8話 煙の女王
屋上に出ると綺麗な大自然の景色が真っ先に目に入った。
沈む夕日が山々と重なり、羽ばたく鳥たちの影が合わさると、一枚の絵画みたいだ。
「綺麗だろここの夕日は」
俺が景色に圧倒されてると、さっき聞いた声がした。
声の方向へ向くと、タバコを咥えたガリルがいた。
ただ不思議なことに、ガリルの左肩には青い芋虫がついており、身体から青い煙を放っている。
「その虫はなんですか?」
『虫だなんて失礼しちゃうわ』
いきなり、脳内に女性の声がした。
なんだ!?
今脳内で声が…
「初めて見たら驚くわな。彼女は俺のガールフレンド、ブルームーンだ」
『あなたが最近きたばかりの子ね。初めまして、ブルームーンよ』
肩に乗った芋虫は頭を少し下げる。
『みんな私を虫ケラ呼ばわりするけど、レディには失礼だからやめなさいね』
どっからどう見ても芋虫にしか見えないが、会話が出来ることから、普通の生き物じゃないな。
どういう仕組みなんだろう。
脳内にスピーカーで話されたように響く。
「ガリルさん。このむs…彼女はどういう生物なんですか? 脳内に話しかけられる生物なんて聞いたことがない」
いや、単に俺が忘れてるだけかもしれないが、身体から煙を出すのはどういう原理だ?
少し気持ち悪い…
「彼女は俺の中にある印を具現化したものだ。あまり知られてないことだが、印持者の強さには壁みたいなものがあってな。その壁がなくなると…能力を引き出す呪文みたいなのや俺みたいに彼女を身体の外に出せるんだ」
『あなたはそんなことも知らないのね。あなたの中にある魂が可哀想ですわ』
そういえば、ココアが軍人と戦う時、何か聞きなれない言葉を言っていたな。
あれは呪文の一種だったのか。
でもそんなことも知らないと言ってもなぁ。
俺には話せる程度の知識はあるみたいだが、生後1日みたいなものだからな。
能力ってどう使うんだろう。
キリルは右手を見る。
ハートとダイヤが半々にくっついた模様。
俺にも彼女のような生き物が眠っているいるのだろうか。
「ガリルさん。俺、能力の使い方分からないんです」
俺がそう言うとガリルはニヤリと微笑む。
「なんとなくそう思ってたが、本当に使えないんだな」
えっ、気づかれていたのか。
特に目立った言動はしていなかったのだが、無知すぎたか。
「気にするなよ、俺の勘だ。この先能力の一つも使えねえと不味いからな、教えてやるよ」
「能力が違うのに、教えられるものなんですか?」
同じ印持者でも人によって能力は変わるらしいし、俺は珍しい印らしいから同じ人はいるのか?
違うと扱い方は変わるのではと思う。
それに仮に教えれたとしてもどんなものなのだろうか。
「俺なら教えれる。簡単なことさ、ブルームーンの言ったことを復唱するだけだ。いいよな、ブルームーン」
『しょうがないわねぇ。ダーリン、吸い殻ちょうだい』
ガリルが吸ってたタバコを携帯灰皿で火を消し、ブルームーンに渡す。
ブルームーンは小さい手で吸い殻を掴むと食べ始めた。
えっ、吸い殻食うの?
いや、タバコの葉も巻いてる紙も元を辿れば植物だから虫でも問題ない…というか意思疎通できる時点でこの世の生物でもないようなものだし、考えるだけ無駄か。
「それで、どうする坊主。やるかい、やらないのかい?」
なんか怪しい気もするが、元々何もない身だ。
今更どうなろうと問題ないだろう。
「お願いします」
「OK。頼んだ、ブルームーン」
肩にいるブルームーンがちょうど吸い殻を食べ終わると、小さく会釈した後こちらを向く。
『ᚲᛟᚾᛖᚾᛁᛖᚾᛏ ᛋᛗᛟᚲᛖ』
ブルームーンが不思議な言葉を喋る。
言い終わった途端、辺りは青い煙に包まれた。
「これは…」
『気にしないで、私の能力だから。それより私の言葉を復唱しなさい』
気にするなと言われても、いきなり説明なしに青い煙を出されたら誰でも驚くだろ。
と思ったが、この芋虫はそれを言うと怒ってきそうな気がしたから心に留めておこう。
「わかった」
『私は願う』
「私は願う」
『一心同体の魂と』
「一心同体の魂と」
『対話できる空間を』
「対話できる空間を」
言葉を言い終わった後、青い煙は晴れ始め、辺りは屋上の景色とは違って暗く何もない空間だけが残り、ガリルとブルームーンはいなくなっていた。
「ガリル! おーい誰かいないのか! ブルームーン!」
辺りに叫んでみたが返事はない。
本当にどこだここ。
騙されたのか?
あれ、なんだこの感覚は…
肩を誰かに掴まれた感覚がした。
恐る恐る後ろを振り向くと、暗い灰色の肌に真っ白い髪を垂らし、顔の中心に風穴が空いた化け物がいた。
なんだ…この化け物は…
・ᚲᛟᚾᛖᚾᛁᛖᚾᛏ ᛋᛗᛟᚲᛖ
訳/都合の良い煙
いつかできることを叶えてくれる青い煙を周囲に漂わせる呪文。
未来で起こりえる出来事を現在に持ってくることができるが、複数の条件があるため、融通は効かない。