好きな人へ「好き」が伝わるのに、一週間かかりました
俺の好きな人は、耳が悪い。
「サクヤー!」
「なにー?」
「つきあってくださーい!」
「はー?隙間あってプラマイ?」
帰宅する寸前のことだ。5軒ほど離れた家に住んでいる彼女が家のインターホンを押す直前に、俺は告白をした。距離が遠かったので、大きい声を出したつもりだった。だが、聞き間違えられた。
「あー!もういい!また明日ー!」
今繰り返すのもダサくて、俺は家に飛び込んだ。
翌日の朝。家を出たら、ちょうど彼女が俺の家の前を歩いていた。目が合って、おはようと挨拶を交わす。
「ねぇ、昨日帰り際なんて言ってた?」
「ああ……まあ、そんな大したことじゃないよ」
「えー教えて?」
「いい、いい」
朝からあんなことを言うわけにもいかず、適当にごまかした。今日、帰り道に言おう。家に入る直前じゃなくて、もっと近くで確実に……。昨日は大声で言ったせいで、家の中にいた親にも聞かれてしまった。だから、今日は耳元でそーっと言おうと思う。それならちゃんと聞こえるだろう。
放課後、なんとか帰るタイミングを合わせて、サクヤの家の前でふたり、ぴたっと立ち止まる。ちょっと来て、と呼びかけて、彼女の耳に俺の頭が近づく。
「実は俺、サクヤが好きなんだ」
友達に好きな人を教えているような錯覚におちいる。照れてこしょこしょ声になったけれど、伝わっただろうか。
「えっ?スプラウトを昨夜食べたんだ……?なんでそんなこと、わざわざこんなふうに言うのー!」
「いや違うし。もういいよ。バイバイッ」
「ちょっとおー!本当はなんて言ったのー?!」
こしょこしょ言ったのがだめだった。明日は初心にかえって、適切な距離で、はっきりと言おう。
次の日。どうにか一緒に帰れたので、信号を待っているタイミングで言うことにした。
「なぁサクヤ、俺……」
ブォォォォォォォン――
その瞬間、道路をでかいトラックが走り抜けた。
「……だ」
「まってもう一回言って?」
「信号変わっちゃった。今のことは忘れて」
「はあー?ユウキ、最近そういうの多いー!」
サクヤはそう言って俺を追いかけて、俺の肩を抱き寄せてきた。ちょっとドキッとした。幽霊に肩をつかまれたみたいに背筋がゾクッとした。ゾクッとしたのに、顔は紅潮して、心臓は速く波打って、全身に血液がめぐった。アツい。
「やめれー」
「やだー」
軽い感じであしらったけど、心の中ではすごくニヤニヤしていた。ちょっと興奮してた。気持ちを紛らわすために、少し足を速くする。
「ねー歩くのはやーい」
「お前が遅いんだよ」
「元気だねえー」
サクヤにまたねーと言って別れ、明日はもっと伝わるようにしなければと作戦を練る。明日は土曜日だが、お互い部活があるので会える。騒音に邪魔されず、距離もなるべく詰められる状況。かつ人目につかない場所。うーん、わからない。
サクヤはバレー部で、俺はバスケ部だ。バレー部のほうが集まるのが遅く、終わるのは早い。すばやく帰らなきゃな……と思う。
背に腹は代えられない。片付けは友達に任せて、早く帰ることにした。
「次の土曜は俺がやるからさ、片付けといて」
「マジ?しょーがないなー」
友達はあっさりと俺の相談に乗ってくれ、安心して早く帰宅する。
「おつかれ、サクヤ」
「ユウキー!お疲れさまー」
体育館を出ると、少し前に部活が終わったサクヤと顔を合わせられた。俺の顔は確かに綻んだ。サクヤもゆっくり着替えた上でこうしてくれていれば、と妄想する。
しかしながら、道中にて計画外のことが起きた。雨が降ってきたのだ。しかも思いの外雨量は多い。だが俺は傘を持っていない。それを伝えると、サクヤは苦笑した。
「準備悪いなー。私だって、折りたたみ1本しか持ってないのに……」
「ごめん。いいや、俺は走って帰る」
「だめっ!まだ距離あるんだから。風邪引かれたら困るんだけど」
そう言ってサクヤが、折りたたみのそれを開く。開いたとたん、俺の頭上に屋根ができた。滝のようにばしゃばしゃと打たれていた水滴が、落ちてこなくなる。
「入って」
「……え」
これは…………相合い傘というやつでは?
