if end「銀のペンダント」
7話でユジュアがアリーシアに渡した「名の刻まれている銀のペンダント」を渡さなかった世界線の物語。
⚠メリーバッドエンド気味
⚠7話途中(少女登場)から儀式後までは割愛していますが、本ifにおいても襲撃はされています。
「花に看取られて命尽きるなんて、とっても素敵なことでしょ?」
愛おしそうな目で彼女は語る。アリーシアの本心を正確に測ることはできないが、ユジュアはこれがアリーシアの本心で、リンデッタの花嫁として覚悟を決めていることを確信した。
──きっと、そんなアリーシアだからこそ、俺は惹かれたんだろう。
「あはははっ」
「えっ」
ユジュアは諦めたような、安堵した顔をすると、急に笑い出す。そんな姿を見てアリーシアは驚きつつ慌てる。ひとしきり笑いきったユジュアは、目元を擦りアリーシアを見つめた。
「アリーシア」
ユジュアは手持ち無沙汰であった右手でアリーシアの肩を引き寄せて抱きしめると、今でも泣きそうな声で名を呼んだ。
「なぁに?」
優しい声で問いかけるアリーシアもまた、ユジュアの背中に手を回す。ユジュアは言葉に詰まり、互いの体温と鼓動だけがこの場を構築する。
「アリーシア。短い間だったけど、アリーシアに会えたことは一生の思い出になったよ。
──明日の儀式、成功を願っている」
「うん。……ありがとう」
暫く抱きしめたままで。
お互い、縋るように抱きしめ合い、先に手を離し突き放したのはアリーシアだった。
「帰ろう、私たちの村に」
泣き出しそうなアリーシアを見て、ユジュアは素直に頷いた。
踵を返して村へと歩き始める道中、少女に襲われたが、どうにか逃げることに成功し、とうとう運命の日が訪れて妨害もあったが、アリーシアはフレイやユジュアの助けがあって儀式の間へと辿り着く。
儀式の間は部屋一面に赤い花が咲き誇り、長老やユリハより聞いていた先代のリンデッタの花嫁──ユリハの母が頭上に付けていた花によく似ている。そして、そんな花の中心には八重咲きの花弁の形をした台座が佇んでいた。
「リンデッタ」
アリーシアは透き通る声で力強く話しかけた。その声に呼応するように台座は光を発する。それは、アリーシアを招き入れる合図であった。
その合図にアリーシアは無自覚に息を飲んだ。死を恐れているのではない。リンデッタに拒絶され、儀式が上手くいかないこと──村に加護が与えられないことを恐れた。
不安で目を閉じると、暗闇の中にユジュアの顔が思い浮かぶ。
──ユジュアが応援してくれたじゃない。
自身を鼓舞したアリーシアはその美しい瞳を開き、カーペットのような赤い花畑の中をゆっくりと進んでいく。
そうして、純白で無垢な花嫁は長老たちに見守られながら花の形をした台座に腰をかけて目を瞑った。
──何もかもを。この立場も、運命も。すべてを捨てられたら、どれほどよかったのだろう。しかし、それらをすべて捨てた私は、私であって私じゃない。
心の中で自問自答し、自然と力が抜けていく。
瞼の裏で。何も見えないはずの暗闇の中で、視線の先に彼女の姿が見える。
「リンデッタ」
アリーシアはすぐに悟った。これは迎えだと。
ゆっくりと近づき、彼女に手を差し伸べる。
「さあ、私を連れて行って」
諦めたように笑うと、リンデッタはアリーシアの手を取る。
「──無垢なアリーシア」
名を呼んだリンデッタはアリーシアの手を強く引き寄せ問いかける。
「貴方は誰の花嫁だ?」
「私は貴方の花嫁よ」
アリーシアの答えにリンデッタは「そうだ」と呟いた。
「アリーシア。貴方は私の花嫁なのだ。
私の、私だけの、無垢な花嫁」
アリーシアはリンデッタとよく話し、この大樹のことを、この大樹に宿る加護を担う精霊についてもよく理解しているつもりだった。しかし、どこか様子がおかしい。
しかし、アリーシアの体は既に台座に座り、大樹に捧げられている。今更、この違和感に気が付いたところで手遅れだった。抱き締められ、耳元でリンデッタが囁く。
「アリーシア。あぁ、私の愛し子──こんなにも穢れてしまって」
花に魅入られた少女は、アリーシアという器に飾られた。
散華を見送って数年後。ユジュアはリンデッタの開花を見送って、アリーシアとの約束とおり各地を巡ったユジュアは、アリーシアへの報告のため、再びカシュラの地へと訪れた。
