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第8話 メルロー男爵との面会

 ―[メルエスタット 宿屋]―



 宿屋に入ると恰幅の良い女性が食堂の準備をしていた。


「いらっしゃい。食事かい? それとも泊まり?」

「泊まりよ、4人部屋で、……そうね、1週間お願いできる?」

「はいよ、食事は朝と夕はここでも出してるけど、別料金だから食事の時に払っとくれ」

「ええ、分かったわ」


 部屋の中は入口側にテーブルと4脚の椅子があって、衝立の奥にベッドが4つと窓が1つあるだけの寝室になっている。

 クローゼットのような物はなく荷物を置く棚が壁際にある。


「ファナ、この手紙を持って男爵閣下に面会の申し込みをお願い」

「分かりました、行ってきます」


 ステファナは母さんから手紙を受け取ると、すぐに部屋を出て行った。


「アル、明日からの予定を伝えておきます」


 そう言うと母さんは明日の予定を教えてくれた。


 男爵との面会が終わったら、蜜宝石を売って護衛の奴隷を買いに行く。

 その後は母さんの知り合いの冒険者と連絡を取るために、しばらく滞在するらしい。


「冒険者に知り合いがいるの?」

「どちらかと言うと、知り合いが冒険者になったのよ」


 貴族の令嬢だった母さんに冒険者の知り合いがいることには驚いたけど、『知り合いが冒険者になった』ということは、その人も元貴族かもしれない。



「ただいま戻りました」

「おかえり、ファナ」


 母さんとお茶を飲みながら話していたら、ステファナが帰ってきた。


「ティーネ様、明日の午前中に来るように言付かってきました」

「明日? 随分と早いわね」

「セビエンス様は『予定が空いた』と言っていたので、何かあったのではないですか?」

「そうかもしれないわね」


 貴族に面会する場合は事前に申請をして、数日から長ければ2週間ぐらい待たされる場合もある。

 それなのに翌日の面会を許されるのはとても珍しい。

 その理由は気にはなるけど、向こうの問題をいくら考えても分からない。


 その後は移動の疲れもあって、水浴びと食事を済ませてすぐに眠りについた。




 翌日、男爵邸に着くと母さんだけが男爵邸の中に入って、僕とステファナは庭にある東屋で待っているように言われた。


 そう言えば、母さんは何で男爵に会いに来たんだろう?



