去った。


アリーシアから視線を逸らせないユジュアは、ゆっくりと出会った時から一刻も変わらない白い肌を見つめ、彼女の頬に手を添えると、そのまま横に撫でた。


頬にくっついた、普段サラサラとなびかせている横髪に指を通すと髪は重力に抗えず、その小さな耳元に髪の束が垂れた。自身を好き勝手されているのにも関わらず表情は微動だにせず、そのまま消えてしまいそうな透き通った寝顔に顔を顰めた。


寝具の横で膝をついた彼は、アリーシアの手を握って締め付けられる胸を抑えた。




初日に二人で訪れた丘に生えた木の下で、ユジュアは木影に隠れるように腰をかけていた。


頭に残るのは彼女の安らかに眠る顔。


ユジュア自身が驚いてしまうほどに、彼女の顔が頭にこびりついて離れない。まるで、美しい人形のような容姿を保ったまま、どこかへ手の届かない遠くへ連れ去らわれてしまうのではないかと。


脳裏で鮮明に映る、楽しい日々が夢のように駆け抜けて、現実という指からすり抜けて落ちていく。


ふと、ため息をついたその時だった。


「ここにいたんだ」


「アリーシア」


風が静かに流れる中、透き通った声は確かにユジュアの耳へと届く。


「心配、かけてしまったかな」


頭から一刻も離れなかった彼女本人が、その長い白髪を押さえながらユジュアに向かって静かに笑う。想い出の中で繰り返された美しい笑みで。


「もう大丈夫なのか。やはり、あのときの頭痛が……」


「うん。あの時の比にはならなくて。でも大丈夫。今回はきちんと大婆様──長老に診てもらったから」


ユジュアの隣に腰をかけて思い出話を語るように話し始める。


「ここは安心するよね」


夕日からの逆光で影になるアリーシアから顔を逸らし、眼下に広がる村を真っ直ぐ見つめて言葉を綴る。


「ここならカシュラや村のみんなを遠くから傍観できて、今日も村は平和なんだって思えるから」


ユジュアは恐れていた。


「俺は旅はいつも人から距離を置いてきた。何事にも線を引いて自分の自由だけは絶対に保って穏便にすませてきた。でも、おかしいんだ。アリーシアが初めてだったんだ。こんなに近付きたいと、踏み込んででも知りたいと思ったのは」


アリーシアから見たユジュアは、夕日を浴びてキラキラと輝く。燃える髪の色は鮮やかに、深い森のような瞳は決意を秘めていて。


「教えて欲しい、アリーシア。


……あの日、アリーシアは特別であることを否定しなかった」


リンデッタの大樹の下で、話したあの日。アリーシアは問いかけに対して「誰よりも花に愛された」とユジュアに話した。アリーシアは口もとを抑えてあの日のことを振り返る。


「なぁ、アリーシア。君は何を抱えているんだ?」


アリーシアはその問いに何も答えない。答えられなかった。


ユジュアは、アリーシアが口をつむんでいるのを見て目を伏せると、思い出したかのように腰のポーチから小袋を取り出して、一輪の赤い花を取り出した。


「え」


彼女の酷く驚いた顔。瞳に映る炎は揺れ動く。


この花はリンデッタの大樹から降りてきた赤い花。


ユジュアはこの花がどんな花なのか詳しくは知らない。だが、彼女たち、リンデッタを敬い共に過ごす人々ならばこの花があの時舞い降りてきた意味を知っていると踏んだ。そして、それがアリーシアに関係するのではないかと。


しかし、彼女のこの反応は予想以上だった。


「アリーシア」


アリーシアは血相を変えて村の──リンデッタの大樹を見た。


つられて大樹の方へ向いたユジュアの視界に映っていたのは、村の上空に手元にある赤い花が散っている光景だった。

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