アリーシアと出会った花畑に差し掛かり、ユジュアは出会った頃の光景を脳裏に浮かべて浮き足立って進んでいく。
しかし。
ユジュアの眼前に広がる光景は、記憶とは程遠いものであった。
花は枯れ、辺りの植物もどこか元気がない。気候的な問題かと思ったが、ユジュアがカシュラの地で過ごした頃と大きくは変化していない。
変な胸騒ぎを感じたユジュアは駆け足でカシュラへ向かうと、かつて赤い花から白い花に変わった大樹は顕在しているが、大樹の根は大きく成長している。また、大樹を囲むように出来ていた村は、家屋や畑が荒らされ、人の気配を感じさせない。
「なんだ、これ」
ユジュアは柄を手にかけ、警戒しながら村の中へと入っていく。そんなユジュアがまず真っ先に向かったのは、フレイとユリハが営んでいた宿だった。
村の中を歩いて暫くするとある宿は、道中見かけた他の家屋と変わりなく、大樹の根が下から盛り上がって壊されていた。家が歪み、立て付けが悪くなった入口を体当たりして強引に壊したユジュアは、勝手に中に入り、大声で二人の名を呼ぶが応答はない。
「ユリハさん!フレイさん!」
過ごした日々の中で毎日アリーシアと話しながら食事をとったキッチンへと足を向けると、キッチンには人の姿はなく、その代わり床から見覚えのある花が咲いていた。それは、白いマーガレットと白い百合の花弁であった。
ユジュアの脳裏に浮かぶのは、首元に白いマーガレットを咲かせてアリーシアに微笑むフレイと、頭に白い百合を咲かせてそんな二人を見てのんびり笑っていたユリハの姿であった。
──違う。きっと、二人がここから避難する際に植えた花に違いない。
一瞬頭によぎったことを否定するように頭を振ったユジュアは、宿から飛び出て、駆け出した。
気がつけば、長老の家に辿り着いたユジュアは戸を叩き、「長老、居ませんか」と声をかけたが、物音ひとつ返ってこない。長老の家は上に膨らむように曲線を描いた根の真下にあるため、ユジュアが戸を押すと木が軋む音は鳴るものの素直に開き、中に入ることができた。
かつてアリーシアが寝ていた寝室まで辿り着くと微かな物音が聞こえた。
「長老?」
呼び掛けながら戸を開けたユジュアだったが、その部屋も誰もおらず、中央の寝台に周りに花が植えられていた。踵を返そうとしたユジュアの頭に一人の少女の声がよぎる。
──ユジュア。
その声はユジュアを縛り付けるもので、忘れられない少女の声。
「アリーシアなのか……?」
もちろん周りには人影すらなく、ユジュアの呼び掛けに答えるものは何もいない。
幻聴に等しいその声も、現状の有様に困惑していたユジュアにとっては希望の光のようなものであり、アリーシアを送り届けた儀式の間へと、自然に足が運んでいた。
大樹の中に入る入口は、かつては大樹や儀式の間を守る為だけに掛けられたであろう青白い光を放つ術式が仕組んであったが、数年経った今は守るものは何もない。
ユジュアは携帯していたランタンに光を灯し、大樹の中に足を踏み入れた。
外は惨憺たる有様なのに、乱れのひとつ許さない大樹の中には螺旋階段があり、それを下っていくと、ユジュアは目が潰れるような眩しい光を放つ空間があることに気がついた。
ランタンの光を消して、目を慣らしながらゆっくりと空間に入ると、そこは白い花の花畑であった。
そして、この中心には大きな花を頭に付けた少女が独りで座り込んでいる。ユジュアは目を見開いてこの光景を見つめた。
──まるで、アリーシアと出会った時のようだ。
ユジュアはあの時と同じように、どこからか吹いた強風に背中を押され、花畑の中に足を踏み入れる。
「アリーシア……!」
花畑に佇んでいる美しい少女の名を呼ぶが、少女は顔を伏せたままでその表情まで伺えない。
踏み込むことを躊躇われる距離感と状況を切り裂いたのは、少女の方だった。
「あぁ、君だったのか。私の愛し子を誑かしたのは」
アリーシアと同じ声、同じ容姿。なのに、纏うオーラや発される口調は別物で、よく似た目の前の少女は、ユジュアに対して敵意を向けているように思われた。
「お前は誰だ?」
ユジュアは敵意を察して、腰の弓に手をかける。
「俺はユジュア。君はアリーシアではないんだな」
