表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

第3話『虎の魂、燃ゆ』


「……阪神、だと?」


その知らせは、突然だった。


楽天で着実に信頼を得はじめていた安川傑やすかわ・すぐるにとって、トレードという言葉はあまりに唐突で、そして残酷だった。


「トレード相手は……左のセットアッパー。チーム事情だ。お前を評価しての移籍だ」


三木監督のその言葉に、傑は深く一礼してグラウンドを後にした。仙台の夜が、心にしんしんと沁みた。



翌週。

ユニフォームが楽天の赤から、タイガースの縦縞に変わった。


「関西か……クセの強いチームって印象だったが」


鳴尾浜の二軍練習場。どこか冷たい空気。知らない選手、知らない首脳陣、知らない文化。


だが、安川傑は怯まなかった。


「よろしくお願いします。安川傑です」


その一言で、練習中の選手たちの視線が集まる。


「おう、よう来たな。甲子園優勝の投打二刀流やな」


最初に声をかけてきたのは、リリーフ左腕の岩貞祐太。続いて、ベンチ奥から岩崎優が顔を出した。


「ま、実力でのし上がるしかないよな。ウチは上下関係キツイけど、結果出せば誰も文句言わん」


その言葉の奥に、どこか“虎”の矜持が感じられた。



ブルペンに立つ傑。捕手は坂本誠志郎。


「俺、キャッチングにクセあるって言われるけど、まあ慣れてくれや」


淡々と構える坂本。傑は初球、内角低めにストレートを投げ込んだ。


「……お、ええ球投げるな。次、スライダー頼むわ」


一球、一球に“野性”のような手応え。楽天の精緻なバッテリーと違い、阪神の捕手陣は“読み”と“感覚”で構成されているようだった。


その後、ブルペンを見守っていた才木浩人や村上頌樹、大竹耕太郎といった先発投手たちが声をかけてきた。


「安川さん、俺ら同世代ですけど、ずっと見てました。甲子園の決勝、マジで神でしたよ」


「次、合同登板でバッター立たせてみましょうよ。ウチの打線なら、ちょっとやそっとじゃ抑えられませんからね」


傑は苦笑しながらも、その空気に居心地の良さを感じていた。



阪神一軍昇格――

その知らせは、思いのほか早く届いた。


甲子園のベンチ。縦縞のユニフォームに袖を通した傑がマウンドに向かう。


「相手は中日。3点リードの7回。流れを止めるなよ」


そう告げたのは、リリーフの絶対的守護神・ゲラ。ベネズエラ出身の剛腕だが、日本語は完璧。傑の背中を軽く叩いて送り出す。


「プレイボール!」


一人目の打者に、ストレートを外角に決める。続く二球目、スライダーで空振り。


「打てないぞ!」


内野からの声――木浪聖也、中野拓夢、糸原健斗が声を張り上げる。捕手は梅野隆太郎。鋭いリードと、沈黙の中の“熱”があった。


結果――三者凡退。ベンチへ戻ると、控え組が出迎えてくれた。


「ナイスピッチ、傑!」


声をかけたのは、若手の井上広大、森下翔太、前川右京、小野寺暖、野口恭佑ら。どこか兄貴分のように扱われている自分が、少し可笑しかった。


そして、傑が驚いたのは――

“打撃”で代打に立たされた日のことだった。


「え、打つんすか?」


「二刀流って聞いてるぞ。原口の代打の代打、お前で行く。覚悟決めろ」


ベンチの原口文仁が笑いながらバットを渡してきた。


「マジかよ……」


だが、その打席で傑はしっかりとセンター前ヒットを放つ。球場はどよめき、ファンが騒然とした。



試合後、佐藤輝明と大山悠輔が缶コーヒーを差し出してきた。


「傑、すげぇな。あの打球、マジでプロのそれだった」


「二刀流でそのままいけばええやん。ウチ、そーゆーの好きやし」


笑いながら話すその姿に、傑は自然と口角を上げた。


(このチームも、悪くない)



その夜、宿舎で一人の選手が部屋を訪ねてきた。


「安川さん、門別啓人です。話、聞かせてくれませんか?」


礼儀正しく、まっすぐな瞳。若き左腕。傑はコーヒーを淹れながら、静かに語り始めた。


「俺も最初は、阪神って怖いチームだと思ってた。でもな――“虎”ってのは、意外と家族みたいなんだよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