第8話『再び、日本へ』
韓国で家族を得て、名声を築いた安川傑。
だが、心の奥には常に一つの想いが残っていた。
――「いつか、もう一度、あの縦縞に袖を通したい」
そしてその願いは、KBO4年目のオフに現実となる。
阪神タイガース、安川傑 獲得を発表。
背番号は、かつての「41」から「14」へ。
新たな始まりの意味が込められていた。
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関西国際空港に降り立つと、そこには懐かしい風が吹いていた。
「パパ、ここが日本?」
霧亜、4歳。すっかり韓国語と日本語を使い分けるバイリンガルに育っていた。
そして成旼の腕の中には、1歳の祐美子の姿も。
「ただいま、日本」
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鳴尾浜の室内練習場。
縦縞のジャージを着て歩き出した傑に、次々と現役選手たちが駆け寄ってきた。
「えっ、傑さん!? マジで戻ってきたんすか!?」
最初に声をかけたのは、近本光司だった。
「俺、今でも韓国リーグの映像見てましたよ。ヤバかったっすよ、あのスライダー」
「うわぁ……レジェンド帰還ですね」
佐藤輝明もグラブを外して、深々と頭を下げる。
「おかえりなさい」
梅野隆太郎、坂本誠志郎、原口文仁といった捕手陣も続々と握手を求めてくる。
「……ここに戻って来れて、本当に嬉しいよ」
傑は一人ひとりと目を合わせ、丁寧に答えていった。
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投手陣のミーティングルームでは、岩崎優と岩貞祐太、西純也、西勇輝、才木浩人、村上頌樹、大竹耕太郎、門別啓人、デュプランティエ、高橋浩人、湯浅京己、ゲラ、ビーズリーといった多彩なメンバーが一堂に会していた。
「……それにしても、スグルさんって呉昇桓と一緒にサムスンでプレーしてたって本当ですか?」
才木が興味津々に尋ねた。
「本当だよ。サムスンで2年、ずっと一緒にいた」
「えーっ! 阪神の守護神だったあの呉昇桓と?」
「うわ、俺そのニュース知らんかった!」
ビーズリーが英語で叫ぶ。
“Wait, you were teammates with Oh Seung-hwan? The legend closer?”
(呉昇桓とチームメイトだったのか? あの伝説のクローザーと?)
傑はにやりと笑って答える。
“Yeah. He taught me how to pitch in pressure moments. He said, ‘Just throw like a lion.’”
(ああ。プレッシャーのかかる場面での投げ方を教わったよ。彼は言ったんだ、“獅子のように投げろ”って)
「呉さんは“絶対打たれない男”って感じだったよ。背中で語るタイプでな」
「うわ……俺、マジで今から会ってみたいです」
湯浅が本気の顔で言った。
「俺、あの人のフォーク、研究してるんですよ」
西純也も憧れの眼差しを向ける。
「じゃあ、今度韓国行く時紹介するよ」
「マジっすか!!」
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再会は、投手陣だけにとどまらなかった。
内野では、木浪聖也、中野拓夢、糸原健斗、小幡竜平、高寺望夢が守備練習をしていた。
「傑さん、守備の連携、俺らで合わせません?」
「もちろんだ。むしろ俺の方が頼らせてもらうよ」
外野では、森下翔太、井上広大、島田海吏、前川右京、小野寺暖、野口恭佑たちがノックを受けていた。
「安川さん、娘さんめっちゃ可愛いっすね!」
前川が霧亜を見て笑った。
「ありがとな。でも、球場で泣くのは禁止だからな」
「えー、マジっすか~!」
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チームに溶け込むのに時間はかからなかった。
韓国で培った“多様性”と“懐の深さ”が、阪神に新しい風を吹き込んでいた。
ある日の夜、傑は球場のベンチで一人、呟いた。
「……やっぱり、ここが俺の“原点”だ」
そして、傍らのスマートフォンには、呉昇桓からのLINE。
『한신에 다시 갔다는 소문 들었어. 축하해.(阪神に戻ったって聞いたよ。おめでとう)』
『형… 항상 감사합니다.(兄さん……いつもありがとうございます)』
その夜、傑は夢を見た。
あの時の甲子園――
そのマウンドに、霧亜と祐美子が客席から声援を送っている夢を。