目の前の少女は否定も肯定もしない。真っ直ぐ、アリーシアと同じ容姿でユジュアの顔を見つめて、手を前に突き出す。
その瞬間、花畑の下からツルが勢いよく伸び、ユジュアの脇腹を掠めた。
ユジュアは話し合いが通用しない相手なのだと察すると、痛みを押し殺して腰の弓と背中の矢を取り出し、少女の胴を狙って何本か射抜く。微かな回転を交えて真っ直ぐ飛ぶ矢は、少女の胴まで届かず、それぞれツルによって握り折られる。
機敏に動きを捉えるツルに飛び道具は為す術もなく、弓を留め具に留めて、抜剣すると真っ直ぐツルへと駆け出す。ユジュアとしては少女本体へ距離を詰めて、無理矢理にでもアリーシアのことを聞き出したいと思ってしまったからだった。
動きを止めようと向かってくるツルは横に回ったユジュアの振り上げた刃を通し、その先端を呆気なく花畑の上に散らせる。
その瞬間、少女の奥に見えた大きな花弁より悲鳴のような音が聞こえ、目の前に佇む少女はその口角を歪ませた。
「あぁ、キミは酷いんだなぁ」
少女がそう告げた瞬間、奥の花弁が開き、中から出てきたのは、下半身は花に埋もれているものの、上半身は少女と瓜二つの女の姿であった。
「キミを誑かした人間はキミを平然と傷つける。なのに、未練があるのかい?」
今まで対峙していた少女は、虚ろな目をした花に埋もれた少女に浮いて近づき、その頬や輪郭を優しくなぞる。そうして、そのまま花の真上まで浮かび上がる。口角をあげ、まるでこれから起こる出来事を楽しむように笑っていた。一方、花に埋もれた少女は、腕は緑色に変色しているが、その姿は紛れもなくアリーシアだった。
「イタイ、イタイっ……!」
アリーシアが自身の肩を抱いて苦しむと連動するようにツルは一斉に地中へ浮き上がる。
美しい花畑は花弁を散らし、視界を塞ぐ。
ユジュアの身体を掠めようとするツルを剣で捌く度に、かつて微笑んでくれたアリーシアと同じ声の悲鳴が、その空間に木霊して、ユジュアの行動に躊躇いがじわじわと侵食する。
腕を掠め、足を掠め。自我を失った花はトドメを刺すように、ツルを束ねてユジュアの頭上から叩き落とした。間一髪、滑り込むように回避し、ツルを切り捨てていく度にアリーシアの悲鳴は聞こえ、動きが乱暴なものへと変わっていく。
ツルが地面を叩くと土が跳ねた。咄嗟に目蓋を下ろすユジュアには、夢を語り、カシュラを愛し、かつて心から惹かれた、美しい花であるアリーシアの笑顔が浮かぶ。
「アリーシア!」
悲痛な叫びは花を持たないユジュアから花へと届かない。
「君は、カシュラを守るために花嫁になったんじゃなかったのかっ……!」
儀式を行った日、長老とユリハさんは無事に儀式を終えたと話していた。確かにユジュアもまた、リンデッタにアリーシアを連想させる白い花が咲き誇った光景は儀式を終えた日に見たし、村を旅立ち、アリーシアと約束した旅を始めた日にも目に焼き付けて去った。
「ワタし、ワタシは……!」
「さぁ、私の愛し子。害虫を潰して私の無垢な花になりなさい」
頭を抱えて苦しむアリーシアは少女の命令を引き金に、絶叫し、ツルを少女の身体に巻き付けた。少女はアリーシアの行動に不思議そうな表情を浮かべ、宥めるように話しかけた。
「何をしている?私の愛し子アリーシア。このツルを解きなさい」
アリーシアは虚ろに、苦しんだままで少女の言葉を聞き入れる様子がなかった。それどころか一層、強く締め付け、少女を眼前へと招き入れる。
「リンデッタ。アナたはワタシ」
「えぇ、そうよ、アリーシア。だから……」
アリーシアの左手はリンデッタの心臓部を突き刺し、握りしめたものをちぎるように引き抜く。
「何をしているの、アリーシア」
「わタシが、ナってあゲル」
リンデッタの心臓部から出てきたのは、真っ白な花だった。アリーシアは左手に掴んだ花をリンデッタに見せ付けるようにすると、「やめなさい、アリーシア!」と彼女に対して必死に静止の言葉を投げかけるかアリーシアの表情は変わらない。そして、アリーシアは白い花をその口に含んで噛みちぎると、リンデッタは悲鳴を上げて悶え出す。
アリーシアが花をすべて口にして飲み込むと、リンデッタは枯れた花のように息絶えて、白い花畑に落ちた。
「ワタシ、は、アリーシア。大樹リンデッタなり。
──カシュラを加護スるモノ」
