8話 言い訳と反省しない幼馴染
「ち、違いますって、先生!」
「そ、そうです! 私たちは、その……」
俺と西村会長は、鬼瓦先生の「逢い引き」という単語に過剰反応し、弁解を試みる。しかし、焦れば焦るほど言葉が出てこない。
会長に至っては、顔を真っ赤にして俯いたまま、蚊の鳴くような声で「生徒会の……」「忘れ物の……」と呟いているが、全然フォローになっていない。
「ほう? 生徒会の忘れ物か?」
鬼瓦先生は、腕を組んで仁王立ちになり、ますます面白そうな顔で俺たちを見ている。完全に状況を楽しんでいる顔だ。
「は、はい! その、生徒会の備品が、この教室に置き忘れられているという情報がありまして、会長が確認に……」
俺は、咄嗟にそれらしい嘘をついた。
我ながら苦しい。
「ふむ。それで、佐藤。お前は何をしにここに?」
先生の鋭い視線が俺に突き刺さる。
「お、俺は、その……たまたま通りかかって、教室に明かりがついていたので、誰かいるのかと……」
「ほう。そうかそうか」
鬼瓦先生は、ポンポンと俺の肩を叩いた。全然信じていない顔だ。
「まあ、いいだろう。だがな、西村、佐藤。旧校舎はあまり不用意に立ち入らん方がいい。特に、二人きりでな。あらぬ噂が立つぞ?」
先生はニヤリと笑って、最後に付け加えた。
「まあ、青春で結構なことだがな! じゃあな!」
嵐のように現れた鬼瓦先生は、それだけ言うと、すぐに去っていった。廊下に遠ざかる足音が聞こえる。
残されたのは、気まずい沈黙と、重苦しい空気だけだった。
俺も会長も、顔を見合わせることができない。床の一点を見つめたまま、時間が止まったかのようだ。
「……あ、あの……」
先に口を開いたのは会長だった。
「ご、ごめんなさい……私のせいで、変な誤解を……」
「い、いや! 俺こそ、変なタイミングで入ってきちゃって……」
「ううん、私が、田中さんに言われて、よく確認もしないで来たから……」
「…………」
「…………」
会話が、続かない。
会長は、小さな声で「し、失礼します……!」とだけ言うと、顔を上げないまま、早足で教室を出て行ってしまった。逃げるような、その後ろ姿がやけに印象に残った。
(……はぁぁぁ……)
俺は、その場にへたり込みたくなるような、深いため息をついた。
すると、すぐそばの、掃除用具入れのロッカーが、ギィ……と音を立てて開いた。
「……あーあ、惜しかったなあ!」
中から出てきたのは、もちろん結衣である。
全然反省していない顔で、呑気に呟いたのだ。
「惜しかったなあ、じゃねーよ! 大失敗だろうが! 鬼瓦先生に見つかってどうするんだ!」
俺は立ち上がり、結衣に詰め寄った。
「いやー、先生の登場は完全に計算外だったって! でもさ、健司!」
結衣は、むしろ興奮したように俺の肩を掴んだ。
「見た!? さっきの会長の反応! それに、先生に『逢い引きか?』って言われた時の、二人の否定のシンクロ率! あれはもう、完全に両想いのそれだって!」
「どこをどう見たらそうなるんだ! ただパニックになってただけだろ!」
「細かいことはいいの! とにかく、会長が健司のことめちゃくちゃ意識してるのは確定! 作戦は、ある意味、成功だよ!」
結衣は、なぜか得意げに胸を張る。
「どこが成功なんだ……。先生にも怪しまれたし、会長にも余計な気を遣わせただけじゃないか……」
「だーいじょうぶだって! 先生も『青春で結構』って言ってたじゃん!」
「あれは絶対からかってるだけだ!」
俺は、このポジティブというか能天気すぎる幼馴染に、もはや何を言っても無駄だと悟った。
「はぁ……もう、お前には頼まん」
「えー、なんでよー! 次こそ、もっと完璧な作戦を……」
「いらん!」
俺は結衣の言葉を遮り、一人でさっさと教室を出た。後ろから「ちょっと、待ちなさいよー!」と結衣の声が追いかけてくるが、無視する。
(結局、何もわからなかったじゃないか……)
西村会長の謎は解けないまま。そして、新たに「鬼瓦先生の誤解」と「幼馴染の暴走継続」という問題まで抱え込んでしまった。
俺の平穏だったはずの高校生活は、一体どうなってしまうのだろうか。
帰り道、夕日がやけに眩しく感じる。