6話 幼馴染の推理と不穏な宣言
西村会長に生徒手帳を返したものの、俺の頭の中は、彼女が漏らした「他の人が拾ってたらまずかった」という言葉でいっぱいだった。
一体、何がまずかったというのか。
(生徒手帳に、何か秘密でも挟んでたのか? 成績のメモ? 生徒会の機密事項? いや、それならあんなパニックになるか……?)
考えれば考えるほど、ドツボにはまっていく。
会長のあの異常なまでの安堵感と感謝。
あれは、単に手帳が戻ってきた喜びだけでは説明がつかない気がする。
「ねーえー、健司ぃ」
昼休み、弁当をつつきながら考え事をしていると、向かいの席の結衣が、ニヤニヤしながら身を乗り出してきた。その顔には「全部お見通しだぞ」と書いてある。
「……なんだよ」
「今朝の、会長とのやり取り! ばっちり見ちゃったんだからねー!」
「う……」
やっぱり見られていたか。
まあ、あの状況なら当然か。
「で? なんで会長、あんなに動揺してたわけ? あんたが生徒手帳拾っただけなんでしょ?」
「……それが、よく分からん」
俺は正直に答えるしかなかった。
「会長、『他の人が拾ってたらまずかった』とか言ってて……」
「──なんですと!?」
俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、結衣がバンッ!と机を叩いて立ち上がった。
周りの生徒が一斉にこちらを見る。
「こ、声が大きい!」
俺は慌てて結衣を座らせる。
「だって、健司! それって超重要な証言だよ!」
結衣は興奮冷めやらぬ様子で、声を潜めながらも早口でまくし立てる。
「他の人が見たらまずいものが、生徒手帳に入ってたってことじゃん!」
「まあ、そうなるけど……」
「じゃあ決まりだよ! その中身はね……」
結衣は、もったいぶるように一呼吸置いてから、キラキラした目で断言した。
「健司宛てのラブレターだよ!!」
「ぶーーーーっ!!!」
俺は思わず飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。
「なっ……! あるわけないだろ、そんなもん!」
「えー、絶対そうだって! だから他の人に見られたら恥ずかしいし、健司くんに拾ってもらえて、渡す手間も省けてラッキー!みたいな? いや、むしろ運命感じちゃってるかも!」
「お前の妄想、飛躍しすぎだろ!」
「じゃあ何よ? 健司の隠し撮り写真?」
「もっと無いわ!」
「健司との未来予想図?」
「だから無いって!」
「もしかして……健司との相性占いとか!?」
「う、うるさい!!」
結衣の突拍子もない推理――というより妄想に、俺は顔を真っ赤にして否定するしかなかった。だが、完全に否定しきれない自分がいるのも事実だ。
あの会長の反応は、結衣の言うような、何か個人的で、恥ずかしいものが関わっていると考えれば、妙に納得できてしまうのだ。
いや、まさかな。
「むー……健司がそんなに否定するなら、別の可能性もあるけど……」
結衣は顎に手を当てて、真剣な顔で考え込む。
「まあ、どっちにしろ、会長が健司のこと相当意識してるのは確定だね!」
「……だから、その理由はなんだって聞いてるんだ」
「それはこれからのお楽しみだって言ってるでしょ!」
そう言うと、結衣は悪戯っぽく笑って、とんでもないことを宣言した。
「よし! こうなったら、この私が一肌脱いであげる! 会長が健司にベタ惚れな理由、突き止めてあげるよ!」
「はあ!? お前、何する気だよ!?」
「まーかーせーて。 幼馴染の健司のためだもん、この田中結衣、友情パワーで謎を解き明かしてみせる!」
結衣は自信満々に胸を叩く。その目は、完全に面白いおもちゃを見つけた子供のそれだった。
余計なことをしてくれるな、と喉まで出かかったが、結衣は「じゃ、そういうことで!」と一方的に話を打ち切り、自分の弁当に集中し始めてしまった。
(……なんか、ものすごく嫌な予感がする)
会長のポンコツ化だけでも手に負えないのに、そこに幼馴染の暴走という新たな問題が加わるのも間近である。
俺の平穏な日常は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。もうため息しか出なかった。