第43話 因果
「ここで話す内容はこの議会の中だけで収めて、外部に漏らさないことを強くお勧めします」
アルケーが議場にいる全員に鋭い視線を浴びせかけた。
議場は水を打ったように静かになり、咳払い一つ聞こえてこなかった。
ただ、一人。ダコメ議員だけが肩をすくめて鼻で笑った。
「ふん、ハッタリだ。聞かせてもらおうか? その重大な話というのを?」
アルケーが右手をかざすと、ダコメが出した頭上の3Dパネルが消えて、今度は様々な数値の書かれたシートが現れた。
「まず、この話の大前提になる部分から説明します。この数値は彼女達が一万年後から来たという根拠を示しています」
「SF小説の話はしていない」
「これは事実です、評価を下すのは話を聞いてからにして欲しいですな」
「ふん」
ダコメは腕を組むと、パイプ椅子にどかっと座った。パイプ椅子がぎしりと軋む。
「まず、この数値ですが、カーラとルリ2人のルミノイドに記録されている、銀河座標の記録です」
頭上のパネルが、宇宙図に変わり、惑星セレスティアが表示された。
「ルミノイドには量子技術を応用した高精度な原子ジャイロが内蔵されており、初期位置からの微細な移動・回転を統合することで、極めて精確な銀河座標をエラーなく記録し続けています」
アルケーが指を鳴らすと、惑星セレスティアのはるか先の宇宙空間にぽつんと赤い光点が現れた。
「この光点は、時間軸を考慮せず、彼女達が我々の〝今〟いる地点から一番離れた所にいた地点を表します。見ての通り、何もない宇宙空間に存在していました」
ハズキが首を捻りながら発言した。
「原子ジャイロは恒星間宇宙船にも使われている、精度も信頼性も高いものです。バグや位置情報の読み違いなどは考え難いですね」
「はい、それを前提として、この図を見てください」
アルケーが宇宙図を指さすと、惑星セレスティアが横の年号の数字と共に移動し始めた。最初はゆっくりと進んでいたものが、加速して複雑な螺旋軌道を描きながら赤い光点に近づいていく。
その数値が”10000”を示した時、惑星セレスティアと光点がぴったりと重なった。
「これが何を意味するかお分かりですか?」
「……一万年分の移動記録がルミノイドに入っている?」
ハズキが信じられない物を見るような目で、パネルをじっと見ながら呟くように言った。
「我々の恒星系は銀河の中心を約220〜240km/sで公転しており、1万年で移動する距離は、単純計算で約7.6光年になります。彼女らの記録に残る座標差分は、まさにその恒星系の1万年間の移動距離と完全に一致しています」
アルケーは議会を見渡した。議員達はまるで狐につままれたようだった。彼は静かに言葉を継ぐ。
「彼女たちを登録済みルミノイドと明確に区別するため、今後は差分を示す記号“Δ”を冠し、デルタ・ルミノイド、通称『デルタ』と呼称します」
ダコメがパイプ椅子の上で唸った。テーブルの上のペットボトルに手を伸ばすと、一口飲んでから意見した。
「しかし、それだけで、その、デルタか?……が、未来から来たという証拠とするのは早計ではないか!?」
「はい、おっしゃる通りです。こちらをご覧いただきたい」
アルケーが手をかざすと、頭上にグリッドワイヤーフレームが表示された、平面グリッドの網の中央の一点だけが針のように上に向けてとんがっていた。
「この図は、事故を起こした飛空車のEDRの記録から、空間センサーの異常値を時間軸に沿って抽出したものです」
アルケーはダコメ議員の方を見た。
「ダコメ議員、件の事故は事故調査委員会の報告書では、空間の異常な歪みによるセンサーエラーと結論付けられていましたよね?」
「そうだが、それがどうした?」
「デルタが出現したのと同時刻に、空間センサーが検出した微弱な空間の歪みのデータです。見ての通り、シンギュラリティ・ポイントを示しています」
「たしか、高次物質科学研究機構のセンサーでも感知していましたよね」
ハズキが、戸惑いながら補足した。
「そうです、各所の空間センサーが微弱な反応を示していました。そして、件の飛空車がその空間の歪みが起こった地点に一番近いところを飛んでいたのですよ」
「確かあの時は、ヤハタインダストリアル社内でも何かのテロを疑いましたが、結局単なる未知の事象として処理されました」
「空間の歪みから逆算し、時間軸を考慮して割り出されたシンギュラリティ・ポイントの発生源は、我々の位置から一万年後の惑星セレスティアでした」
アルケーの頭上に、複雑な計算式が表示される。先の宇宙図で離れたところにあった赤い光点が一瞬で〝今〟の惑星上に移動した。
議場がざわついた。
それは、議員達の間にデルタの時間転移が信ぴょう性を増した裏付けだった。
アルケーは考える。
何の因果律が働いたのか。もし、デルタが時間転移しなければ、飛空車事故は起きず、カーラとルリがルミノイドとなることもなかったかもしれない。
同じ意識が同じ時間軸に存在できないという、時空の『自己矛盾の解消』が働いた結果、ルミノイド化という強制的な介入が起きたのではないか。
アルケーは仮説にすぎないと首を振りながらも、時空の『秩序維持の意図』を感じずにはいられなかった。
「それでは、みなさん。デルタが時間転移したという前提条件はよろしいでしょうか?」
ダコメが憮然とした表情で、黙って腕を組んでいた。アルケーはダコメに視線をやると次の話に進んだ。
「さて、ここからが本題になります。……まず、デルタのデータから大変興味深いものが見つかったので、ここに公表します」
アルケーの上のパネルが消えると、変わって直径5メートルほどの大きさの地球儀が表示された。
「これは、デルタのデータから再現した、一万年後の惑星セレスティアの地形データモデルです。……何かお気づきになりませんか?」
一番前に座っていた議員が、地球儀を指さすと震える声で言った。
「ラディカリア大陸が……ラウルスシティがない」