「ちょっと待った。サクヤ、肩が濡れるんじゃないか」
「ユウキだって、体のはしっこが濡れるでしょ?お互い様っていうか、仕方ないじゃん。ユウキが傘を忘れちゃったんだから」
「……ごめん」
「いいよ別に!」
と言いながら肩の方へ視線を向けるサクヤは……少し微笑んでいた。
いつもならサクヤの家の前まで俺が歩いて、サクヤが家に入るのを俺が見届けている。なのに、今日はサクヤが俺を送ってくれた。
「ほんとに、今日はありがとう」
「いいって!早く家入って体拭きな。濡れてるんだから」
「わかった」
ガチャリとドアを開け、鍵を閉める。タオルを持ってきて体を拭いていたら、重大なことを思い出した。
「そうだ!告白」
雨が降っていたから、と自分に言い訳をする。けれど、今日絶対最高のチャンスだったよな……と後悔した。
次は日曜日で、会えるタイミングはなかった。その分、どう伝えようかと考えて考えて、思考を巡らせた。考えているうちに夜になってしまった。まどろむ直前まで、俺の脳はフル稼働だった。
明日になったものの、これだという策は浮かばなかった。
「おはようサクヤ」
「おはよー!大丈夫?風邪引いてない?」
「平気。ありがとう」
サクヤと顔を合わせてから、バスケの友達と学校へ向かい、授業を受ける。そんな中でも、今日だけは告白について考えていた。部活中も考えていた。
「なんか今日、ぼーっとしてる?」
この前片付けを任せた友達に言われて、大丈夫だと思う、と返す。明らかに心配されていて、気丈に振る舞わなければとさらに俺を悩ます。けれど、あっという間に1日は終わってしまう。
「バイバイ、ユウキー!」
「……うん、またね」
(ア“ア“ア“!!!結局何も言えなかったー!)
最悪だ。
放課後も夕方も、なんだか飲み込みきれない1日だった。何もできなかったなら、はじめから考えていなければ良かった。勉強しなきゃと思いながらユーチューブながめてるくらいなら、いっそのことゲームし尽くせばいいのに……ってときと似ている。
猛烈に悔やみながら寝る。翌日は、何も考えずにいようと思った。
そのせいか、かなり清々しい男に変身していたらしく、またまたアイツに声をかけられる。
「お前昨日帰ったあと何したの?すごいリフレッシュしてるんだけど」
かえって心配させたようだったが、なんだろーねと呟いた。
「ユウキー!おつかれーい!」
サクヤは、そんな俺のことを全く見ていないように接する。おつかれーと返事して、並んで歩いて帰っていく。
空をしれっと仰いでみると、火炎のような夕焼けが描かれている。燃えるような赤だ。赤じゃなくて、紅といってもいい。
そんな夕焼けもすぐに消え去って、サクヤの家の前に着く頃には薄闇に月が浮かんでいた。まるい。少しも欠けていなくて気持ちがいい。
俺たちはサクヤの家の前に立ち止まって、別れる寸前だった。
俺の目の前にはサクヤがいて、サクヤの目には俺が映っている。
「サクヤ」
「なに?」
「好きだ、サクヤが」
そう聞いたとき、サクヤは少し目を丸くした。そして、目を上のほうに向けてつぶやいた。
「満月だ……」
そのとき俺は、サクヤが「好き」を「つき」と聞き取ったと理解するのに少々時間を要した。
「ごめん、俺って滑舌悪い?」
「……え?」
サクヤはものすごくきょとんとしている。
「さっきの俺の言葉、言ってみろよ」
笑いまじりの声できく。
「……月が綺麗だって言ったんじゃないの?」
「違うよっ!!」
俺は笑い飛ばした。
笑い飛ばしたあとで、ふと、なぜかサクヤが涙目になっているのに気がついた。
「ちょ、なんで泣いてんだよ」
俺はサクヤの肩に触れた。
「だって……エモい告白だなーって思ったのに……。私馬鹿だ……妄想のしすぎだ……」
「……は?」
「月が綺麗の意味、知らないの?あなたが好きです……って」
「……あぁ」
こりゃ、とんだ大失敗をした。
深呼吸をする。そして、これから何を言うのか考えながら、アナウンサーのようにハッキリと、一文字一文字を刻んだ。
サクヤにも、濁りなく届くように。
「あのさ、サクヤ」
肩から手をどけて、俺はサクヤだけに向かって口を開く。
「ほんとうはなんて言ったか聞いてくれないか」
サクヤはきっと了承しないだろうが、構わず続けたい。
早く好きな人を安心させたい。
俺史上、最高に透き通り洗練された声で告げる。
「ほんとうはこう言ったんだ。好きだ、サクヤが……って」
「……す……?」
サクヤの大きい瞳の焦点が、俺の瞳へと合う。
「それって……」
「…………」
サクヤは泣くのをやめた。俺に抱きついてから、また涙があふれていたけれど。
「私だって、好き!」
すれ違ったと思っていたが、すれ違ってなんてなかった。ずっと同じ方を見て、同じ速さで歩んでいたから、気づけていないだけだった。
お互いそっと体を放してから、また笑い合う。サクヤが空を仰ぎながら、私が聞き間違えた告白のほうがエモかったなーと愚痴をこぼす。
「好きって言われた側が文句言うな」
「ごめーん」
俺とサクヤ、二人で笑いながら、俺は、報われた想いをいつまでも大切にしようと心に誓っていた。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
もし、面白かった・もっと読みたい……と思ってくださったなら、
評価ボタン【☆☆☆☆☆】を押してくださると嬉しいです。
好きなリアクションをぱぱぱーって選んで頂くのでも、超超感激します。
ありがとうございます。励みになります!