7話 幼馴染の作戦と予期せぬ邪魔者
「健司、健司! ちょっとこっち!」
翌日の昼休み、俺がいつものように購買で買ったパンを食べようとしていると、結衣が興奮した様子で手招きしてきた。その目はキラキラと輝いており、俺の嫌な予感を猛烈に刺激する。
「……なんだよ、また変なこと考えてるんじゃないだろうな」
俺は警戒しながら近づく。
「変なことじゃないよ! 名付けて、『ドキッ! 会長の本音、ポロリさせちゃうぞ♡ 大作戦』だよ!」
「……そのネーミングセンス、どうにかならないのか」
「いいの! それでね、作戦内容はこう!」
結衣は、まるで世紀の大発見でもしたかのように、得意げに説明を始める。
要約すると、こういうことだ。
まず、結衣が適当な理由をつけて、西村会長を放課後、あまり人が来ない旧校舎の空き教室に呼び出す。(「先生が呼んでた」とか「生徒会の資料が落ちてた」とか、その場のノリで)
次に会長が来るタイミングを見計らって、俺をその教室に「偶然を装って」行かせる。(結衣が無理やり連れて行く、が正しい)
そして二人きりの状況を作り出し、会長が俺に対してどんな反応をするのか、結衣が隠れて観察する。
「……却下だ」
俺は即座に答えた。
「なんでよ!?」
「なんでって……そんな不自然な状況、会長だって怪しむだろ! それに、またパニックになられたらどうするんだ!」
「大丈夫だって! 私がうまくやるから! それに、パニックになる=健司のこと意識してる、って証拠じゃん!」
「そういう問題じゃ……!」
「いいからいいから! 健司は私に任せておけばいいの!」
結衣は聞く耳を持たない。完全に自分の計画に酔いしれている。俺の抵抗も虚しく、作戦は放課後、強行されることになった。
そして放課後になった。来てしまった。
俺は結衣に腕を掴まれ、半ば強引に引きずられるようにして、旧校舎の廊下を歩いていた。
「いい、健司。あそこの角を曲がった教室だからね。私が合図したら、いかにも『あれ? こんなところに誰かいたのかな?』って感じで入ってきてよ!」
「無茶言うな……」
「大丈夫、練習したでしょ!」
(まったくしてないんですけど! いつ?どのタイミングでしたの!?)
結衣は俺を指定の位置である教室のドアの死角に待機させると、「じゃ、会長呼んでくる!」と意気揚々と去っていった。
数分後、廊下の向こうから、二つの足音が聞こえてきた。結衣と……西村会長だ。
(うわ、本当に来た……)
俺の心臓が、ドクンと跳ねる。結衣の奴、どんな言い訳を使ったんだか。
足音が、目的の教室の前で止まった。
「……それで、田中さん。生徒会の資料というのは?」
会長の、少し訝しむような声が聞こえる。
「あ、えっと、この教室の中に……確か!」
結衣の声が若干泳いでいる気がするが、会長はドアを開けて中に入ったようだ。
(い、行くのか……? 俺が?)
結衣が隠れているであろう場所から、小さく「早く!」という声とジェスチャーが飛んでくる。
俺は深呼吸を一つして、覚悟を決めた。なるべく自然に、あくまで偶然を装って……。
「あれー? この教室、誰か使って……」
俺は練習してないないが、イメージした通りのセリフを呟きながら、教室のドアを開けた。
教室の中には、窓の外を見ながらキョロキョロしている西村会長がいた。俺が入ってきたことに気づき、ゆっくりと振り返る。
「……さ、佐藤……くん?」
会長の目が、驚きに見開かれる。顔が、じわじわと赤みを帯びていく。
よし、ここまでは結衣の不本意ながらも筋書き通りだ。ここから会長がどう出るか……。
「な、なんで、ここに……?」
「いや、俺は、その……忘れ物、したかなって……」
我ながら苦しい言い訳だ。会長も怪訝そうな顔をしている。
まずい、何か話さないと……!
俺が何か言葉を発しようとした、まさにその瞬間だった。
ガラッ!!
「おーい、西村、佐藤、こんなところで何してるんだ?」
教室のドアが勢いよく開き、そこに立っていたのは、ジャージ姿の体育教師、しかも学年主任の鬼瓦先生だった。旧校舎の見回りに来ていたらしい。最悪のタイミングだ。
「せ、先生……!」
俺と会長の声がハモる。
「ん? どうした、二人とも。顔が赤いぞ。……まさか、お前ら、こんな所で逢い引きか?」
鬼瓦先生は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「「ち、違いますっ!!」」
俺と会長の声が、再び完璧にハモった。否定する声は、二人とも盛大に裏返っていた。
会長に至っては、羞恥と混乱で完全にキャパオーバーしたのか、顔を真っ赤にして俯いてプルプル震えている。ポンコツゲージが振り切れている。
(……作戦、大失敗じゃねえか……!!)
俺は、隠れているであろう結衣の方を、心の中で思いっきり睨みつけた。




