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蒼海のシグルーン  作者: 田柄 満
古代都市編
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第50話 蜂起

 地下構造部の通路でハンスとクインは凄まじい揺れに晒されていた。

 照明が消え、暗黒が落ちた。

 まるで巨大なシェイカーの中にいるような揺れが続いた。

 通路の中で反響した轟音が雪崩のようにあらゆる物を振動させて行った。

「おい! 大丈夫か!」

 ハンスが叫ぶが、その声はかき消される。

「この揺れは地震なんかじゃない! 爆発だ!」

 時間が数分にも、何十分にも感じられた。

ほどなくして揺れも轟音も収まり、世界は静まり返る。

 残ったのは、重い闇だった。

 身体の輪郭が曖昧になるような感覚に襲われながら、ハンスは叫んだ。

「クイン、大丈夫か?」

「叫ばなくてもここにいるわよ」

 真後ろから硬く息を切らせたクインの声が聞こえてきた。ハンスは安堵する。

「無事か」

「なんとかね、何が起こったの?」

「わからん、とにかく集合地点に急ごう」

 ポケットからライトを取り出して点けた。光の筋が闇の中を走る。

 通路は長く、光は先まで届かなかった。

「なんとか先には行けそうだな」

「合流できれば、外で何があったのかもわかるかもしれないわ」

「そうだな」

 どこまでも続きそうな、暗い通路を二人で歩いていると、先に小さな灯りが見えた。

「よかった、集合地点は生きているようだ」

 近づくにつれ、小さな灯りはだんだん大きくなり大広間へと繋がっていた。

 大昔に使われていた資材置き場だった広間の所々には、置かれたままの鉄骨やブロックが放置されたまま朽ちかけていた。


「ふう、無事についたな」

「他のみんなはいるのかしら」

 辺りを見渡すと、鉄骨の影から声がした。

「おお! やっと来たか!」

 ゼロリターンの旗を持った男が、ハンスに手を振っている。

 鉄骨の向こうに百人ほどのメンバーが集まっていた。女や男、服装も年齢もバラバラだが、どの顔にも戸惑いと躊躇が見て取れる。

「大きな揺れだったな、大丈夫か」

 ハンスが聞くと、手を振った男に戸惑いの色が浮かぶ。

「……これを見てくれ」

 男が指差した先にポータブルモニターが置いてあった。

 ハンスがモニターを覗くと息を呑んだ。

「これは?……」

 モニターに映るのは空撮された瓦礫の山だった。

 動くものはどこにもない。

 コンクリートと鉄とアスファルトの破片だけが積み重なっていた。

「ドローンで撮った外の様子だ……」

「ビルがなくなっている? そんな……お父様は?」

 クインが手を口に当てて、頭を振る。

「確認したが、外に生きている人はいなかった」

「あれは?」

 ハンスが瓦礫の中にひとつ、ぽつんと建っている構造物を見つけた。

「ドローンをあれに近づけて」

 ドローンが近づくにつれ、輪郭がはっきりと見えてきた。それは、公園にあった慰霊碑だった。

 荒れ果てた荒野の中、無傷で立っているそれにハンス達は言葉を失った。

 ドローンを操作していた男が上擦った声で呟く。

「まるで、墓標だな……」

 クインがモニターを指差した。

「あそこ! 慰霊碑のそば、人が立ってる!」

「生存者か!」

「寄せろ!」

 ドローンを近づけると、銀色の髪の女が後ろを向いて立っていた。

 女が振り向く。

 女の紅い瞳がカメラを見据えた瞬間、赤い物が高速で前を横切った。

 画面は黒くなり、「No signal」の表示だけが点滅していた。

「あ、あれは……」

「ルミノイドだ」

 ハンスが吐き捨てるように言った。いつもより低く腹の底から搾り出すような声だった。

「ああ、間違いない。あれはルミノイドだ」

「ルミノイドがやったの? 街を? 人達を……」

 クインが目に涙を溜めて、身体を震わせた。

 資材置き場にいる全員がモニターの表示に絶句した。


「……私の子がいたのよ、あそこに」


 後ろにいた年配の女性がポツリと言った。

「俺の妻もだ……」

「僕の母さんも」

「私の旦那も!」

 人々の声は嗚咽と共に広がり、資材置き場が騒然となった。

 そして、最初はバラバラだった声がやがてひとつにまとまった。


「ルミノイドを殺せ」

「敵を取ってやる!」

「ルミノイドを許すな!」


 そこかしこから上がった声は「ルミノイドを許すな!」のシュプレッヒコールへと化していった。

 初めはAK-47を持つのを躊躇していた人までが、狂騒の中でAKを持ち、戦う意志を示している。

 AK特有の曲がったマガジンを差し込むクリック音が次々と響いた。


 クインが積まれた鉄骨の上に上がった。

 現場用のスポットライトがクインを照らすと歓声が上がった。

 クインが群衆の一人ひとりの顔を見回すと静かになった。

「えーと……その」

 頬に流れた涙を拭った。

「さっきの大きな揺れは、ルミノイドの仕業でしょう」

 クインが言葉を詰まらせたが、顔を上げる。

「私の父も恐らく瓦礫の下に埋もれました。私も地下にいなかったら助からなかったでしょう」

 赤く腫れた目のまま、ゆっくりと息を吸う。

「でも……泣いている時間はありません」

 静まり返る。

「外にいるのはルミノイドです。……そして、あれはもう人間ではない」


 ざわめきが広がった。


「父の資料で読んだことがあります。

ルミノイドはマザーオーブに触れられる唯一の存在。

それは、神の力を得るということだと」

 クインは拳を握った。

「今、はっきりと分かりました。

父がルミノイドは危険だと言っていた訳が!」


 少し視線を落とすと、何かを想っているかのように無言になった。ゆっくりとクインは顔を上げる。


「もし、あれが神だと言うのなら——」


 クインの声が低くなる。


「私たち人間は、神を殺します」


 クインは持っていたAKを上に向けると、一発撃った。

 銃声が空気を引き裂く。


 一瞬の静寂のあと、地鳴りのような歓声が爆発した。


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