 ―[メルエスタット メルロー男爵邸 応接室 SIDE,マルティーネ]―



「マルティーネ様、こちらでお待ちください」


 男爵邸に到着すると応接室に通されて、メイドがお茶を入れてくれました。

 男爵邸は領主館も兼ねているので、行政館と迎賓館と私邸が合わさった作りになっており、ここは行政館にある応接室です。


「待たせたな」


 応接室で30分ほど待たされた後、トゥーニス・メルロー男爵閣下が部屋に入って来ました。


「閣下、ご無沙汰しております。お元気そうで安心しました」

「そなたも元気そうで何よりだ、ステファナも役に立ってるようだしな」

「もう、ご報告を?」

「ああ、ケティエスが報告書を上げてきた」


 ケティエスさんが帰還してからそれなりに日数が経過していますから、報告はされていますよね。少々恥ずかしいですが、仕方がありません。


「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。ですが、閣下の配慮のおかげで事なきを得ました」

「まあ、私が『最も懸念していた事』だからな」

「そうなのですか?」


 辺境ですから、魔物や盗賊の心配だと思っていましたが、閣下は人間関係を懸念していたのですね。

 わたしはあまり深く考えていませんでした、これは反省すべきことですね。


「……そなたは自分が他者からどう見られるか、自覚した方が良い」

「他者からどう見られるか、ですか」


 そうでした、村には庶民しかいません。元とは言え貴族で教育を受けたわたしはやはり目立つのでしょう。

 服や汚れなども、どうしても気になってしまい落ち着かないのです。ですが、こればかりは仕方がありません。


「わたしには、些か難しいところです」

「まあ、そうだろう。ただ、自覚しているだけでも対処はしやすくなる。そのことは覚えておきなさい」

「はい、ご忠告ありがとうございます」


 そうですね、貴族と庶民の常識が違うことは意識しておいた方が良いですね。


「それで今日はどうした? トビアスやローザンネではなく、私に用があるとのことだったが?」


 今回は見栄えの良い蜜宝石があるので、売る前に閣下にお見せして、義理を通す必要があります。


「ええ、少々手放したい物があるのですが、商会に持って行く前に閣下にお見せして、ご興味がありましたらお譲りしようかと思いましてお持ちしました」

「ふむ、珍しい物か?」

「少々珍しいという程度の宝石なのですが、お望みであれば閣下に優先してお渡ししようと思います」


 そう言ってから、木箱に入った蜜宝石をテーブルに乗せます。

 この木箱は宝石箱とまではいきませんが、装飾品を保管する木箱なので、多少は見栄えが良い物になっています。


「どうぞ、ご覧になってください」

「では、見せてもらおう」


 閣下は慎重に箱ごと手に取って見ています。

 箱の中に入っているのは、アルテュールが超大作と言っていた物です。大きさから金貨5枚とは言いましたが、興味がないわたしには正確な価格が分かりません。


「ほう、これは素晴らしい。ここまでの大きさも珍しいが、何より躍動感のある姿が良いな」

「ありがとうございます」

「……あぁ、だが、あいにく、私は集める趣味はなくてな」

「そう、ですか。それでは宝飾品を扱っている商会に持って行くことにします」


 興味深そうに眺めていましたが、集めてはいませんか。多少でも恩を売っておきたかったのですが、仕方がありません。

 ですが、これで義理も通せたので宝飾品店に売ってお金にしておきましょう。


「しかし、なぜ今更手放すことにしたのだ?」

「先日の件もそうですが、息子のこともありますので、護衛を増やすことにしたのです」


 元から持っていた物ではないのですが、アルテュールが作ったとは言えないので売る理由だけを伝えました。


「ステファナでは不足か?」

「わたしだけなら良いのですが、最近は気が付くと息子が居なくなっていることがあり、心配になるのです」


 あの子はとても優秀ですが、何をするか分からない怖さがあるのです。


「それに、ステファナは閣下の奴隷ですから、いずれお返しすることになります。ですから、この機会に護衛ができる奴隷を2人探そうと思っているのです」

「……そうか。だが、良い奴隷がすぐに見つかるとは限らんし、慣れるまで時間がかかろう。それまでは、ステファナを側に置いておくが良い」

「宜しいのですか?」

「ああ、構わない。それと、ステファナにはそなたの指示を優先するように伝えよう。それなら息子を守らせることもできるだろう?」


 ステファナに指示をして良いのなら、アルテュールの護衛につけることもできます。それなら時間をかけて護衛を探すことができます。


「閣下の格別のご配慮に感謝を申し上げます」

「私もそなたには感謝しているのだ。そなたの口添えがあったからローザンネが嫁に来てくれたのだからな」


 わたしは、彼女に『お互いの子どもが友になってくれたら嬉しい』と言った程度なのですが、閣下はその件を知っていたのですね。


「それで、ローザンネさんはまだ?」

「ああ、()()剣を置く気はないらしい。今も領兵を連れて魔物の討伐に行っている」


 そうですか。そろそろ、彼女にも落ち着いて子育てに励んでもらいたいのですが、今でも()()なのでしょうね。


「もう一度話してみます」

「頼む。助かってはいるのだが、ローザンネの役目は戦うことではないからな」

「そうですね」


 話は聞いてくれると思うのですが、納得してくれるかは分かりません。それに、閣下の口ぶりですと、今でも破天荒な事をしていそうです。


「今回はいつまで町にいる予定だ?」

「あと5日はいる予定です」

「5日か、ローザンネから帰還の知らせはまだ来てないが、すでに3日たっているから、そろそろ帰還するはずだ。戻ったら頼むとしよう」

「はい、その際にまた伺わせていただきます」


 それからは、村での生活のことや今後のことも聞かれましたが、まだどうなるか分からないので、いずれはアルテュールを王都に連れて行くとだけ伝えました。


「また何かあれば私を頼りなさい」

「はい、ありがとうございます」


 挨拶を済ませると閣下は部屋を出た。


 ローザンネさんは相変わらずのようですが、魔物なら冒険者ギルドに依頼すれば済むはずです。もしや緊急だったのでしょうか?

 面会がすぐに許可されたこともそうですが、使用人たちの動きが何やら慌ただしく感じます。



 ―[メルエスタット メルロー男爵邸 東屋 SIDE,アルテュール]―



 東屋で待つこと2時間、母さんが男爵との面会を終えて戻って来た。


「ファナ、男爵閣下からあなたへの命令権を得ました」

「命令権ですか?」

「状況に応じてアルテュールを優先してもらうこともあるので、柔軟に対応するために閣下が許可してくださいました」

「そうですか、分かりました。では、男爵閣下に命令を頂いてきます」


 母さんから『命令権を得た』と聞いたステファナは驚いた顔をしたけど、話の続きを聞いて納得したみたいで、母さんに一礼してから男爵家の使用人と一緒に屋敷に入って行った。


「アル、蜜宝石は全部売るつもりですが、構いませんか?」

「うん、母さんに任せる」

「ありがとう」


 そう言うと母さんは僕の頭を撫でてくれた。

 多分、超大作を売って良いか最後の確認だったんだろう。あれは、素晴らしい出来だったからね。


「お待たせしました」


 ステファナが戻って来て、母さんと2人で命令の内容を確認していた。

 今までは、母さんの護衛が最優先だったけど、これからは母さんの指示に従うことになったらしい。


「それでは、次に行きますよ」

「うん」

「はい、ティーネ様」


 次の目的地は領都にある唯一の宝飾品店だ。


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