第4話『海を越えて、アメリカへ』
201X年春――
「安川傑、メジャー挑戦へ」
そのニュースは、スポーツ紙の一面を飾った。
阪神からFA権を行使し、アメリカ・MLBへ。
行き先は、ロサンゼルス・ドジャース。
「スグル、あんたがアメリカ行くなんて、信じられないよ」
空港で別れを告げた母の言葉を背に、傑は一人、太平洋を越えた。
英語力に不安はあった。だが、言葉よりも――この右腕に、自信があった。
⸻
ロサンゼルス。青空がまぶしい。
通訳とともに訪れたドジャースタジアムで、最初に出迎えてくれたのは、世界の二刀流――**大谷翔平(Shohei Ohtani)**だった。
「You must be Suguru. Welcome to LA.(君が傑だね。ロサンゼルスへようこそ)」
「ありがとうございます。I’m very honored to meet you.(お会いできて光栄です)」
自然体で握手を交わすと、その奥から現れたのは、大谷の妻――元バスケットボール選手、大谷真理。
元日本代表選手で、引退後はスポーツ解説や育成事業にも関わる才女だった。
「傑さん、噂は聞いてますよ。主人のライバルですね?」
「いやいや……ただの挑戦者です」
スタジアムで彼女が微笑んだその瞬間、傑は“この国でもきっとやっていける”と感じた。
⸻
その日のブルペン。
隣で投げていたのは、同じく日本からやってきた右腕――山本由伸(Yamamoto Yoshinobu)。
「おう、安川。お前のスライダー、ヤバいってこっちでも話題やぞ」
「いや、由伸さんのスプリットには負けますよ。スピン量が異次元です」
MLBのマウンド――硬さ、傾斜、ボールの重さ――すべてが違った。
それでも傑は、少しずつ順応していった。
⸻
数週間後、キャンプにもう1人、日本からやってきた若き豪腕――**佐々木朗希(Roki Sasaki)が加わった。
そしてその傍には、彼の妻でモデル出身の佐々木美優**の姿があった。
「こんにちは、安川さん。うちの朗希を、よろしくお願いします」
「ええ、でも……むしろ僕のほうが教えてもらってますよ」
ドジャースは、日米混成のドリームチームと化していた。
ベッツ、フリーマン、カーショウ、そして大谷・山本・佐々木――
その中に、日本から来た“無名の挑戦者”が加わったのだった。
⸻
初のオープン戦登板の日。
相手は強豪パドレス。
「Relax, just do your thing.(リラックスして、自分のピッチングをすればいい)」
マウンドに上がる傑に、大谷が声をかける。
傑は、心の中で呟いた。
(野球は言葉じゃない。勝負は世界共通だ)
初球――
MLB仕様のストライクゾーンを突くスライダー。バッターはバットを空を切る。
そして二球目、内角高めへのフォーシーム――
バッターの芯を外したゴロは、サード・マニー・マチャドの正面へ。アウト。
3イニング、被安打2、無失点。
堂々のデビューだった。
⸻
試合後。クラブハウス。
「You nailed it, Suguru.(完璧だったよ、傑)」
大谷はそう言いながら、肩を軽く叩く。
佐々木朗希も隣で頷く。
「……最初は不安でした。でも、みんながいてくれて、本当に救われました」
「俺たちも、同じ道通ってきたからね。大丈夫、傑ならやれるよ」
そう語る山本の目は、静かに燃えていた。
⸻
その晩、大谷夫妻、佐々木夫妻、山本、傑の6人で開いた歓迎食事会。
「日本じゃあり得ない光景ですね」
傑がつぶやくと、真理が笑った。
「異国で生きる日本人同士、自然と絆が生まれるんです」
「でもね、翔平は傑さんの動画、ずっと見てましたよ。フォームが好きだって」
「マジですか……!?」
「でも、一つだけ問題があるんだよね」
佐々木美優が意地悪く言う。
「問題……?」
「傑さん、まだホームラン打ってないでしょ? 二刀流チームの一員になるには、打撃も必要よ♪」
「……マジかよ」
笑いと声が響くその夜、傑は思った。
――ここが、俺の“もうひとつの甲子園”になる。