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蒼海のシグルーン  作者: 田柄 満
古代都市編
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第48話 黒い薔薇

 ラウルス中央公園には、喪服を着た人々が厳かに並んでいた。

 比較的被害の少なかった北側に慰霊碑が建てられ、その前に参列者が献花した花が並んでいた。

 慰霊碑の前には演壇が設けられ、ラウルスシティの市長が壇上に立つと、演説を始めた。


「ラウルスシティ未曾有の惨事に見舞われましたが、私たちは困難には負けません! 三百年前、この地に降りたつまで、我々の祖先もまた数えきれぬ困難を乗り越えてきました。我々は見も知らぬ大地に都市を築き、荒野に秩序をもたらしたのです」


 市長の声はよく通った。拡声器を使っているわけではないが、演壇に設置された音響装置がその声を柔らかく増幅し、公園全体に行き渡らせていた。


「今回の悲劇もまた、我々が乗り越えるべき試練です。失われた命を無駄にしてはならない。彼らの犠牲の上に、より強く、より安全なラウルスシティを築くことを、ここに誓います」


 整然と並んだ人々は静かに耳を傾けていた。

 泣き崩れる者はいない。叫ぶ者もいない。

 それがかえって、この場の異様さを際立たせていた。


 昨日まで、ここで怒号が飛び交っていたとは思えなかった。

 花の匂いが風に乗って漂う。

 白い花、黄色い花、見慣れない異星種の花も混じっている。

 その向こうに、黒く焼け焦げた地面がまだ残っていた。


 完全には消せない傷跡。

 忘れてはならない証拠。


 市長は一拍置き、ゆっくりと続けた。

「この悲劇の原因については、現在も調査が続いています。しかし、我々は恐怖に屈してはならない。恐怖は分断を生み、憎悪を生み、さらなる悲劇を招くだけです」


 その言葉は、明らかに意図を持っていた。


 ルミノイド。


 その名を、市長は口にしなかった。

 だが、誰もが思い浮かべていた。


 最前列に立つ初老の男が、小さく拳を握っているのが見えた。隣の女性は黒いベールの奥で唇を噛んでいる。

 彼らは、名前を呼ばれることのない怒りを抱えていた。

 それでも、ここでは誰も声を上げなかった。


 静寂が支配していた。


 その時だった。


 風が吹いた。

 献花の一輪が、慰霊碑の前から転がり落ちる。

 白い花弁が、焼け跡の上に止まった。

 誰も動かなかった。

 いや、動けなかったのかもしれない。

 まるで、この場にいる全員が、同じものを感じているかのように。

「見られている?」

 根拠のない感覚。

 だが、確かな気配。

 遠く、公園の南側。

 立ち入り禁止のフェンスの向こう。


 再建の手も入っていない瓦礫の陰に、何かがあった。

 いや、誰かがいた。

 気づいた者はいない。

 いや、気づいても、それを認識することを脳が拒否したのかもしれない。

 銀色の髪が、風に揺れていた。


 それは、光の加減でそう見えただけかもしれない。

 そこには、ただの影しかなかったのかもしれない。

 しかし。

 もし、そこにいたのなら。

 その存在は、慰霊碑を見ていた。

 並べられた花を見ていた。


 そして。


 自分が残したものを、見ていた。

 風が止む。

 影もまた、消えた。

 誰も、それを確認することはなかった。


 献花を上げる市民の葬列に、ひとりの黒髪の若い女性が加わった。黒いベールの奥の顔はわからない、喪服に身を包み静かに献花の順番を待っていた。

 順番が巡り、女性は献花台の前に立った。

 右手に持つ黒い薔薇をそっと献花台の上に置いた。

 白や薄紫の花が並ぶ中で、その黒い薔薇だけが異彩を放っていた。

 黒髪の奥で、銀色の光が一瞬だけ揺れた。顔を上げると、濁りのない澄んだ紅の瞳が慰霊碑を見据える。

「謝罪はするわ。でも、犠牲は必要なの……」

 呟くと、踵を返して瓦礫の方に歩いて行った。そして、影の中に入ると姿を消した。


 献花を終えたハンスがふと横を見ると、影に入る女性が消えたのを見て目を疑った。

「どうしたの?」

 隣のクインが聞く。

「いや、なんでもない、何かの錯覚だろう」

 ハンスが頭を振ると、クインはふんと鼻を鳴らした。

「大丈夫? 大きな仕事が待ってるよ」

「ああ、大丈夫だ、カミさんと子供には報告は済ませたからな」

 片眉を上げてクインを促すと、地下に続く階段を降りて行った。


 ラウルス•プリーマの展望台でカーラはひとりでラウルスシティを見ていた。森の向こうに見えるビル街の中では、慰霊祭が行われているだろう。

 目を伏せて手を合わせると、そっと祈りを捧げた。

 暴走カーラとの戦いで目に焼きついた光景。ビルに押しつぶされ、炎に焼かれた人々の姿を思い出さずにはいられなかった。


 カーラの口から自然に歌が出た。それは、謝罪と贖罪と後悔から来た心の奥底から出てきた歌だった。


 カーラの清流のような歌声は、格納庫で量子エンタングルメント発生機のチェックをしていたノーマンと加藤のところまで届いていた。

「この声は……」

 ノーマンが天井を見上げる。

「カーラだな」

 加藤も思わず上を見た。頭の奥が震えるような感覚を覚えた。

「心の中に響いてくるようなこの感じ」

「ああ、前にアクパーラ号でもカーラが歌ったときに同じ事があった」

「あの時、あたいも機関室にいたけど、聞こえてきたもんな」

 加藤が跪くと手を合わせて祈り出した。

「加藤?」

「ガラじゃないけどさ、今は死んじまった奴らのために祈らないといけない気がするんだ」

「ああ……そうだな」

 ノーマンも祈りを捧げる。 


 地下の暗い階段を降りていたハンスが、立ち止まって上を見た。

「おい、この歌、どこから聞こえてきているんだ?」

「さあ? 慰霊祭で流しているにしても、こんな地下まで届くとは思えないわね」

「気持ち悪いな」

 ハンスは肩をすくめると、再び歩き出した。


 ラウルス中央公園に集まっていた人たちも、どこからか聞こえてきた、カーラの歌声に空を見上げた。

 それでも混乱が起きなかったのは、大多数の人々が主催者の行事のひとつだと思って聞き入っていたからだ。

 やがて、ラウルスシティの人々は誰に言われたでもなく、自然に手を合わせて祈りを捧げ始めた。


 ラウルスシティは、静かな時間に沈んで行った。


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