第45話 予兆
いつの時代でもマスメディアはセンセーショナルな話題に飢えている。
ニュースサイトやテレビ、ラジオはここぞとばかりに「ラウルスシティが沈む」と大々的に報道した。
結果、翌日のラウルスシティは、交通網と通信網が麻痺するほどの混乱状態に陥った。
中央政府は市民に落ち着くよう緊急通達を出したが、不安が鎮まることはなかった。
むしろ、情報の出所が議会だったことと、先日のルミノイド襲撃とも相まって不安と緊張が高まっていった。
ダコメ議員のオフィスはルミノイド襲撃の被害を免れた議員オフィスビルの中にあった。
「君はポンペイを知っているか?」
ダコメ議員に聞かれた女性秘書は、突然の質問に戸惑いながらも答えた。
「地球時代の太古の遺跡の事でしょうか?」
「ああ、西暦79年に滅びた南イタリアの古代遺跡だ。突如ヴェスヴィオ火山が噴火したことで火砕流に巻き込まれて滅びた」
「はい、地球史の授業で学びました」
「18世紀に発掘された遺跡には、逃げる暇もなく巻き込まれた人達の痕跡が残されていたそうだ」
「はい」
秘書はダコメ議員の意図を図りかねて、首を傾げた。
「もし、彼らが前もってヴェスヴィオ火山の噴火を知ることが出来たらどうしただろうな……」
「避難したのではないでしょうか?」
「そうだな」
ダコメは窓の外を見つめた。
ルミノイドの襲撃で所々に破壊された跡が残る高層都市の姿を見て、すでに自分たちが、時代に取り残された様な気がしてならなかった。
「我々はポンペイの市民と同じだよ。事前に危機を察知出来たとして、どこに避難したら良いのだろうな」
中央政府は急遽「ラウルスシティ沈没緊急対策室」を設け、内政・治安・科学技術・軍事・宇宙開拓の各省庁から幹部を招集して、事態に当たることにした。
ダコメやアルケーもそれぞれの分野の専門家として、当然メンバーに入っていた。
対策室は急遽ホテルのパンケットホールを使い、中に大量の事務机や端末などが所狭しと設置された。
会議室の長テーブルには各幹部と担当官が顔を並べて座り、市民を避難させるための方策が議論されていた。
上座に座る首席補佐官のショーキ・マチダに旧移民船管理部の担当官が報告をした。
「月にあるラウルス・オクターヴァと
海に沈むラウルス・テルティアですが、各移民船の生命維持装置に支障はありません、転送装置も生きているので避難は可能です。……ただ」
「ただ?」
「それぞれの船に収容できる人員は三万人が限度です、それ以上は収容出来ません」
「合わせて、六万人しか避難出来ないという事ですか? ラウルスシティの人口は三百万人ですよ」
担当官は額の汗を拭いながら答える。
「はっ、誠に遺憾ながら……」
「他の大陸に移動は出来ませんか?」
交通担当官が顔を上げた。
「これだけの人数を乗せて、大陸を渡るだけの距離を移動させる手段がありません。車を使ったとしても、途中でエネルギーが切れて動かなくなるでしょう。なにしろ、今までラウルスシティから移動する必要がありませんでしたから……」
「転送装置も使えませんか?」
「あれは送信側と受信側に機器を設置しないと機能しません」
「軍事の方はどうですか? ヌシを迎え撃つ事は出来ますか?」
これには警備担当士官が答えた。
「今まで、外に向けての大規模な戦闘をする必要がなかったのです。我々は治安維持の為の最低限の装備しか持っていません」
ショーキは大きなため息をついた。
「クリスタルオーブのエネルギーが潤沢に使えて、大した戦火も天災もなく三百年も安寧に過ごすと、こうなるものなのですね。楽園に長くいるのも考えものですね。……しかしクリスタルオーブが大陸を沈めるトリガーになるとは皮肉なものです」
ショーキは眉間に皺を寄せて俯いていたが、やがて顔を上げた。
「だからといって、何もしないわけにはいきません。地理班は移転場所の選定を急いでください、それと同時に交通班は転送装置の機器設置の準備を進めてください。移民船への避難と他大陸への移動を同時に進めます。手段は多いほど良いです」
各班の班長が頷いた。
仏頂面のダコタがアルケーに向かうと、忌々しそうに吐き捨てた。
「貴様は二体のデルタルミノイドを使った防衛策を練っているのではないか?」
「量子エンタングルメント発生機を使い、暴走ルミノイドを沈黙させる計画を立てています」
こともなげに言うアルケーに、ダコタは「ほら出てきた」という顔をした。
「ほう、詳しく聞かせてもらおうか」
「作戦と呼べる程のものではありませんが」
アルケーはそう前置きすると説明を始めた。
「まず、暴走ルミノイドの次の襲撃目標はラウルス・プリーマのマザーオーブで間違いないでしょう」
「なぜそう思うのかね?」
「暴走ルミノイドを使っているのはヌシです。そして、ヌシの目的はマザーオーブの解放だからです。それによるラディカリア大陸の沈没などはヌシにとって興味の対象外でしょうな」
「それで、ラウルス・プリーマの周りに防衛戦を張ろうというわけか?」
「防衛戦といっても、デルタルミノイド二体で対応するしかありませんから。作戦は極めてシンプルなものです」
アルケーは周りの官僚や議員の顔を見渡すと、ゆっくり口を開いた。
「まず、襲撃してきた暴走ルミノイドをデルタ二体で足止めをします。足止めをした座標に向けて、量子エンタングルメント発生機を使い、同位相の『命令の揺らぎ』を送ることで暴走ルミノイドを停止させます。強制的にキルスイッチを起動するとでも思ってください」
「成功する確率は?」
「そうですな、全く被害のない状態で成功する確率は20%です。デルタ一体と差し違えで40%という所です」
会場に重い沈黙が落ちた。
「全市民を避難させるリスクを考えたら、遥かに分の良い賭けと言えるかな」
ショーキは無表情で言い切った。