リンデッタを名乗るアリーシアは、今まで以上の早さでユジュアを狙う。先程までの状態でギリギリ凌いでいた状況であり、いきなり速度の上がった連撃にユジュアは耐えきれず、身体が後ろに倒れ、その瞬間左足を貫かれた。
「っぐぅ……」
右腕をツルに捕まれ、そのツルを斬ることも許されない。ユジュアの足元から垂れる血で、白い花は赤く染まる。
「サヨナラ」
アリーシアが最後の留めをさそうとした瞬間、ユジュアは最後の悪あがきで、左手でカバンから取り出したものをアリーシアに投げ捨てた。
投げ捨てたのは、黒い表紙に紐を綴って冊子にしたものだった。手放す瞬間にユジュアの手に引っかかり紐で解けた紙束はアリーシアの眼前に白い花束のように舞い落ちる。
それは、ユジュアがアリーシアとの約束で描いてきた花のスケッチだった。そうして、とある一枚がアリーシアの目に触れて、ユジュアを拘束したツルが弱まった。
「……ユジュア」
その一枚は、ユジュアの描いた、アリーシアという花の絵。目に触れたその一瞬だけ、アリーシアの目に光は宿り、ユジュアの姿を真っ直ぐ捉える。
「助けて……っ」
その一言を告げた瞬間、ツルから抜け出したユジュアはアリーシアの首を跳ねた。
跳ねられた首からは流血もなく、アリーシアだった花は白い花弁となって宙に舞う。
「……っ」
ユジュアは足の力が抜けて、その場で座り込んだ。周囲には先程ばら蒔いた絵が無造作に落ち、ユジュアは一枚を手繰り寄せると気持ちを抑えるために紙を強く握る。
「アリーシアを花嫁にしなければよかったんだ」
ユジュアの胸の中は後悔の言葉で染まる。
「前日、無理矢理にでもアリーシアの手を引いてカシュラから引き離してしまえば、アリーシアは無事だった」
──彼女はカシュラを愛していた。
「儀式を、進めなければ」
──花に愛されて、花に看取られてこの世を去ることを願った彼女が何よりも素敵だった。
ユジュアは無意識に柄を手にして、自身の首元に添えた。
「いっそ、出会わなければよかったのかもしれない。
けれど、出会って、惹かれたのは仕方ないじゃないか」
独白を続ける。
「だから、俺もそっちに行くよ。アリーシア」
そうして、ユジュアが刃を引こうとした瞬間、目の前にあった花弁から眩い光が放たれて、ユジュアの動きは止まる。
光輝く花の中心には、白髪の少女が独り座り込んでいた。ユジュアはその姿を視界に入れると柄を握る力は抜け、痛むはずの足を無意識に引きずって縋るように花の元へと向かっていた。
目をゆっくりと開き、瞬きすると自身へ迫るユジュアを見つめる。そして、無垢な少女は問う。
「あなた、誰?」
「俺はユジュア」
少女はユジュアに対して微動だにせず、再び問う。
「私は誰?」
「君はアリーシア。アリーシアなんだ」
「アリーシア。それが、私の名前なのね」
アリーシアと伝えた少女は初めて手を見たように開閉する。
姿そのものはアリーシアだが、まるで無知な赤子のような彼女が本当にアリーシアかは分からない。それでもただ、ユジュアはアリーシアだと思い込んでいたかった。
「さぁ、俺たちの旅を続けよう。世界の花を見ている途中だっただろう?」
彼女の足元へと這いつくばるようにたどり着いたユジュアは少女に手を伸ばした。少女はその手を見つめ、恐る恐る手を乗せる。深い海のような瞳は光を灯さず、その表情からは何を考えているかは読み取れない。しかし、妄信的に目の前の少女をアリーシアだと思い込むユジュアには、少女が何を考えているかは気に留めることもない。
「おかえり、アリーシア」
ユジュアは、アリーシアを強く抱き締めた。もう二度と手放さないために。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
リンデッタの花嫁は「生死」を題材にした短編でした。
最終話と名付けた正史ルートも本ifも無垢な花であるアリーシアという人間自体は死に、リンデッタという精霊により精霊としての命を宿すという手には変わりありません。(正史ルートにおいてはリンデッタは正気を失っていないので、アリーシアの体で眠りについており、リンデッタの身体を借りたアリーシアがユジュアに会いに来ています。)
短編ということで色々駆け足ではありましたが、少しでもこの世界観を楽しんで貰えたら幸いです。




