第34話 空に海に
「記録によると、移民船は八隻建造されてこの惑星に向けて旅立った」
アルケーが手元のコンソールを操作すると、空間に船名リストと船の3D映像が浮かび上がる。まるで、巨大なてんとう虫のような形の宇宙船の映像だった。
『惑星セレスティア移民船一覧』
一番船、Laurus Primaセレスティア到着
二番船 Laurus Secundaワープ事故で消失
三番船 Laurus Tertia海底に沈没
四番船 Laurus Quarta反乱で航路喪失し行方不明
五番船 Laurus Quintaワープ事故で消失
六番船 Laurus Sexta重力コア破損漂流
七番船 Laurus Septima生命維持装置破損
八番船 Laurus Octava月の裏側に着陸
「八隻のうちこの惑星に到着したのは三隻で、うち地上に降りたのは、このラウルス・プリーマだけだ」
「八隻もいたのか。移民船は一隻だけだと思い込んでいた……」
ノーマンは驚きと落胆を滲ませた目を伏せ短くため息をついた。そして、ゆっくりと首を横に振るとアルケーに向き直った。
「マザーオーブはこの地球に降りたラウルス・プリーマの一つと、海底にいる三番船のラウルス・ティルティアの二つがあるという事か?」
アルケーが肩をすくめると、生徒の間違いを正す教師のような落ち着いた口調で言った。
「この惑星にはな。……月に降りたラウルス・オクターヴァの重力コアもマザーオーブ化している」
「月にまであるのか!?」
加藤は息を呑み、瞳を大きく見開いたが、すぐに首を捻り質問をした。
「あのさ、疑問なんだけど。月に降りた船に乗っていた連中はどうしたんだ? まだ月にいるのか?」
カーラが加藤に首を向けると、少し悲しそうな顔をして、昔話をするかのように話しだした。
「ラウルス・オクターヴァの到着は、プリーマ到着の30年後だったの。乗員のほぼ全員はこの地球に降りてきて、この街に住んだのよ……」
カーラはまるで天井の上にある月を見通すかのように上を見上げた。
「プリーマで来て、苦労して街を作って新しい文化や経済を発展させた人達と、30年後に来た元の地球の人達とはあまり上手くいかなかったの。どうしても馴染まない人たちは月のオクターヴァに戻って、そこに住んだわ。二度と飛び立つ事はない宇宙船にね」
「そいつらはまだ月に住んでいるのか?」
「オクターヴァに還ったのは107名、それから270年近く経った今の人数はわかりません。……月の環境は住むには厳しすぎたのです」
「海底に沈んだティルティアは?」
「海底でティルティアは健在です。ティルティアの乗員も一部の保安要員以外はこの街に住みました。ティルティアが到着したのは、プリーマ到着の5年後で街もまだ新しく、建造途中だった事もあって街に馴染んで暮らしています」
加藤は母親から童話を聞かされている子供のように、ホッとした顔をした。
「そうか、街に住んでいるんだな」
ルリが突然大きな声を上げると、パンッと手を叩いた。
「あ! 間違いありませんわ!」
「なんだよ、ルリ。大きな声を出して」
「ラウルス・ティルティアですわよ! わたくしがいたシェルターは!」
ルリは両手を口元に寄せ、扇のように開いた指先を小刻みに震わせた。頬は興奮で上気し、瞳は宝石のようにきらめいている。
「あれは遥か彼方の宇宙から来た宇宙船でしたのね……確かにその痕跡は幾つもありましたわ。なにより、ここの街の作りが何処かで見た気がしていましたけど、同型船でしたのね」
「君はティルティアにいたのか?」
「海の底のティルティアで……わたくし、一人で一万年を過ごしましたの」
ルリが掠れた声で口にした瞬間、部屋の空気が凍りついた。
アルケーが驚きを隠せず愕然とした。
カーラがこんなアルケーを見るのは初めてだと思うほどだった。
「一万年も……か。なぜルリはティルティアにいたんだ?」
言い方はぶっきらぼうだが、加藤の目には涙が浮かんでいた。
「ティルティアには意味があるのだよ。あの船は大規模災害時の避難先に指定されている。ここ一帯は活断層の真上だ。いざ地殻が動けば、この都市はひとたまりもない。その時に人々が逃げ込む場所こそ、ティルティアとオクターヴァなのだ」
「つまり」
「この先いつになるかは分からんが、緊急避難が必要な事態が起こると言う事だ。ルリもその時に搬送されたのなら筋が通る」
「緊急避難が必要な事態って、そんな大災害がくるのか? やばいじゃんか!」
加藤が目を白黒させて、頭を掻きむしった。
「暴走したあいつが必ず破壊に来るわ……」
唇を強く結んだカーラの瞳には揺るぎない覚悟の影が差していた。
「完全に奇襲された形だったが、暴走カーラにしてもカーラやルリの存在は予期していなかったからな。被害は都市中央部の一部破壊で済んだが、今度来た時はそうは行かないだろうな。最悪、地殻変動もあり得る」
「街の人たちはどうしているんだ?」
「被害のあった地区の住人はシェルターにいるが、無事だった地区の住人はまだ住んでいるよ」
「避難させた方がいいのではないか?」
「この街の人口は約25万人だが、ティルティアとオクターヴァの収容人員はそれぞれ3万人だ。全員避難は出来ない」
全員の顔から血の気が引いた。
「き……9割以上は取り残されるのか?」
「19万人……非情な数字だよ」
「どうするんだ! パニックになるぞ」
「避難については中央の連中の仕事だよ。一研究機関の仕事ではない。それ以上に僕一人の判断ではどうにもならないよ」
「いいえ……今度は絶対私が止めるわ」
カーラがメンテナンスベットから降りて立ち上がった。体についた傷や損傷はきれいに直っていた。
「解決策はそれしかないだろうな」
アルケーは微かに眉間に皺をよせて考えていたが、何かを決心したように口を開いた。
「君たちに見せたいものがある。特にルリ、君に見て欲しい」
「わたくしですの?」
「ああ、君にとっては乗り越えなければならない事の一つだ……」
そういうと、メンテナンスルームのドアを開けた。